今年の梅雨は随分と長引きそうらしい。天気予報のおねーさんが言ってた。ザアザアと耳を押さえたくなるような大きな雨音がアスファルトを叩いている。対して私は昇降口で呆然と立ち尽くしていた。
 傘立てに置いておいたはずの傘が無くなっている。なんてこった。突然消えるわけじゃあるまいし、心ない何者かに盗まれたに決まっている。許さん。私も誰かの傘を拝借してしまおうかな、じゃないとびしょ濡れで電車に乗る羽目になる。

「あ、なまえさんや」

 びくりとして呼ばれたほうを向くと、かの有名な宮侑くんが立っていた。人懐こい笑みを浮かべてひらひらとこちらに手を振っている。隣にいるのは双子の治くんだ。二人そろって仲ええなあ。並んでると威圧感が半端ないし、相変わらず似すぎてて混乱してしまう。

「部活終わったん?」
「おん。なまえさんはこんな時間まで勉強か。受験生は大変やなあ」

 そうのんびりと口にする侑くんに、こんな時間までみっちり練習している方が大変やろとこっそり思う。
 侑くんとは去年の委員会で一緒だった。保健委員なんてやるガラじゃないよなと思っていたら、ジャンケンで負けたからと言っていて納得した。やる気がなくて、しょっちゅう当番をサボるから大変だった。

「ツム、この人センパイやろ。なんでタメ口なん」

 隣でぼんやりと私たちの会話を聞いていた治くんが首を傾げる。

「治くん!よく言ってくれた!」
「だってポンコツなんやもん。年上感ないしな」
「な…!ポンコツやないわ」
「ポンコツやろ。書記なのにしょっちゅう居眠りしとったし、刷りたてホヤホヤのほけんだよりを水たまりに落としよってんで」
「それはポンコツやな」
「治くんまで…!」

 ただでさえ傘がなくて傷心中なのに追い打ちがすぎる。しかもちょうど下校時刻だから周りの視線が痛い、主に女子の。さっさと解放してくれと思って「アンタらはよ帰り」と手を振る。目ざとい侑くんは「さっきから思とったけど、まさか傘忘れたとか言わんよな?」と私に問うた。

「忘れてへんわ。今見たら無くなっとっただけやし」
「盗られとるやん。かわいそ」
「そう思うなら駅まで入れてくれるよな?」
「なまえさんと相合傘なんて死んでもゴメンやわ」
「サイテーやな」

 ごろごろと遠くで雷が鳴っている。だいぶ日が長くなったとはいえ、天気が悪いから辺りはもう薄暗い。
 しょうがない。ここで待ってたら友人の一人や二人は捕まえられるだろう。そう腹をくくって背負っていたリュックを下駄箱の床に下ろす。参考書が入っていて重いから肩がこる。

「俺のとこ入ります?」

 治くんが傘のストラップを外しながら言った。救世主だ。同じ遺伝子のはずなのにこうも性格が違うとは。感激して「治くんは神様やな」と拝むと、侑くんが不機嫌そうに顔をゆがめた。

「は〜?俺が入れたるし、俺が神様やろ」
「侑くん、死んでもゴメンって「言ってへん」

 この人めちゃくちゃ分かりやすく嘘ついたな。
 優しい治くんの傘にお邪魔しようとしたら、侑くんに引っ張られて隣に収まった。普通の傘の大きさのはずなのに、侑くんが大きいせいで狭く感じる。治くんは呆れたように笑って、少し離れたところにいた男子に声をかけていた。背中にバレーボール部と書いてあったから多分チームメイトだ。

 ザアザアとうるさい雨音の中で、侑くんと久しぶりにちゃんと話した。部活のことや、勉強のことやら色々。今期の委員会は相変わらず上手いことサボっているらしい。ちらちらと周りの視線を感じたけれど、薄暗いからだいぶ気がまぎれた。明るかったら居た堪れなかっただろう。

 駅に着いたら侑くんは自身の傘を私の手に押し付けた。「俺は治の傘に入れてもらうんや」の一点張りに根負けした。あの傘に育ち盛りの男子高校生二人が入るとは到底思えない。絵面はちょっと面白いと思う。

「ほんならなまえさん、また今度な」
「傘ほんまありがと」
「それはええねん。次からは神様って呼んで」
「呼ばんわ。一応私センパイやからな」
「そうやったっけ?」

 へらへらと笑う侑くんの背中を見送る。敬語使えって言ってるのにいつまで経っても変わらない。どうせこれからもずっとあんな調子なんやと思う。でもまあ彼の濡れた左肩に免じて、今日のところは許してあげよう。

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