誰にでも他人に言われたくない言葉の一つや二つはあるものだ。シンプルにコンプレックスを指摘するような言葉は言わないとして、たとえ褒め言葉のつもりでも、本人からしたら嫌だったりするから避けようがないこともあるのだけれど。

 今日学校でクラスの子につい真面目だねって言ったら嫌そうな顔をされて、真面目だねって私は褒め言葉のつもりだったんだけど、嫌味に聞こえたのかな、ねえねえちょっと、研磨聞いてる?

「聞いてる」

 器用に指先を動かしながら画面の中の敵をどんどん倒していく研磨は側から見て全然聞いているようには見えない。日中は授業、放課後は部活と多忙な我が彼氏の貴重な休日は彼女とのコミュニケーションではなくゲームに注がれてしまっている。ゲームに負けている私。ベッドの上で胡座をかいている彼の丸まった背中を見つめる。相変わらず姿勢が悪いなあ。
 視線をずらすと、猫のキャラクターの顔が規則正しく並んでいる靴下を履いているのが見えて思わず口角が上がった。誰が選んでいるのかは知らないけれど、彼の持ち物は女の私から見ても可愛いと思ってしまう。
「研磨、かわいいね」

 クエストが一つ終わり、手元が緩んだ一瞬の隙を見て背中にぴったりと張り付くと、研磨がわずかにこちらを見た。瞳の中に私がうつっている。男子にしては長めの髪が顔にかかっていて、なんだか妙な色気があるなと変なところで冷静だった。
 寂しいの?
 ゆるく笑うと私の腕を引っぱる。されるがままに胡座の上に座った。どうやら少しは構ってくれる気になったらしかった。

「この体勢すっごい邪魔……」
「ゲームは辞めてくれないんだね」
「うん」

 付き合ってから知ったことだが、研磨は結構スキンシップが好きだ。好きというより、あまり抵抗がないのかもしれない。私は研磨に触れられるたびに息が止まりそうになるというのに、この男はあまり気にしていないみたいだった。何でもない顔をして色んなところに触る。
 研磨の顎が自分の肩に乗っていて顔がとても近い。呼吸がすぐそばで聞こえる。この状態で無心でいるほうが無理だ。敵の攻撃を避けながら的確にクリティカルヒットを当てているのを見て、やっぱり上手いものだなあと感心して「うまいねえ」とありきたりな感想を述べる。研磨が心なしか少し身じろぎをした。

 ぴこんと電子音が鳴って、ゲームのチャット画面に通知が表示される。慣れた手つきで研磨はその画面を開いた。
『kzくん?いまボイチャできる?』
『できるよ』
『おけ!パーティ誘うね(*゚∀゚*)』
 文字を打つ指の動きが恐ろしく速い。相手の返信も恐ろしく早い。研磨をkzくんと呼ぶ画面内のキャラクターは可愛いツインテールの女の子である。私という彼女がいながら、これはゲーム内恋愛というやつをしているのではないのかという疑問がふつふつと湧き上がった。

「これ誰?」
「同じギルドの人だけど。今からマイク入れてこの人と喋るからなまえは喋っちゃだめだよ」

 このツインテールの女の子と?喋る?
 どういうことか問いただそうと口を開いた瞬間、何かの表示をオンに切り替えた研磨が「お疲れさまです」と話し始めたものだから思わず口を紡ぐ。それからスマートフォンから聞こえてきた声は可愛いアニメ声なんかではなく野太い男の人の声だったことに驚いて、ちらりと研磨のほうに視線を向けた。

『よっす!お疲れ〜今のイベントのクエなかなか手強くてさ〜kzくん手伝ってくれない?』
「おれでよければ」
『何言ってるの!めっちゃ強いじゃん助かる〜』

 ツインテールの女の子(おじさん)はクエスト中も大変よく喋った。一言、二言しか返さない研磨のことは気にならないようで軽口を叩きながら敵を倒していく。最後のボスを倒してもまだ喋り足りないようで、同じギルドの◯◯ちゃんがさあ、など私には一つも分からない話を延々と続けている。これいつまで続くの?もう一度研磨の方を窺い見ると、彼もこちらを見ていて目が合った。あれ?

 突然スカートのプリーツが動いたなと思った瞬間、太ももを撫でられて息を呑む。驚いた拍子に声が出そうになって手を口で覆った。何でいきなりこんなことするの。
 抗議するべく研磨の方を睨むものの、彼はもうこちらを見てはいなくて澄ました顔をして相槌を打っている。その間も研磨の手は無遠慮に私の内腿を撫で続けるものだから、次第に頭の中がじんじん痺れてくる。もう、訳わかんない。

『なんか今女の人の声?しなかった?誰かいるの?』
「あー、いま妹が帰ってきたから、その声が入っちゃったかも」

 すいません、とちゃっかり申し訳なさそうに謝っているが、彼に妹なんて居ない。息も絶え絶えに必死に声を抑えつけて、体重なんてものはとうに研磨に預けてしまっている。私の我慢にも彼は知らんぷりをしてブラのホックを外した。もう限界だった。

「〜っ!けん「すいません、おれ用事あるんでそろそろ落ちますね」
『おお了解〜!ありがとな!』

 マイクを切ると私の口を押さえていた手を外し、研磨が悪びれる様子もなく顔を覗き込んでくる。最低、と呟くと、ごめんと返ってきた。断言できる、ごめんなんて絶対思っていない。
 はしたなく捲れ上がったスカートを研磨は丁寧に整えてから、ゆっくりと私の身体を起こしてくれる。その間もずっとこちらに視線が注がれていてなんだか落ち着かない。

「こっち向いて」
 
 言い方に棘はないのになんだろうこの強制力は。思考を失ったように研磨のほうを向いて、今日初めてちゃんと正面から彼の顔を見た気がした。触られたところも頬もお腹も全部全部、身体中が熱を持っている。
 画面も見ずにスマートフォンをベッドの端へ追いやる手つきが器用だなあと感心していると、肩を軽く押されベッドに背がつく。仕切り直しということらしい。

「さっき、おれのこと可愛いって言ってたよね」
「聞いてたんだ」
「聞いてたよ。なまえにだけは可愛いって言われたくないの知ってるでしょ」

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