いつものように講義室の一番端の真ん中くらいの席に座ってスマホをいじっていると、始業開始ギリギリに国見が滑り込んできた。私のところまで迷うことなくやってきて「席詰めろ」と耳打ちしてくる。

「ここ私の特等席なんだけど」
「はやくして」

 教授が講義室に入ってきたのを認めて、私は渋々席をゆずった。この一年は国見とやたら一緒にいる気がする。前期がめでたくフル単だったのは俺のおかげだろということで、後期も楽単マスターお手製の時間割となってしまったのだ。
 そんな仲良いのに付き合ってないのかよと学部の友達に言われることはさすがに減ってきた。私と国見の関係性に慣れたらしい。まあそれぞれ学部の専門授業が増えてきたら、そのうち会う機会も少なくなっていくとは思う。

「国見ミスターコン出るってほんと?」
「はあ?誰に聞いたのそれ」

 講義が終わって、荷物をかばんにしまいながら尋ねると、国見は驚いたように私を見た。反応的にやっぱりデマだったかと安心した。デマじゃなかったら国見ちゃんどうしたの!?と大騒ぎしていただろう。

「金田一が言ってたよ」
「何なのあいつ」
「もちろん出ないでしょ」
「出るわけないじゃん。ああいうのは知り合い多いやつが優勝するんだよ」
「ほんとに?それ言っちゃダメなやつじゃない?」
「俺人望ないし」
「自分で言っちゃうんだ」
「顔だけだったら優勝するけど」
「自分で言っちゃうんだ」

 外に出て地面に散らばった落ち葉を踏みしめると、くしゅりという乾いた音がした。キャンパス内は色とりどりの看板が立ち並び始めている。もうすぐ学祭だ。

 私の所属するサークルは模擬店を出すことになっている。高校の時の文化祭は部活に追われてあまり参加できなかったから、去年の学祭は本当に楽しかった。今年も楽しみすぎて、準備にはなるべく参加するようにしている。

「国見のとこは学祭で何するの?」
「えー お好み焼きかクレープ作るって言ってた気がする」
「記憶曖昧じゃん」
「あんま興味ないし。店番だるいなほんと」

 確かに国見がお好み焼きやらクレープやらを一生懸命作っている姿はあまり想像できない。おそらく今年も呼び込みをやらされるんだろう。去年は看板持って歩いてくるだけでいいからと先輩に放り出されて、逆ナンされまくったと言っていた。国見はげんなりしていたけど、学祭ってそういう目的で来る人も結構いるから仕方がないとは思う。ちなみに店は大繁盛だったらしい。

「国見が逆ナンされてるところ遠目から見守っとくね」
「お前の店の前に居座って、客全員奪ってやるからな」
「ほんとにそうなりそうだからやめて」

 今日のお夕飯はどうしようかなと考えながら歩いていると、びゅうと強めの風が吹いた。この時期はまだ本格的な寒さではないけれどそれなりに冷える。特に日向と日陰だと寒さが全然違う。

「さっむ」
「んー今日鍋にしようかな、楽だし」
「いいね 俺も鍋食いたいからお前んち行くわ」
「ええ?自分で作りなよ。最悪小学生でも作れるよ」
「俺はなまえが作ったのを食べたい」
「なにその口説き文句的なセリフ」

 しまったと思って口を閉ざしたがもう遅かった。国見は「口説いてんだよ俺に鍋を食わせろ」と圧をかけてくる。余計なこと言うんじゃなかった。むりですと何度も拒否の意を表明したものの、後期分の過去問見せてやらないぞと脅されればもう駄目だった。完全に弱みを握られている。

 うだうだ言いながらスーパーに着いて、野菜コーナーを眺めていると「闇鍋したい」と国見が怖いことを言い始めた。「やだ」「やだじゃない。入れる具材考えてくる」有無を言わせず国見はさっさと別のコーナーへ行ってしまった。なんなの。相変わらずマイペースがすぎる。
 闇鍋…?闇鍋って部屋を暗くして具材が何か分からない状態でする鍋のことだったような。したことはないけど噂で何度か耳にしたことがある。食べられれば何でもありというやつだ。それにしたって怖すぎる。



