「月島くんお願いがあるんだけど」
「無理」
「判断が早い」

 休み時間だというのに、クラスの男子たちの馬鹿騒ぎに我関せず月島は自分の席に座っていた。声をかけると、私の言わんとしていることを察したのか、こちらを見ようともせずに手を動かし続けている。
 どうやら明日の授業の予習をしているらしい。さすが全国大会に出場しつつ成績上位をキープし続けている男だ。私はまだ今日の分すら終わっていないというのに

「今忙しいから他当たって」
「ねええ 今日絶対当たるんだよ、出席番号的に」
「正直にできませんでしたーって言うのも大事だと思うよ僕は」
「ねえねえねえねえ」
「うるさいな」

 断られるかなと思ったけど本当に断られてしまった。そう簡単には引かないぞと決意して尚もゴネると、月島はうんざりした表情を浮かべてようやくこちらに顔を向けた。さっさと追い払うほうが得策だと思ったらしく「何の教科」と抑揚のない声で問うてくる。

「古文、の現代語訳がおわってない」
「…今日の範囲そんな難しくなかった気がするんだけど」
「嫌味か!」
「あ、気づいた?さすがみょうじ」

 相変わらず一言も二言も余計な月島からノートをうやうやしく受け取ると、速攻で自席に戻る。休み時間が終われば次は古文の授業だ。ここからは時間との勝負なので、のんびりしている暇はない。

 正直いうと勉強も部活も両立させている月島は本当にすごい。私は高校に入ってから勉強時間が格段に減った。もうすぐ一年目が終わろうとしているのに、部活が終わって家に帰ると疲れ果ててすぐに眠ってしまう。今後の授業内容はもっと難しくなるだろうし、先が思いやられるなあ。
 そんなことを考えつつ、分からなかった部分を写し終わって時計を見ると、休み時間が終わるまであと2分というところだった。

「助かった!あんがとな!」
「お礼が雑すぎる」
「いや〜月島くんほんとイケメンだし格好いいし眼鏡も」
「あーもういいよ」

 ばっさり切り捨てられた瞬間に始業の鐘が鳴る。慌てて席に戻りながら、月島ってなんでモテるんだろうなあと考えた。
 たしかに顔は整ってるし背高いし勉強できるしハイスペックと言われれば納得できる。でもわりと誰にでも無愛想なのに。と思って、そこで影山のことを思い出した。いや私も人のこと言えないな。


「影山って春高の後モテた?」
「は?」

 部活帰りに、隣の目つきの悪い男に尋ねるとすぐに治安の悪い返事が返ってくる。そんな怖い顔しなくてもいいじゃん。
 春高が終わって、うちの男バレは確実に女子の注目を集めたと思う。ベスト8だし、月島日向影山はスタメンだったし。友人の情報網によると、少なくとも月島はここ1ヶ月で何人かに告白されているはずだ。もうすぐやってくるバレンタインを思うと溜息ばかり出てしまう。

「女の子に告白された?まあ男でもいいけど」
「なんでそんなことお前に言わなきゃなんねえんだ」
「知的好奇心です」
「知的じゃねえだろ」
「教えてよ」
「言わねえよ」
「わー!ゼロなんだ!」
「あ?」

 不機嫌そうに睨まれる。これは本当にゼロのパターンと、私に追及されたくないからあえて言わないパターンがあるな。じっと目を見てみたけど、どっちかはよくわからなかった。後者だったらショックだし、その告白を了承していたら更にショックだ。
 作戦を変えて「彼女できた?」と尋ねると、できてねえよと怒ったように言われた。そこは素直に答えるんだ。

 バレンタインに託けて、影山に告白する女の子は絶対いるだろう。だって春高で相当目立ってたし。影山が何かの気まぐれで彼女を作ったらどうしよう。生きていける気がしない。どうしよう。
 視線を落としたところで、明日の用事を思い出した。あ、と声を上げると影山が不思議そうに首を傾げる。

「そういや私この後スーパー寄るんだった。先帰っていいよ」
「そうか」

 頷いた影山の離れていく背中を見送る。夜遅いし暗いから家まで送るっていう発想なんて無いんだろうなあ。知ってた、知ってたけど。
 もうちょっと一緒にいたかったなという思いをむりやり押し込むと、代わりにじわじわと凍るような冷気がアスファルトから這い上がってくる。



 谷地ちゃんと引退した潔子さんとブラウニーを作った次の日、つまりバレンタイン当日。練習後に男バレのみんなに配ると喜んでもらえてほっとした。大変なことも多いマネージャーだけど、こういうのは楽しいなって思う。
 田中さんと西谷さんは「潔子さんからのチョコだ!」と泣いて喜んでいた。ほんとは3人からなんだけど、まあいいや、お二方が幸せならそれで。

「お前はいくつチョコもらったんだよ!」

 日向と影山が今日もらったチョコレートの数で言い争っている。自信満々に10と答えた影山に、日向も10だと返す。さすが二人ともそこそこもらっている。
 そこから誰に貰ったのかという話になった。こっそり聞き耳を立てていると、母親とマネージャー、それからクラスの奴という影山の答えに、本命はいくつ含まれているのやらとハラハラした。

「今回は引き分けだな!」
「いや俺はこの後ももらうから俺の勝ちだ」
「はあ!?」

 日向の反響した声に私も心臓がひっくり返りそうな気持ちになった。この後告白されるってことだろうか。誰に?どこで?どうしよう、もやもやする。
 気持ちが晴れないままのろのろと着替えをして、谷地ちゃんと一緒に校門へ向かう。好きな人にチョコあげないのって訊いたら「いやいや私なんかがあげても迷惑だし!」と真っ赤な顔で首を振っていた。うーん全然迷惑じゃないと思うけどな。

 坂を降りて、谷地ちゃんとバイバイしたところで、後ろからオイと声をかけられた。振り返ると、いつのまに追いついたのか影山が立っている。なんで先に帰るんだよと不機嫌そうに言われて、頭の中がハテナでいっぱいになった。

「告白は?もう終わったの?」
「何の話だ」

 さっき日向に言っていた話は嘘だったのだろうか。でも日向と勝負の話をする時、影山は嘘をつかない。一応正々堂々のつもりなんだろうけど。
 とりあえず安堵しつつ歩いていると、影山の挙動がなんだか不振だった。話しかけても返事が上の空だ。なんというかソワソワしている。やっぱり告白でもされたんじゃないだろうか。

「影山さっきからどうしたの」
「……」
「なに?」
「……お前は、今年くれないのかよ」

 何を、と返すほどバカではない。絶句して立ち止まると、影山はじいとこちらを見下ろしていて顔が熱くなってくる。確かに去年もその前の年もあげたけど!でも毎回無反応だったじゃん!無反応だし今年はマネージャーからってことでいいかなと思ってたけど、まさか期待されていたなんて想定外だ。

「部活であげたじゃん」
「あれかよ」
「うん」

 影山がハァと息をつく。そんなに私からもらいたかったんだって言おうとしたら、「お前からの分入れたら日向に勝てたかもしんねえのに…!」と悔しがる様子を見て、すうと胸の奥が冷える感じがした。今日ってこんなに寒かったっけ。
 こんな調子だから影山はそこまでモテないんだバーカバーカと心の中でこっそり思う。月島は今年いくつもらったのかは知らないけれど、部活前に女子に呼び出されているのは目撃した。少なくとも月島の方が女心を分かっているということだろう。

「影山なんてきらい」
「は?何でだよ」
「もう一緒に帰らない、きらい」

 むっとしたように影山が口をつぐんだ。知ったこっちゃないと思いながらずんずん歩き続ける。すんと息を吸う。つい顔を見上げる。そうか、と低い声がして、しんとした空気に溶けていく。
 ごめん嫌いじゃないよと言おうとして、影山が「なまえは、」と静かに言葉を紡いだ。そっと吐き出した息はどうしても白く色づいてしまう。

「なに」
「…何でもねえ」
「言ってよ」
「なあ、もう一緒に帰るのやめるか」
「なんで」
「好きな奴がいるならこういうの良くないだろ」
「え」

 影山のことが好きなんだよ。だから一緒に帰ろうよ。そう言いたいのに口がからからに渇いて言えない。気まずい空気のまま家の近くに着いてしまって、そのまま挨拶もそこそこに曲がり角で別れた。

 私に好きな人がいるかもしれないと気がついて、影山はどんな気持ちになったんだろう。少しくらいはモヤモヤしてくれただろうか。否、そんなはずはない。明日は全て忘れてバレーボールをしている。絶対そうだ。ほんと、なんで好きなんだろう。あーあ。あーあ。

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