受験直前で会う時間も限られている中、侑くんはそのうち私への興味を失うだろうと思っていた。でもそうはならなかった。

「で、返事は?はいかイエスよな」
「んな横暴な」
「あ?そうやろが!」
「そもそも返事ってなんやねん」
「付き合おうって話やなかった?」
「初耳なんやけど」
「あれ?そうやったっけ?なら今言うわ」

 最後の受験を終えてから約1週間。久々に会おうやってなってファミレスに来たはいいものの、突然数ヶ月前の話を蒸し返されても困る。
 ストローで無駄にグラスの中の氷をぐるぐるとかき回す。カラカラ音を立てているグラスを眺めながら侑くんは「でも俺まだ好きやって言われてへん」と思いついたように言った。そんな余計なこと思い出さなくていい。

「侑くんこそ、ほんまに私のこと好きなん?」
「何を疑っとんねん。むっちゃ好きや」

 改めて言われると余計に恥ずかしいものがある。よくそんな堂々と言えるなと感心してしまった。それでも私のどこが好きなんだろうって、どうしようもなく考えてしまう。

「はい、次はなまえさんの番」
「こんなとこで言えへんわ」
「はあ?言えや」
「もうちょい待って」
「充分待ったわアホ」

 機嫌が悪そうにしている侑くんをなだめつつ、とりあえず注文したティラミスを食べることに専念することにする。スプーンで一口分すくって、仏頂面の後輩の口元まで持っていく。「食べる?」そう尋ねると、ぱくりと大きな口が開いてティラミスはあっという間に吸い込まれていった。もぐもぐ動く口角がわかりやすく上がっていて少し可愛い。

「侑くん、好き」

 驚いたように目を見開いた侑くんの口の動きが止まった。かと思うとゴンと大きな音を立ててテーブルにおでこがぶつかる音がする。

「は…?な゛んやねんほんま」
「サプライズや」
「許さん」

 侑くんのおでこが可哀想なくらい赤くなっている。しかめ面と対照的なのが可笑しくて私は声を上げて笑った。どうせ大学生になったら疎遠になってしまうだろうし、少しの間だけでも侑くんの特別になってみようと思った。いつだか貰ったストラップと勝守りが仲良くゆらゆら揺れている。


 今日はあいにくの曇りやななんて呑気なことを考えていたのに、卒業式が終わるころには大粒の雨が地面に降り注いでいた。ざあざあと雨音がやかましい。
 帰り際、北に声をかけられた。卒業式を終えて目の端を赤くしている者も多い中、彼はやはりいつも通りだった。最後の春高の後日、負けたわ、と電話口でそっけなく言われたのは今でも忘れられない。彼にとっては長いようであっという間の3年間だったんだろうと思う。

「元気しとる?」
「ピンピンしとる」
「……大学受かった?」
「おう」
「さっすが北」

 これほど部活と勉強を完璧に両立させた人間は本当に北くらいだ。今後も隙なし人間を貫いていくんだろう。あ、でもお酒とか飲んだら隙だらけになるんかな。いくら北でも。

「大学生なったら飲みに行こな!」
「今から何を考えとんねん」
「隙だらけ北を見てみたい」
「なまえが逆に呑まれそうやな」

 くつくつと北が笑ったのと、侑くんが顔を出したのはほぼ同時だった。ちょっと拗ねたような顔をしながら「いくら北さんでもなまえさんと飲み行くのはあかんわ」と言う。

「ああそうか、お前ら付き合ったんか」
「なんで知っとるん!?」
「侑から聞いたで」
「……」
「侑、なまえのこと泣かすなよ」
「なっ泣かすわけないやないですか!」

 動揺したような侑くんの声が昇降口に響き渡る。女の子から注目される彼のことだ。今後泣かされることは大いにあるだろう。でも侑くんは私の神様だから、なんとかしてくれるはず、たぶん。
 鞄から折り畳み傘を取り出そうとして、家に置いてきてしまったことを思い出した。「最後の最後まで詰めが甘いねん」とぼやくように北が言った。

「そういう北は持っとるんか!?」
「持っとるわ」
「侑くんは!?」
「こういう時はな、拝借すんねん」
「それ借りパクっていうんやで」
「ちゃあんと返すから大丈夫や」
「侑、あかんで」
「……ハイ」

 なぜか傘を2本持っていた北が貸してくれることになった。今度お礼の品とともに返却させていただきます。
 侑くんとやんや言いながら、少し狭い傘の中に二人で入る。北は静かに笑って、またなと手を振った。また今度といえるのは素敵なことだと思った。

 雨の中、少し歩いてから、侑くんに約1年間ありがとう・楽しかったと告げると、彼は驚いたような顔をした。「なんや急に改まって」少し湿った前髪が垂れて目にかかりそうだ。

「次いつ会えるか分からへんし、今言うとこうと思って」
「なに言うてんねん。意味わからん」

 足下の小石を蹴った侑くんは独り言のように呟く。

「お互い忙しくなるやろうし」
「前から思っとったけど、何をそんな心配することがあるん」
「侑くんモテるやん」
「それは否定せんけども」

 ざあざあと雨音が鼓膜を叩く。受験勉強はそれなりにつらかったけれど、侑くんがいなかったらもっともっとつらかったに違いない。彼にその自覚はなくても本当に助けられてきたのだ。だから、今後ひとりになった時、侑くんがいなくても生きていけるようにならんとなと思う。

「なまえさんはアホや」
「なんなん喧嘩売っとんの」
「おう もっと怒れ ほんでぎょうさんワガママ言え」
「侑くん。振り回されたいん?」
「なまえさんやったらええよ」

 侑くんが静かに笑う。私は何もしてあげられないのに、むしろワガママを言ってほしいなんて意外だった。少し俯きながら自分のブレザーの裾を何度か撫でる。湿っぽくてザラザラしている。

「手握りたい」
「おお なまえさんからそんなことを言うてくれるとは」
「あとこれからも好きでおってほしい」
「それはこっちのセリフや」
「そうなん?」

 驚いて思わず横を見上げると、侑くんは大きく頷いた。繋がった手は想像よりもうんと熱い。世界で一番幸せだと思った。侑くんはやっぱり私の神様だった。

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