「野菜全部切れた?」
「うん。あと鍋に投入するだけ」

 ちょうど出し汁が沸騰してきたところだ。ナイスタイミングと思いながらローテーブルの前に腰を下ろす。その瞬間、国見が勝手にパチリと電気を消した。びっくりしてどうしたのと尋ねると「闇鍋」と返ってきて、本当にする気なんだと恐れおののいてしまう。

「今日が私の命日かもしれない…」
「変なもん入れないから安心して」
「変なもんって例えば?」
「スリッパとか」
「基準のハードル高すぎるんだけど」

 せめて食べ物にしてくれと思いながら鍋に具材を投入する。入れ終わったところで、国見も何かしらを投入する気配がした。
 あとは火が通るのを待つだけだ。ボウと炎が揺らめいている音がする。コンロの淡い明かりに国見の顔がぼんやりと照らされて、少し不気味な感じがした。何でいま国見と闇鍋してるんだろうと思わずにはいられない。

「暗すぎて煮えたか分かんなくない?」
「食べてみたらわかる」
「そんなワイルドな方法?国見よろしく」
「いいよ」

 部屋が暗いせいで何となく気まずい。なにか面白い番組でもやってないかなと思いついて慎重にテレビの方へ向かっていると、腕がにゅっと伸びてきて阻止された。

「テレビの明かりで具材が分かっちゃうじゃん」
「そこまで徹底するの?」
「する」

 仕方ないなあと返事をしたのに、国見は掴んだ腕を離さなかった。暗がりの中でじっと見つめられて嫌な汗をかく。距離が近い。

「なに?」
「こんな暗い部屋で男と二人になってるなまえがアホすぎて呆れてる」
「この状況を作り上げたのは国見さんですが」
「そうだけど、お前ちょろすぎない?」

 むっとして腕を振り解こうとしたものの、思いのほか力が強くて出来なかった。私は反対したのに、国見がわがまま言ったからじゃん。私は悪くない。
 離してよ。そう言おうとして視界が反転した。重力に負けて背中が床につく。そのまま手首を床に縫い付けられて身動きがとれなくなった。

「ふざけるのもいい加減にして」
「ふざけてるように見える?」

 こちらを見下ろす国見の表情は暗いせいでよくわからない。火つけっぱなのに危ないでしょ、とか電気つけて、とか言いたいことがいっぱい浮かんで、全部言ったけど国見は退こうとしなかった。
 困り果てたところで突然着信音が鳴った。助かったと思いながら「スマホとって」と頼むと、国見は一瞬悩む素振りを見せた。それから小さく舌打ちをして、私のスマホに手を伸ばす。その隙に身体を起こすことに成功した。国見は勝手に画面を確認すると、私にそれを放り投げてくる。

「!?影山からじゃん」
「はー いいところだったのに」

 国見はコンロの火を止めてから部屋の電気をつけた。それを横目に見ながら慌てて電話に出る。要件は12月に宮城に帰るというものだった。簡潔に終わった電話を切って、国見がよそってくれた鍋を食べた。普通に美味しかった。

「国見は鍋に何入れたの」
「秘密」

 淡々といつも通りの様子に先程の出来事が全部嘘のように思えた。部屋が暗かったし現実味がないというか何というか。鍋が出来上がるまで居眠りして夢でも見ていたのかもしれない。でも手首が痛い。やっぱり夢じゃない。
 国見が何も言わないから全部忘れることにした。だって貴重な中学からの友達だし。

「お前さ、なんで影山のこと好きなの」

 帰り際、中学の時に散々言われた疑問を久々投げつけられた。自分でもよく分かってないけど、好きなものは仕方がない。そう答えると「まあ、そんなもんだよね」と国見がうなずいた。まるで自分も経験したことがあるみたいな言い方をするんだなと思った。

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