いつの間にやら期末テスト2週間前になって、休み時間も教室で勉強している人が増えた。周りが勉強モードに入ると自分もそういう心持ちになれるのでありがたい。
 HRが終わって、図書室に向かおうと教室を出たところで侑くんに捕まった。

「めっちゃいいこと思いついてん」

 心底楽しそうに彼は言う。話が読めなくて首を傾げる。わざわざ言いにくるということは余程いいことなんだろう。

「なまえさんって北さんと同じクラスやんな」
「そうやけど」
「てことは理系やん。数学教えてや」
「ええ?北に教えてもらったらええやろ」
「いや〜それはちょっと」
「なんやその顔。北に言っとくな」
「堪忍して」

 いいことってそういうことか。別にいいことではない。スポーツ推薦ならそんなに高得点をとれなくてもいいんやないかなと思ったら「さすがに一桁はアカン」という答えが返ってきた。なるほど。たしかに一桁はあかんわ。
 図書室は私語厳禁だし、どこで教えたらいいんだろう。考えていると「部活終わったら合流するから、昇降口で待っといてな」と一方的に言った侑くんはさっさと部活に行ってしまった。強豪校はテスト期間でも部活があるから大変だ。引退せずに成績上位をキープしている北がいよいよ同じ人間とは思えなくなってきた。



 下校のチャイムが鳴って、昇降口で単語帳を眺めていると侑くんが本当に来た。先程とは打って変わって少し落ち込んでいるように見える。部活が大変だったのかな。まあ疲れるよなあ。

「お疲れ様。ほんまにこの後勉強できる?」
「そのことなんやけどな、なまえさん受験生やしやっぱ邪魔すんの良くないと思うねん」
「…侑くんは人でなしやと思てたけど、意外と気ぃつかえるんやな」
「俺をそんなふうに思てたんか」

 そりゃ先輩のことポンコツ呼ばわりするしな。
 この間の傘の件といい、最近の侑くんは前よりも優しい。「教えたら自分の勉強にもなるし気にせんでええよ」と言うと、彼はホンマに?と何度も確認した後、ようやく元気を取り戻した。

 付いていくままに駅前のファストフード店に入ると、自分と同じ制服を着た学生がちらほらいた。テスト期間に宮侑と二人でいる女子なんて嫌でも目立つ。引き受けなきゃよかったと今更になって後悔してきた。

「まずは腹ごしらえや」

 侑くんは一人分のハンバーガーをぺろりと食べ切った。いつも部活後は買い食いをして、帰宅後も普通に夕食を食べるらしい。男子高校生の胃袋はなんでも入りそうだ。私は小腹がすいていたけど、我慢してジュースだけ頼んだ。

「分からんとこあったら聞いて」
「もう分からん」

 ペン回しをしながら侑くんはしかめ面をしている。思っていたより大変そうだ。たしかにテストで一桁の点数を取りかねない。
 数Tの内容に戻って、かなり基本的なところから説明すると、彼はあっという間に理解できたようだった。さすが地頭がいい。いつもバレーばかりで勉強する習慣がないだけなんだなあと感心した。

「めっちゃわかりやすい。なまえさん天才や」
「敬語使ってくれてええねんで」
「考えとく」
「なんで上から目線やねん」

 一周回ってもうどうでもよくなるほど相変わらずの生意気っぷりだ。そこまで私に敬語使いたくないのか…。
 問題集の基本問題なら解けるようになった侑くんは、シャーペンの動きが止まることが少なくなった。時折彼の質問に答えながら、私も自分の勉強範囲をどんどん進める。

「そろそろ帰ろか」

 いつのまにか周りで勉強していた学生の数がずいぶんと減っている。「久々に頭こんな使って、明日熱出そうや」とあくびしながら侑くんは言った。
 外はもうだいぶ暗かった。じっとりと湿った空気が背中から首を這う。はやく梅雨明けしてほしい。

「明日も昇降口で待っといて」

 別れ際の侑くんの言葉で嫌な予感が頭をよぎる。2週間毎日一緒に勉強したら、それこそ一部の女子生徒から大いに反感を買ってしまいそうだ。

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