勉強を教えてほしいという侑くんに対し、時折テキトーな理由をつけて逃げているうちに、気がつけばテスト前日になっていた。断るときは毎回残念そうな表情を浮かべていた彼に、宮侑に勉強教えたい秀才女子はぎょうさんおるでと心の中で思ったりもした。

『明日の教科むりやねんけど』
 休み時間、侑くんからそんな連絡が来ていて、数学以外は自分でなんとかしろと思って『大変やな』とだけ返信しておいた。
 顔を上げると隣で一緒に昼食を食べていた友人が「そういや宮侑と付き合うとるてほんま?」と聞いてきた。食べていたごはんが喉に詰まりそうになる。

「えっ…えっ!?付き合ってへん」
「噂になっとるで。毎日一緒に勉強しとるんやろ」
「毎日やない」
「そこはどうでもええねん」

 去年、委員会が一緒だったというだけで、それが一体どうしてこうなった。何が彼の琴線に触れたのかはしらないが、ただの元委員会仲間にしては大分仲良くなりすぎてしまったみたいだ。

「なまえは見た目のわりにイジリやすいからな。せやから侑くんも懐くんやろ」
「なつく……?馬鹿にされとるだけや」
「そう思てへん女子はいっぱいおるで。背後に気ぃつけや」

 そう物騒なことを言いのけた彼女は「ご馳走様でした」と手のひらを合わせる。どうせ刺されるならテストが始まる前にしてほしい。それならテストを受けなくてすむ。刺されたくないけど。

 昼食を食べ終えてトイレに行って戻ってきたら、途中で北に呼び止められた。席まで近づくと、机の上にはしっかりと参考書が広げられているのが見えた。昼休みも勉強しとってえらいなあ。

「最近、侑の勉強の面倒見とるんやろ」
「ええ?北もあの噂聞いたん?」
「噂って何のことか分からんけど、勉強のことは侑が自分で言うとったで」
「あいつ余計なこと言いよるな」
「そうなん?いつもより勉強しとるみたいやで」
「へ〜今回は赤点とらんとええな。主将も大変や」

 北がうなずく。ミスター隙なしの彼が手を焼くほどの後輩なのだから、私の手に追えなくて当たり前だ。
 テストが終わったらバレー部はインハイがあるはずだ。侑くんが赤点連発して補習なんかになったりすると、練習に支障がでるに違いない。私は男子バレー部、つまり北に貢献しているというわけか。数学が赤点を逃れたら、アイスでもおごってもらおうかなと下心が芽生えてしまった。



 テスト1日目が終わった。昼は家で食べて、午後から自宅近くの図書館に行こうかなと考えていると、ジャージを着て体育館に向かう侑くんに会った。

「今日も部活か〜ブラック企業みたいや」
「俺は部活ない方が具合悪なんねん」
「テストのほうの具合はどうなん?」
「ぐっ…!それは聞かんでくれ…!」

 昨日言っていたとおり、今日の教科はあかんかったようだ。赤点オンパレードだったらまた北に怒られるのだろう。昨年度の学年末テストはまさにそれで、正座して怒られてる人はリアルで初めて見た。どんなにバレーができて顔がよくても、北には敵わないんだなあとしみじみ思った。

「明日は数学やし、満点とったるねん」
「他の教科もがんばりや」
「クラスの奴に教えてもらっとるから大丈夫やと思う、多分…」

 いつも自信満々の侑くんの言葉が尻すぼみになっている。というか私以外にも勉強を教えてくれる人がいるみたいで安心した。

「なんとか頑張るわ。全教科赤点逃れたらご褒美やもんな」
「嘘つくな。そないなこと言ってへん」
「なら今約束して」

 侑くんがじっとこちらを見るものだから目を離せなくなってしまった。ご褒美?ご褒美って逆に私が教えてあげたお礼をもらえる方やろ普通。どこまでも生意気な後輩だ。
 エナメルバックのねじれた持ち手を見て、まあ部活頑張ってるしなという気の迷いが生じる。それに、前回のテストで赤点を連発していた彼が一つも赤点をとらないなんてあり得ない。
 気圧されて思わずうなずくと、侑くんは「言ったな?ちゃんと覚えといてな?」と私に念を押した。

「…やっぱ今のナシにして!」
「もう手遅れですぅ〜約束守らんかったら北さんに言いつけるからな」
「俺がどうしたん?」
「ヒッ」

 あからさまに動揺した侑くんと声のするほうを見ると、先輩オブ先輩の北が立っていた。彼も部活のジャージを着ていて、静かにこちらを見ている。慌てたように「何でもないですし部活行きますサーセン」と息継ぎなしで言い終えた侑くんは、私に軽く挨拶すると一目散に体育館へ向かっていった。

「そのカリスマ先輩オーラうらやましいわ」
「何言うてんねん」
「私ナメられとるから」
「仲ええな」

 ふ、と北が笑った。「また明日な」と手を振って体育館に向かう彼の背中を見送る。相変わらず姿勢がいい。私ももっと背筋をピンと伸ばしたら、少しは敬ってもらえるんだろうか。

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