二度目のインターホンを押して少ししてから扉がガチャリと開いて、億劫そうな表情を浮かべた研磨が顔を出した。てっきり彼のお母さんが出てくると思っていたので面食らって黙っていると「なに?」と研磨が短く問う。慌てて持っていた紙袋を差し出した。

「これ、うちのお母さんが持ってけって」
「ああそう。ありがと」
「うん。じゃあ、また」

 私服の研磨が懐かしくて、でもあんまり見すぎたら変だなと思って早急に会話を切りあげ踵を返す。今ひま?と後ろからまたもや短い問いが飛んできた。足を止めて振り返る。研磨がこちらを見ている。
「今日おれ、部活休みで暇だから上がってけば」
 嫌だったらいいんだけど、と視線を逸らしながら付け加える。嫌なわけがない。私がすぐ帰宅すると思っている母親にはあとで連絡すればいいだろうし、私と研磨が仲良くしているのを知れば絶対喜ぶ。いいの?と答えた私の声は思いのほか上ずっており、いいよと答えた彼の声はいつも通り淡々としていた。

 靴を揃えて脱ぎ、かしこまって「おじゃまします…」とリビングのほうへ声をかけると、研磨以外は今出かけていることを告げられる。彼の後を追ってぎしぎしとやや軋む階段を上り、数年ぶりに部屋に入った。突然お邪魔したにもかかわらず、きちんと片付いている。テレビには、無理やり一時停止させられたモンスターが大きく口を開けているのが映っていた。コントローラーが繋がっており、ゲーム中だったことが容易に想像できる。

「まあ適当に、好きにしていいから」
 それだけ述べた研磨は、ベッドに座ってコントローラーを握り、慣れた手つきでゲーム再開を選択した。招かれたわりに突然放置された私は唖然として立ち尽くす。この人なんのために私を呼んだんだ。
 居心地が悪いまま勉強机に視線をやると、つい先日返却されたテスト用紙と、その横に携帯ゲーム機が置いてあることに気がついた。何かもう、何でもいいから私も好き勝手やろう。ゲーム機を借りていいか恐る恐る問うと、いいよとこちらも見ずに返答がある。テレビ画面の中の勇者が華麗に剣を振っていた。



 ようやく中ボスを倒して一区切りついたところで顔を上げると、難しい顔をしたなまえが少し離れた所でゲーム機を操作していた。そろそろと近づき画面の中を覗き込んだが、なかなか倒せないモンスターに躍起になっているらしく全然気付かれない。何度めの挑戦なんだろうか。今まで見たことないくらい大きく吹っ飛ばされたアバターのHPが一気に0に近づき、思わず笑ってしまう。

「下手くそ」
「なっ……!」

 ようやく気がついた彼女が顔を上げ、みるみるうちに顔が赤くなった。やっぱりなまえは面白いなあ。じゃあ研磨がやれば、とゲーム機を押し付けられて、押し返す。言わずとも意思が伝わったようで、観念したように彼女は再度ゲーム機をしっかり手に持った。
 横に座って画面を覗き込むとなまえの身体が強張って、わずかに身体同士の隙間が空いた。手に取るように緊張が伝わってきたが、きちんと画面を見たくてお構いなくまた距離を詰める。

「負けっぱなしでいいの?」
「……次は倒すよ。このアイテム使っていい?」
「何でも好きに使って」


 なまえが小さく息を吐く。
 もう5分は経っただろうか。アバターの攻撃力は十分高いはずだが、敵の攻撃がほぼ毎回当たるので何度も回復アイテムを使い、戦闘は泥試合となっていた。豊富にあったアイテムを相当使い、最後の一撃で短いムービーが入りモンスターが倒れる。できた、と満足げにこちらを見上げたなまえは我に返ったらしく、気まずそうにまた身体の位置をずらした。

「……なんか研磨、近くない?」
「ごめん。嫌だった?」
「や、じゃないけど」

 途中で言葉を切ったなまえが静かに首を横に振る。黙って次の言葉を待っていると、ぎゅっと口が結ばれて数秒、また開かれた唇を逃すものかと思わず凝視してしまう。
 幼なじみにしては近すぎるし、手握ってくるくせに学校だと他人のふりするし、私のノートないと赤点とるって言う割にいっつも私より点数いいし、研磨のことわかんないよ、私は研磨のこと好きなのに。俯きながら一気に捲し立てたなまえの手は震えている。昂った感情に伴う生理現象のせいか、彼女の瞳にはうっすら涙の膜が張っていた。思惑通りと言えばそれまでだが、あろうことか、こちらの完敗だった。試合に勝って勝負に負けたというか何というか。
 震える小さな手におずおずと自分の手を重ね、指を絡ませるとなまえが驚いたように顔を上げる。なまえから好きだと言わせたいという思惑があったのは認めるが、泣かせたかったわけじゃない。

「えっと、今まで振り回しててごめん。
 それと、明日から、おれと付き合ってるか聞かれても、否定しなくていいから」
「何それ……研磨、私のこと好きなの」
「そうだよ」

 驚いたように目を見開いたなまえは、次の瞬間へなへなと力が抜けたように肩を落とす。伏せられた睫毛は濡れていて、きらきらと光っているように見えた。特に同じクラスの山田にはちゃんと言っておいてよと付け加えたいところだが、嫉妬深くてみっともない気がして胸の内に閉まっておくことにする。
 恋愛ゲームだったら攻略対象を落としてハッピーエンドというやつだ。でもこれはゲームクリアなんかではなく、チャプター2の始まりだなと思う。
 名前を呼ぶとゆっくり睫毛が上がって目が合った。やっぱり、ひらがなで聞こえる。そう呟いたなまえはあの日よりも随分大人びて見えた。

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