二週間は安静にしてください、という言葉が重く頭にのしかかる。安静にしろ、ということは、イコール部活に参加するなということ。最悪の事態である。
 まあ要するに暴れるなってことやんなと勝手に拡大解釈して、こっそり練習していたら監督にこれでもかというほど叱られた。治にはアホやろと言われた。本当に最悪だった。

「北がおらんくて良かったな。おったら10倍叱られとったで」

 カップの底に残ったタピオカをストローで探しながら、なまえさんがのんびり言う。暖かくなってきたとはいえ、すっかり日も落ちて肌寒いくらいなのにそんなん飲んどったら腹壊すぞと言いたくなった。

「北さんなんて怖くないねん」

 ふうんと信じていなさそうな顔で相槌をうつ彼女のまつ毛はくるりと上を向いている。血色のよい唇を思わず凝視して、小学生達のキャアキャアとした笑い声で我に返った。
 自分らの会う場所は学生らしくいつも公園かファミレスだ。彼女が人目を気にしなくて済む場所があれば良いのにとこの頃ずっと考えてしまう。

「ゆーてもあと1週間くらいの辛抱やろ。侑くんガンバレ」
「あー……そうやな」
「バレーだいっすきやな」
「……、ほんっま腹立つわ」
「どうどう」

 能天気にぐりぐりと頭を撫でられる。されるがままになっていると、不意にふわりと人工的な甘い香りがして余計に腹ただしくなった。何なんやほんま。
 春になって、なまえさんは大学生になった。髪を茶色く染めた。更にいうと、ピアスをあけて化粧なんかもしている。大学というのは恐ろしい所だ。校則がないせいで、俺の彼女がどんどん知らない人みたいになってしまう。

「……最悪や」
「そんな落ち込んどるなら、侑くんの言うこと何でも聞いたるわ」
「健全な男子高校生にそんなこと言うてええんか?」
「常識の範囲内でお願いします!」
「何でもって言うたやん!」
「それとこれとは別や」

 肩をぐっと押した手をやんわり外される。侑くんが高校卒業するまではせえへんよ、と先日はっきり言われたことを思い出す。ムカつく。俺がこーんなに落ち込んでいるというのに。
 とは言ってもこのまま大人しくするのも癪なので、逃げられぬよう顎を掴んで口付ける。力なく胸を押されたが痛くも痒くもない。むしろ煽られるだけだというのをわかっていないらしい。

「……侑くんのアホ」
「おーおー何とでも言えや」

 涙目で睨まれても口角は上がる一方である。部活できひんならと半ばヤケクソになって、ここ1週間は毎日のように彼女に会っているが全く飽きない自分に驚いている。というかむしろ会わないと不安になる。大学という知らない場所でなまえさんは一体何をしているのか。

「明日は授業何時に終わるん?」
「16時までやけど、明日は会えへんよ」
「はあ?なんで?」
「約束あんねん」

 ガツンと殴られたような衝撃。どこで・誰とと尋ねると、友達とご飯行くと当たり障りのない答えが返ってくる。相手は女やなんて言われても安心できるわけがない。

 次の日、大学の校門に現れた俺の姿を見て、なまえさんは素っ頓狂な声を上げた。慌てたように駆け寄ってきて、何しとるんと小声で聞いてくる。彼女の隣にいた女の人は目を白黒させている。

「えっえっ誰!?」
「……、彼氏、やけど」
「えー!むっちゃイケメンやん!」

 か細い声で俯いたなまえさんはだから嫌だったんやと蚊の鳴くような声で言った。何やねんもっと堂々とせえや。
 どこの大学?と訊かれて、高校生に見られなかったことに安堵する。わざわざ制服から着替えてきた甲斐があった。「今日メシ行くってほんまですか?」そう首を傾げると、彼女の友人は大きく頷いた。

「そうやねん!彼氏くんも一緒に行こ!」
「え!?いやちょっと待って?侑くんはあかん」
「ええなんでや〜誘ったらええやん」
「侑くんむっちゃ食べるで。破産する」
「またまた〜!」

 なまえさんよりもいささか化粧の派手な友人はケタケタと楽しそうに笑っている。力なくぎゅうと袖を掴まれるのを感じた。目で何かを訴えてくる。どうしようもなく口角が上がってしまう。仕方ない、いい加減このへんにしとくか。

「いや〜気持ちは有難いんやけど俺は遠慮しときます」

 にっこり笑みを浮かべるとほんまイケメンやな〜!とまた騒がれた。正直悪い気はしない。へらへらしていたら、なまえさんは拗ねたように口を尖らせた。この表情を見れただけで来た意味があったものだと思う。
 結局「私とはいつでもご飯行けるんやし、彼氏と行ってきたらええやん」と送り出され、機嫌がよろしくないなまえさんといつものファミレスに来た。ちなみに俺はすこぶる機嫌が良い。

「俺も一緒にメシ行くの嫌やったんや〜傷ついたわあ」
「ちゃうねん、あの子絶対侑くんのことタイプやから…」

 絞りだしたような言い訳が尻すぼみになっている。そうかそうか、そんなに俺のこと盗られると思ったんやな。かわええなあと零しそうになったのをぐっとこらえてコーラを啜る。

「というか!何で勝手に大学くんねん!」
「抜き打ち検査や」
「そんなんせんでも悪いことしとらんし」
「わかっとる。念には念をってことで」
「そんな不安なんや?」
「当たり前や」

 うなずくと、なまえさんはあっと驚いたような顔をしていた。以前と比べて本当にいろんな表情を見せてくれるようになったものだと思う。
 侑くんのことちゃんと好きやから、と彼女は小さな声でぼそぼそと言った。つい出来心で「え、聞こえんかった」ととぼけると、頬を膨らませて怒った顔をした。は?可愛すぎるやろ。
 心の中で思っただけのはずだったのに、今度こそ口に出してしまって、たちまち赤くなった彼女に心底勘弁してくれと思う。俺以外の奴にそんな表情見せてたら許さん。

「ほーんなまえさん俺のこと好きなんやほーん」
「ニヤニヤしすぎや」
「これが通常の顔やねんけど」
「ぜっっったい嘘」

 食べ終えてから、高校生ははよ帰れという彼女の反対を押し切って家まで送った。別れた後の帰り道、手のひらの温度を思い出しながら、自分は意外と恋人に尽くすタイプやったんやと他人事のように感心した。
 怪我の具合がよければ数日後からまた部活漬けの毎日が始まる。大学生の彼女にはヒヤヒヤさせられる日が続くと思うが絶対に逃がすわけにはいかない。この宮侑を落とした罪は重いのである。

211029 今日の神さま
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