波乱のテスト返しが終わった。北はテスト期間もみっちり部活をしていたのに、やはり高得点を叩き出していた。「毎日勉強しとるからできて当たり前や」と平然と言っていたけど、その毎日勉強するのがすごいことに当の本人は気が付いていない。あとその言葉が色んな人にグサリと刺さることにも。

「俺!数学!赤点やなかった!」

 下校時間になって、意気揚々と答案用紙を見せびらかしてきたのは、2週間のうち何度か勉強を教えてあげた侑くんだ。褒められた点数ではなかったものの、今までで一番良かったらしい。なんか満点とるって豪語していた気がするけど、忘れてあげることにした。

「ごほうびや!」
「へ?他の教科は?」
「……他も大丈夫やった」
「北に聞いたら嘘バレるからな」
「…………」
「何があかんかった?」
「国語と、英語……」

 ああ、読解系が苦手なのか。正直イメージ通りでちょっと笑えた。笑ったら怒られると思うけど。まあ短期間でできるようになるものではないから、できなかったのは仕方がない気がする。侑くんは受験で使わないだろうし、解けなくても死んだりしない。
 今回は赤点が少なかったようだから、北に怒られることもないだろう。よかったなあと笑うと、侑くんは不服そうな表情を浮かべていた。

「侑〜!」

 昇降口の外から女の子の黄色い声が聞こえて、彼がそちらに視線をやる。一緒に帰る約束でもしているに違いない。私はまたねと手を振ってその場を離れた。

 水たまりだらけの地面を避けながら、駅に向かって歩く。雨は今降っていないが、空はどんよりと曇っていて、今にも降り出しそうだ。リュック重たいな。
 今回のテストの出来はあんまり良くなかった。北より勉強時間はあるはずなのに、負けていて悲しかった。まあ北やからな、勝てるわけないと何とか思い込もうとする。そうする時点ですでに負けているのだけれど。

「侑って、3年の先輩と付き合っとるん?」

 後ろのほうから女の子の声が聞こえてくる。よく響く声だなあと感心した。

「は〜?付き合っとらんよ」
「そうなんや。最近よく一緒におるから、みんなそう思っとったよ」
「あの人と付き合うなんてありえへん」

 あはは、と彼らは楽しそうに笑っている。私には生意気な口きくくせに、可愛い女の子には愛想良くするんやなあってムカついた。勉強なんてもう教えてやらん。



 あっという間に一学期は終わって、終業式を迎えてしまった。それから長かった梅雨が明けた。私はうっとおしく伸びていた髪を切った。

「なまえさんが髪切っとる」

 長い長い校長先生の話がようやっと終わって、体育館から教室に向かおうとしたところで宮兄弟に遭遇した。最近エンカウント率が高すぎて何かのバグかもしれない。
 がやがやと賑やかな生徒たちの中でも、この二人は本当に目立つ。目立つから避けようと思えば避けられるのだろうけど、いつも思いもよらないタイミングで見つかってしまうのだ。

「えらいばっさり切ったなあ。失恋か?」
「ちゃうわ、気分転換」
「髪短いの変な感じやなあ」
「変な感じってひどない?」
「俺はかわええと思いますよ」
「ほんまに?治くんのほうがモテる理由わかる気がするわ」
「俺のほうがモテるし」

 拗ねたような表情を浮かべる侑くんが治くんを睨みつける。治くんは「はいはい」と言って、さっさといなくなってしまった。
 出入り口の大きさに対して生徒数が多すぎるから、何十人も立ち往生している。人の熱気が立ち込めて、むわっとした空気が辺りを包む。体育館を出るまでもう少しかかりそうやなと思っていたら、侑くんが私の腕を引っ張った。

「ちょっと、なに!?」

 問答無用で脇にあった倉庫みたいなところに連れて行かれる。先程の熱気が嘘みたいに薄暗くてひんやりとしている。

「あそこ暑すぎて耐えきれんわ」
「なるほど、避暑地やな」

 体育の授業かイベントの時くらいしか縁のない体育館に、こんな倉庫があるなんて知らなかった。私のほうが在籍している日数は多いのに、こんな場所を知っているなんてさすが運動部だ。
 侑くんがフウと息をついて、倉庫の外からはがやがやとした喧騒が聞こえてきて、そのギャップにちょっと気まずくなった。マットレスに触ろうとしてみたけど、埃だらけだろうなと思い直して手を止めた。

「夏休みはどこで勉強するん」
「えー、たぶん学校でする」
「俺は部活で一日中おるから、つらくなったら顔見にきてもええよ」
「侑くんの顔見て元気出るかなあ」
「出るに決まっとる」

 すごい自信だ。そうかもなあと頷くと、侑くんは静かにこちらを眺めていた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -