大事な大会の予選が近づいてきているらしく、北と大耳は近頃びっくりするくらい静かだ。二人とも元々騒がしいタイプではないけれど、いっそう静けさが増している。ピリピリしているのとも違う、なんというか集中しているのがなんとなく伝わってくる感じ。

 そんな中でも侑くんは通常運転だった。2年生は修学旅行があったらしく、お土産として渡されたのはヘンテコなご当地キャラクターのストラップだった。

「こいつマヌケな顔しとんな」
「なまえさんに似とるやろ」
「失礼な。もっと可愛い顔しとるわ」
「おお、そうやな」
「否定せんの逆になんか腹立つ」
「なんでやねん。そんなん言うのは可愛ないで」

 筆箱か鞄に付けろとうるさいので、仕方なく鞄にぶら下げることにした。ことあるごとに視界に入るので、嫌でもキャラクターの呑気な面と顔を合わせることになる。侑くんはたまに会うたびに、まだ鞄に付いているか確認しては満足げにニヤニヤしていた。

 1週間くらい経つと、さすがに侑くんも大会に向けて気を引き締め始めたのか、あまり私に絡んでくることはなくなった。なんか寂しい気がするとか別にそんなん全然思ってへんし、って誰にともなく言い訳しながら、放課後はひたすら問題を解く。疲れたらストラップのマヌケ面を眺めることにした。

「今日たまには肉まん買うて帰らん?」
「ナイスアイデアや」

 なんとなく誰かと喋りたくなって、帰りの校内放送が流れる中参考書を片付けている友達を誘う。日が落ちるのが早くなって外はもう真っ暗だ。あと結構寒くてブレザーのボタンを全部閉めた。

 下駄箱で靴を履き替えていたら「やっぱ治強かったなー双子乱闘おもろすぎるわ」という男子生徒の声が耳に入ってきた。おさむ。双子。心当たりのありすぎる顔が頭に浮かぶ。乱闘って、たまに繰り広げられる喧嘩のことやんなとぼんやり思う。

「……げ」
「げ?なんか忘れ物でもしたん?」
「あかん今日締め切りのプリント出すの忘れとった」
「ええーはよ出してきて。待っとるから」
「いや、先帰っとってええよ。ほんまごめんけど肉まん明日にしよ」

 友人は「別にええよ」とけらけらと笑って、私の肩を叩いた。手を振ってバイバイをして、思い出した自分ナイスすぎると自画自賛しながら、足早に職員室へと向かう。帰りの放送って無性に焦燥感を煽ってくる感じがする。焦る。

 人気のない廊下を通り抜け、ようやくたどり着いた職員室のドアを開けようとしたところで、ガラリと向こうから開いてぎょっとする。咄嗟にドアを開けた人とぶつかりそうになって「すみません」と声が出た。

「…なんでなまえさんがおんねん」

 降ってきた声に顔をあげると、侑くんが立っていた。なぜか至る所が傷だらけで、顔には血がにじんでいる。そういえば今日は双子乱闘があったって。
 不機嫌そうに私を見下ろすものだから思わず後ずさると、侑くんはさっさと昇降口の方へ向かおうとした。

「あほか 傷の手当てくらいせな」

 慌てて侑くんの手を引っ張って、無理やり保健室へと連れて行く。鍵は開いていたのに中は無人だった。なんで誰もおらんのや。
 不機嫌レベルマックスの侑くんを椅子に座らせて、絆創膏と湿布を持ってくる。侑くんは何も言わなかった。おでこの傷をよく見ようとして、前髪に触れる。その瞬間に手が伸びてきて、ぱしりと手を払われた。

「触んな」

 冷たい声だ。拒絶の意思を含む温度のない視線に、背筋がひやりと凍る感じがした。

「大会前やろ。後に響いたらどうすんねん」
「……うっさいな」
「あー痛そ。お風呂ん時しみるやろな」

 侑くんは観念したのかハァとため息をついた。急に拗ねた子どものように思えてきて少し笑うと、なに笑てんねんとでも言いたげに睨まれる。もう全然怖くない。
 ふくれ面をしている侑くんにはおかまいなく、全身の傷に絆創膏や湿布をどんどん貼っていく。仮にも元保健委員だったので、傷の手当ては慣れたものだ。

「痛いの痛いのとんでけー」
「ガキ扱いすんなや」
「まあまあ、たまには先輩に頼っときや」

 手当てをしながら提出しそびれたプリントのことを思い出す。まあいいか、忘れてましたって明日言い訳しよう。友達にはツッコまれるだろうけど。

 今回はわりと大乱闘だったらしく、手当ては予想よりずいぶんと時間がかかった。治くんもタダでは済んでいないだろう。男兄弟って大変だ。
 最後に頬にこびりついた血を濡れたタオルでぬぐったところで、不意に侑くんは私の手首を掴んだ。

「ごめん。痛かった?」

 た、を言い終わらぬうちにすごい力で引っ張られて、私は前のめりになった。重力には逆らえず、目の前の後輩に身体を預ける形となる。え、え、今の何?
 慌てて距離をとろうとすると、背中に腕を回されて身動きがとれなくなった。「侑くん」思わず名前を呼ぶと、回された腕にぎゅうと力がこめられる。

「ちょっと!?どしたんや」
「なあ 今のむっちゃ痛かったんやけど」
「え!ほんまごめん」
「全身の骨折れたわ」
「うそやろ」
「責任とって」

 私の肩に顔を押し付けた侑くんの声はどこか弱々しい。くぐもった声に鼓膜が震える。どこの当たり屋やねんと言い返す気力は急速にしぼんで、音もなく消えていってしまった。

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