高1の夏ごろ、またかよって思うくらいクラス内でカップルが次々とできた。男女何人かでなかよくしていた私のグループも例外ではなく、なぜか同じグループに属していた宮治に「余り者同士付き合おうや」と言われた。うわチャラって思ったけど、まあいいか夏だし、みたいな軽い気持ちで付き合うことにした。どうせ長く続かないだろうし今だけ楽しめればいいやって。

 ところがどういうわけだか、私と宮治の関係は一年以上も続いてしまっている。周りの子達は気がつけば別れていて、なんと私たちが一番長く付き合っている事態であった。

「これ以上はあかん。別れよ」
「なんで?俺ら仲良くやっとるやろ」
「これ以上付き合っとると、のちの人生に響く気がする」
「響いてええやんか」
「よくない。色々と治が基準になってまう。別れよ」
「却下や」

 私の提案はなぜか通らず、数週間ごねてようやく別れることになった。後釜を狙っている子はたくさんいるはずだから、彼女を作るのは困らないだろう。良かったなと言うと、治はふてくされたように「お前ほんまなんやねん」と言った。
 別れてから何人かに「お似合いやったのにな」と残念がられてちょっとびっくりした。周りからそんなふうに思われていたとは。まあ確かに、私がやんや言っても治はたいてい飄々と私を扱っていたし、いいコンビに見えていたのかもしれない。

 それから数週間して、ほとんど喋ったことのない双子の片割れがやってきた。怒ったように「お前のせいで治がポンコツなんやけど」と言われて私は混乱した。いや知らんし、ていうかほぼ初対面でお前呼びってなに?

「私ただの元カノやし。関係ないわ」
「いや大アリや。治がふぬけになってもーた」
「ほんまに?」
「なんとかせえや」
「自分ら兄弟ちゃうん?私よりよっぽど詳しいやろ」
「兄弟に恋愛の傷を埋められてたまるか」

 たしかに。宮侑の主張は一理ある。でも私にはどうすることもできない。元カノにも恋愛の傷は埋められないのだ。はやく新しい恋を見つけてくださいと言うしかない。
 というか治がそこまで私のことを好きだったのは知らなかった。いや、思いのほか長く付き合ってしまったから、好きだというより、ただの執着かもしれない。やっぱり別れておいて正解だった。じゃないと私も治のことを一生ずるずる引きずる羽目になっていただろう。危ない危ない。

 結局そのあとも治と話す機会は減っていく一方だった。高3になるとクラスが離れて、顔を合わせることはほぼなくなった。たまに廊下ですれ違っても、お互い知らない人みたいな顔をしていた。



 数年ぶりに同窓会で会った治は、テレビでたまにみる宮侑とは違って、だいぶ丸くなったように見えた。瓜二つの顔でも、やっぱり私は治の方がタイプやなあなんて、離れた席から眺めながら思う。

「おお えらいべっぴんさんになったな〜」
「おっさんみたいな絡み何なん」
「えっへへ」

 帰り際、べろべろに酔った治が話しかけてきた。上機嫌で私の肩とかに腕を回してくる。元クラスメートが「治のこと送ったって」とニヤニヤしながら言った。光の速さでなんでやねんと突っ込んだが、治は「ええな〜それ。頼むわ〜」と締まりのない顔で嬉しそうに言うものだから、たちまち私の決意はしぼんでしまう。

「うわ〜なまえや。ほんもの?」
「どうやろな 偽物かもしれん」

 存在を確認するかのように治がぺたぺたと私の二の腕やらに触る。家にたどり着くまで子どもの世話をしている気分だった。脈絡のない発言に適当な返事を返しながら、おぼつかない足元に気をつけて歩く。高校生の時は知らなかった、酔っ払った大人の介抱の仕方。
 家に運び込んで、水を飲ませようとしたら腕を引っ張られた。息が止まりそうなくらい強い力で抱きしめられる。身じろぎしたら「どこにも行かんで」と耳元で掠れた声がした。

「行かへんよ」
「約束やで」

 びっくりするほど熱い指先が感触を確かめるように私の唇をふにふにと押す。ぎらりと光る目に身がすくむ感じがした。そのまま唇が近づいてきて、まあいいかと半ば諦めながらそれを受け入れる。「付き合おうや」って言われたあの日とおんなじやなと思った。

 それから、宮治とは月に何度か会ってはセックスする関係が続いた。元カレがセフレになるってベタな展開すぎてちょっと笑える。
 ただ、治はセフレにしてはとんでもなく優しかった。私が風邪をひいた日は店を早めにたたんで様子を見にくることもあった。正直わけがわからなかった。

「俺の店な、いま人手が足りとらんのや」
「へーえ繁盛しとるんやな。ええことやんか」
「なまえのこと雇ったるわ」
「全力で遠慮しときます」

 スーパーで陳列棚の鶏モモ肉とにらめっこしていたら、治がどさくさに紛れて求人してきた。いやいやセフレが働いとる店ってどんな店。一番脂身の少なそうなものを手に取りカゴの中に放り込むと、横から手が伸びてきてカゴごと奪われる。

「持ったるわ」
「ひゅ〜イケメン」
「せやろ」

 治の作る料理はめちゃくちゃ美味しい。お店が繁盛する理由もわかる気がする。まだ一回も行ったことないけど、そのうち顔を出そうとは思っている。もちろんお客さんとして。
 レジに向かう前にもう一度野菜のコーナーを見に行こうかなと考えていたところで、治が「あ」と声を上げた。立ち止まって視線をたどると見たことのない初老の女性が立っている。

「うわー治くんや。こんなとこで会うなんてな」

 にこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべながら、治と親しげに話し始める。話の内容から、お店の常連さんなんだろうということが伝わってきた。

「そちらは彼女さん?」
「ええ、まあ」

 治は営業スマイルで流暢にうそをついた。セフレなんて言えるわけないから仕方がないとは思う。私もにこにことよそ行きの顔をした。
 スーパーを出てから「本物のカノジョ連れとる時にあれ違う子やなって思われたら困るんちゃう」と尋ねると、治は「俺カノジョおらんし別にええわ」とあっけらかんと言った。彼女いないのは知らなかった。モテそうなのに。それこそお客さんとの恋とか始まりそうなのになってこっそり思う。



 何やかんやでお互い忙しくなり、タイミングが合わなくて一ヶ月以上会わない日が続いた。連絡もほとんど取っていない。もしかしたら、とうとう治に彼女でもできたのかもしれない。
 夕飯を済ませてベッドの上でダラダラしていたら、いきなり電話がかかってきた。びっくりして画面を確認すると『宮治』と表示されていて更に驚く。

「なんなん急に」
『迎えきてくれ〜お願いや〜』

 治はだいぶ酔っているようだった。なんで私なんと思いながら、適当なスキニーに履き替える。すっぴんにTシャツというラフすぎる格好で、スマホと財布だけ持って家を出た。
 店に着いてぎょっとする。席に並んでいたのは、宮侑と銀島、それから角名といった懐かしき面々だった。なるほど元バレー部で飲んでたのかと合点がいった。

「結局また付き合うことになったんや」

 テーブルに突っ伏している治を揺すっていると、宮侑からそんな言葉が飛んできた。思わぬ言葉に顔を上げると、チャラさが増した元同級生はニヤニヤとうさんくさい笑みを浮かべている。

「付き合ってへんけど」
「え?でも彼女ゆうてたで」
「……いや本命が別におるはずや」
「トーク履歴みたけどお前しかおらんかったわ」

 へーそうなんやと努めて冷静に返したが、内心心臓が痛いくらい打っていた。スーパーで会った常連さんに言うのはまだわかる。でもこの人らには隠す必要ないのに。
 まだぐだぐだ言ってる治を引っ叩いて起こすと、巨体がようやく立ち上がった。この人が倒れても支えられるわけないのに、なんで私が連れて帰らなきゃいけないんだか。他の3人への挨拶もそこそこに店を出ようとすると「治もアホだよね」とかなんとか言ってる角名の声が聞こえてきた。

「なんで彼女ってうそついたん」

 ゆらゆら歩いている酔っ払いに尋ねると、めずらしく顔を歪ませる。「彼女って言うたらだめなん?」泣き言のように呟く。繋がれた手がじんじんと熱い。

「……そこまで愛されとるとは知らんかった」
「アホ 鈍すぎるわ」
「ゆうて最初ノリで付き合うみたいな感じやったやん」
「違う。なまえのことずっと好きやった」

 とんでもない今さらな告白に思わず足を止める。治がじっと私を見た。酔っているはずなのに何故か焦点が合う。耐えきれずに視線を落とすと、治が私の手を引いてまた歩き始めた。
 どうしてこうなってしまったのだろう。私は自分の中心にいつまでも治が居座ってしまうことが怖かった。治がいつか自分に飽きて、置き去りにされるくらいなら距離をとろうと思ったのだ。

「明日の朝なんも覚えとらんとか抜かしたら許さんからな」
「大丈夫や。実は俺いまあんま酔っとらん」
「……はぁ?」
「こっわ」

 治がおだやかに笑う。繋がれた手に力がこもる。仕草が高校生の時となんも変わってなくて、なんとなく泣きたくなった。

「なあ 俺ともっかい付き合って」
「……あほやなあ、私も治も」

 小さく息をつく。うなずくと、治の歩幅がちょっとだけ大きくなった。あーもう我慢できひん。そんなことを言うものだから、雰囲気ぶち壊しやと手の甲をつねる。
 あたたかくて静かな夜だ。ちらちらと光る空の星を眺めながら、私が逃げなくて済むように、ずっとこの手を繋いでいてほしいと願った。

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