手の甲が乾燥しすぎて砂漠みたいになっている。ほんの少しハンドクリーム塗るのをサボっただけでこうなってしまうなんて。やっぱり冬の乾燥はこわい。

「あらら〜かわいそうな手やな」

 大慌てで自分の手を隠そうとしたが、侑くんはそれを許さなかった。なすすべなく目の前に晒されてしまう。

「いまからツルピカにすんねん」
「おお、安心したわ」
「……いや手離して?」
「しゃあないな」

 友達に誕生日プレゼントでもらったハンドクリームを取り出す。いかにも女の子って感じのやつ。フローラル系の香りがしてお気に入りだ。
 私が塗っているのを見て「ええなあ、俺にも塗ってや」と侑くんが言った。男子高校生からフローラルの香りがするのは正直違和感がある。けどまあいいかと思いながら、彼の広い手の甲にクリームを出した。

「塗り方分からん。なまえさんが塗って」
「ええ?ただ伸ばすだけやし」
「分からん」
「なんでやねん」

 侑くんが急かすので、渋々クリームを塗り広げる。ハンドクリームを塗らなくていいほど綺麗な手だと思う。私と同じで指は10本なのに、まるで違う手みたいだ。筋肉も骨格も血管も、作りが全然違う。
 普段はお喋りな侑くんが何故かじっと黙っているのですごく緊張する。じわりと手のひらに汗をかいてきた。うわ、恥ずかしい。

「はい塗れた」

 手を離そうとすると、侑くんがくるりと掌を返して私の手を包んでしまった。じんわりと熱い。甘ったるい香りにくらくらする。

「こういうの俺以外のやつにしとらんやろな」
「塗れって言うの侑くんくらいや」
「言われたら誰にでもすんのかい」
「それは分からん」
「はあ?」

 侑くんが怒ったような声を出す。手握られてるし暑いし恥ずかしいしでもう訳がわからない。はやく解放してほしい。侑くんこそクラスの女の子にハンドクリーム塗ってとおねだりするのは常套手段なんやろどうせ。

「侑くんチャラいわ」
「俺は見た目以外マジメや」

 手をぐっと引いてみたが、掴まれたまま逃げられない。この頃ボディタッチがやたら多い気がする。ほんとうにチャラい。マジメとか絶対うそだ。

「顔赤いで」
「誰のせいや!はよ部活行け!」

 ニヤニヤ笑っている後輩に叫ぶと、ようやく解放された。めっちゃ疲れた。自分の手の甲を嗅いで「あ〜めっちゃええ匂いや。これがほんまの匂わせってか」としょうもないことを言ってくる。男バレに振りまいてくるわと怖いことを言いながら、侑くんは部活に行った。もう一回言わせてほしいけどめっちゃ疲れた。



 よほどハンドクリームが気に入ったのか、侑くんは私に塗るようたびたび要求するようになった。あんな恥ずかしい思いは二度としたくないので断っているけど。
 部活が終わった侑くんと合流して、図書館へ行く。北の命令通り、週に数回、1時間だけ生意気な後輩の面倒を見てあげているのだ。私ほんまに優しすぎる。

「セッターは数ミリ感覚ズレただけでアカンのやで?指先の乾燥は大敵なんやで?」
「いや自分いままでどうしてたん?一人で塗っとったやろ」
「サムに塗ってもろとった」
「うそやろ」
「うそやけど。オエ想像したら吐きそ」
「さっさとお口閉じて勉強しよな」
「この問題意味わからんねん」
「もっとはよ言って」

 おしゃべりばかり捗って、ちっとも勉強は進まない。北は私のことを適任と言っていたけど、全然手に負えない。私の勉強も進まないし。

「やっぱ侑くんの面倒みるのやめるわ」
「すんませんマジメにやります」
「今さら敬語とか悪寒すんねんけど」
「そこまで言うならタメ口にしたるわ」
「大して言うてへんわ」

 面倒見るのをやめるという一言が効いたのか、侑くんがようやく真面目に取り組み始めた。私も自分の分の勉強を進める。
 受験生に頼むって北もなかなか鬼畜なことをすると思う。侑くんの同級生にも、勉強見てくれそうな人はたくさんいそうなのに。北もそれは分かっているはずだ。分かってて私に頼んでいる。彼の思惑が読めなくてモヤモヤする。

「侑くん。計算ミスしとる」
「え?どこ?」
「ここ」

 指さした箇所を侑くんはゴシゴシと消しゴムで消した。にんまり笑って「俺のことよう見とるな」なんて言ってくる。いい加減勉強に集中してほしい。もちろん私もである。受験生なのにこんな腑抜けたことをしていていいはずがない。

「……やっぱ侑くんの面倒見るんやめる!」
「それはあかん」
「なんでや私やなくてええやろ」
「なまえさんやないとあかん」
「理由を10文字以内で述べよ」
「10文字もいらん 5文字でええ」
「回答どうぞ」
「答えたら困るのはなまえさんや」
「はあ?」

 意味深なことを言って、侑くんはすっかり黙ってしまった。黙々と問題を解いているものだから、私も真面目に取り組むことしかできない。
 受験生活って淡々と進むものだと思っていた。朝から晩まで勉強して、たまに息抜きもして。北みたいに色々両立できるような器量は持ち合わせていないし、今の私には余計なものが多すぎる。このままじゃ駄目だ。

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