もう8月も終盤だというのに、太陽は元気いっぱいだ。ほんまに焦げるってくらいの日差しが皮膚を刺す。とにかく暑い。学校の行き帰りだけで大して動いてもないのにダラダラと汗がふきだして参ってしまう。日が高くなると余計暑いから、毎日ちょっと早めに家を出て、日が落ちてから帰った。
9時くらいに学校に向かって歩いていると、ロードワーク中の男バレとすれ違った。
「なまえさん、ひどい顔しとるな」
「うるさい」
すれ違いざまに侑くんに失礼なことを言われた。こっちは歩くだけで必死なんや。体力オバケの運動部とは身体のつくりが違う。
やっとの思いで学校に着いて、息つく暇もなく希望者対象の夏期講習を受けた。眠かったけどスースーする目薬をさしてなんとかしのいだ。
終わってからどっと疲労を自覚する。今日は3コマも受けたからヘトヘトだ。予備校に通って一日中授業を受けている人たちがいるなんて信じられない。心の底から尊敬する。
教室の自分の席について、ようやくほっと一息つくと眠気が襲ってきた。ちょっとくらい休憩して脳を休ませてもいいかもしれない。そのまま机に突っ伏して目を閉じた。
「いい加減起きたほうがええんちゃう」
まぶたを開くと、北がこちらを見下ろしている。
「え!?私どんだけ寝とった?」
「俺が来たときにはもう寝とったで」
時計を確認して、1時間は眠っていたことに気がつく。なんてこった。唖然としていると、北が「ほっぺに跡ついとるよ」と教えてくれた。ほっぺて可愛いな。
なんだか頭がぼーっとする。水を飲んでみたけど、寝過ぎたのかイマイチしゃっきりできなかった。
「疲れとるんやろ。今日ははよ帰り」
「そうする…」
「一人で帰れる?」
「北ってたまに母親みたいよな」
「母親やないわ」
「知っとるよ」
のろのろと荷物をまとめて教室を出る。階段を下りている途中で、また侑くんに会った。
「今日は帰るの早いんやな」
「頭がぼーっとすんねん」
「夏バテやな」
そうかな。そうかもしれない。外の焦げるような暑さと、冷房の効いた教室の温度差に身体がすっかり参っているのだろう。
侑くんはごそごそとジャージのポケットを漁り、私の手のひらに小さな箱を押し付けた。箱には「ういろう」と書いてある。なんでういろう?
「それ、角名が帰省したときのお土産やって」
友達からのお土産を横流しするなんて人でなしやなと思った。ういろう好きじゃないなら治くんにあげたらいいのに。角名くんもよく知らない私に食べられるより、治くんに食べてもらったほうが嬉しいだろう。
「返す。治くんにあげたらええやん」
「サムに渡すくらいなら俺が食べるわ」
「なら最初からそうしぃや」
「夏バテやから何かあげようと思ってん。優しいやろ俺」
気遣いは嬉しいけど角名くんには優しくないな。「やさしいやさしい」と適当に相づちを打って、じゃあまたと手を振った。何だか今日はツッコむ元気もない。
階段を下り始めると、侑くんが何故かついてくる。上っていたということは、どこかに向かっていたということやないんかなあ。
足に力が入らなくてずるりと片足が滑る。落ちる。ヒッと声を上げると同時に腕を掴まれて事なきを得た。まだ心臓がどきどきしている。侑くんに礼を述べると「うん」と上の空な返事が返ってきた。
「なあ、最近あんま食ってへんやろ」
「……それなりに食べとるよ」
「痩せたんちゃう?もっと太れ」
太れは他人から初めて言われた。
「メシをちゃんと食って寝ろ!」
「それ北がよく言っとるやつや」
「うん。俺も言われたことある」
侑くんも体調を崩したことがあるなんて意外だった。最強ツインズだなんて呼ばれていても、無敵ではないんやなあ。
ちゃんと食えと言われても、食欲がなかったらどうしたらいいんだろう。ほけんだよりに夏バテ対処法が書いてあったような気がする。思い出せない。元保健委員として失格だ。やっぱり私はポンコツなのかもしれない。
「帰ったらアイスでも食べて元気だすわ」
「アイス好きすぎるやろ」
「うん、好き」
「……夏バテならぬくいもんを食え」
「えっそうなん?」
「知らんの?ほけんだよりに書いてあったで」