こんな夢をみた。から始まる文章を以前国語の授業で習った気がするのだがタイトルが思い出せない。なんやったっけ。今日見た夢の中の映像がぐるぐると思考の邪魔をして、どうがんばっても思い出せそうにない。

 先輩と自分、二人きりの夢だった。服を脱がして触って、好き勝手する夢。今までそんな状態の彼女を見たことがないから全部自分の妄想だ。罪悪感なんてみじんもなくて、正直ラッキーやなと思った。

「あ、侑くん」

 ひとつ後ろの席に座っている北さんのほうへ身体を向けて、何かしら話し込んでいたなまえさんがぱっと顔を上げてこちらに気がついた。休み時間も二人で話しているなんてほんま腹立つくらい仲がいい。
 夢の中では俺とあんなことやこんなことをしたのに。
 自分がそんなことを考えているとは知る由もない彼女は、正面の北さんの腕を叩いて俺の方を指さす。

「どうしたん」
「顧問から伝言あって」
「侑から伝言なんて珍しいな」
「俺ら2時間目体育やったんで」

 机の上にはノートと教科書が広げられている。見たことのない記号が羅列していて、自分の知らん話をしとったんやと頭のすみで考える。伝言事項を伝えている間、なまえさんは黙って北さんの机の上のノートに色々書き込んでいた。

「あ、わかったわ」
「解けたか」
「うん。ありがとう」

 なまえさんが嬉しそうに笑う。つい「二人で勉強しとったんですか」と言った。思っていたより発した声が低くなった。

「北にわからんとこ聞いとった」
「…へえ」

 やや不機嫌な自分の様子に気がつく様子もなく、能天気ななまえさんは「せや、これあげるわ」と手にいくつかの菓子を押し付けてくる。これは治くん、こっちは銀島くんなんて余計な言葉すら添えてきた。北さんはじっとこちらの様子を伺っている。

「なんなんこれ」
「ハロウィンで大量にもらってん。余ってるからあげる」

 ハロウィン?は?
 たしかにパッケージはハロウィン仕様だ。毎年ハロウィンの日になると校内ではバレンタイン並に菓子のやり取りがなされる。自分も大量にもらったせいで、治の分と合わせてまだ1週間分くらい余っている。

「自分で食ったらええやん」
「全部食べたら太るわ。ただでさえ動いてへんのに」

 ああそうですか。俺は菓子なんていらんから、とりあえず悪戯させろ。なんて北さんの前で言えるわけもなく。

 あーこの全て見透かされてる感じ、ほんま嫌や。若干イラついているのを悟られるわけにもいかないので、笑顔を作って礼を述べる。彼女は誇らしげに「私は太らんし一石二鳥や」とうなずいた。別に全然太ってへんやん。

「なら北さん、また部活で。お疲れ様です」
「私にはお疲れ様ですって言わんの?」
「何で言うねん」
「先輩だからや!」

 なまえさんのことは適当にあしらって教室を出ようとしたところで北さんに呼び止められた。まだ何かあるんやろかと思いつつ足を止める。いつもの淡々とした表情からは何も読み取ることはできない。

「そろそろ期末試験やろ。なまえにまた勉強教えてもらえ」
「ええ?なんでわたし」
「なまえが適任やし」
「そろそろって言うても1ヶ月以上ありますけど」
「侑はそんくらい前から準備したほうがええわ。春高前に補講なったら許さんからな」
「おお、主将命令ならしゃあないなあ。なまえさん頼むわ」
「……別にええけど」

 俯いた彼女は仕方がないなあといった口ぶりで返事をした。口角がやや上がっているように見える。なんやその表情。幻覚か?
 今までなまえさんが素直になってくれたことなんて一度もない。しいていえば夢の中くらいか。



 春高予選の大会はまあ優勝して、稲荷崎は兵庫代表として春高に出られることとなった。ミーティングを終えて、家に帰ってきて飯を食って風呂に入っても、なんだか落ち着かない。アドレナリンが出まくっているせいだろうか。

「ツムほんまうっとおしいわ。こっちまでソワソワする」
「俺やって好きでソワソワしとるんちゃうわ」
「何とかせえ」
「走ってくる」
「走って余計に落ち着かんくなるとかやめてな」
「そんなん走ってみんと分からんわ」

 時刻を確認するためにスマートフォンを見ると、新着メッセージの通知がきていた。『全国大会も頑張って』と一言だけ。なまえさんからだ。
 なんかもうどうしようもなくなって、昂った熱を抑えられぬ勢いのまま家を出た瞬間に電話をかけていた。数コール鳴って、侑くん?という彼女の小さな声が鼓膜をくすぐる。

「勉強中やった?」
『うん。なんかあった?』
「暇やねん。ちょい付き合って」
『暇?大会終わりで疲れとるはずやろ』
「なまえさんと喋らなもっと疲れる」
『またそんなこと言うて』

 くすくすとした笑い声が耳元で聞こえた。夢の中でのあれこれを嫌でも思い出す。俺に好き勝手されて余裕なさそうななまえさん可愛かったなあ、とか。どうしたらもう一回あの夢見れるんやろ、とか。いや現実でもええけど。

『成長期やねんから、早よ寝んと大きくなれへんよ』
「もう俺だいぶ大きいわ。5分だけ。な?」

 遅い時刻だからか外を歩いている人はひとりもいない。ぽつぽつと街灯にアスファルトが照らされている。すんと冷たい空気を吸い込む。

『侑くんってほんま私のこと好きやんな』
「なまえさんも俺のこと好きやろ?」

 ほんの冗談のつもりだった。うん好き好き、といつもの感じで流すものだと思っていたのに、電話の向こうで息を呑む気配が伝わってきた。その反応は嫌でも期待してしまう。これまた夢でも見とるんかなとぼんやり思う。

『好きやない』

 返ってきた答えは驚くほど弱々しかった。追及しようとしてやめた。そろそろ私寝ないと。そう後に続けたからだ。
 一歩近づこうとしたところで線を引かれる。これ以上こないでという意思が伝わってくる。いつもこうだ。そんなん気にすんなやと頭の中の自分がいう。でも駄目だった。
 
「ツムにしては珍しいな」

 電話を切ってから少し走って、帰宅するとこちらを一瞥した治が言った。

「あ?なにが?」
「いつもより帰ってくんの早いやろ」

 ああそっちの話かと思いながら「疲れとんねん」と返す。シャワーを浴びて、『こんな夢を見た』から始まる小説のタイトルをようやっと思い出した。

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