9月はまだまだ暑くて、これ一生夏が続くんやないかななんて思っていたのに、気がつけば肌寒く感じる日が増えてきた。冬が少しずつ近づいてきている。つまり、受験も近づいてきているということ。

「あの、侑とはほんまに何もないんですか」

 放課後、知らない女子生徒2人に突然呼び止められたと思ったらこれだ。一人はふわふわのロングヘアで、もう一人はボブの気が強そうな子。ふたりともスカートが短くて、うっすらメイクをしていて、クラスにいたら目立つだろうなってくらい可愛い。スリッパの色が青いから、たぶん2年生だろう。

「何もないです」

 むしろ何かありそうに見えるんですかって聞きたかったけど、嫌味に聞かれたら困ると思ってやめた。これまで侑くんと仲が良さそうな女の子に遭遇することはあったものの、面と向かって関係に言及されたのは初めてだったからさすがに動揺した。
 たしかに週に何回かは侑くんと話すことはあるけれど、そこまで何かあるように見えるのだろうか。私にとっては一番よく話す後輩だけど、人懐こい彼のことだ。彼の中ではせいぜい10番以内に入っていたらいいほうだと思う。

「あんたが宮侑に好かれとるのは間違いない」

 次の日の休み時間、前の席に座っている友人に昨日のことを耳打ちするとそんな返事が返ってきた。

「身に余る光栄やな」
「なまえ押せばいけるで!噂が現実になるかもしれん!」
「いやいやさすがに無理やろ、あの宮侑やで。刺されたくないしな」

 絶対ありえんと言おうとしたところで始業のチャイムが鳴る。押せばいけるって、そもそも私侑くんのこと別に好きやないし。それに実は彼女おるかもしれん。侑くんもオキニの先輩その2!くらいにしか思てへんわどうせ。



 授業の終わりに恐れていたテスト返しが始まった。夏休み明けに受けた模試の結果が今さら返ってきたのだ。
 名前を呼ばれて、嫌な汗をかきながらテスト結果を受け取りに行く。ひとまず座って、おそるおそる薄目で解答用紙を見る。おおむね予想通りでほっと息をついた。
 が、しかし。合っていると思っていた問題の最後の最後で、しょうもない計算ミスをしていて、そのせいで大問丸々一個を落としていた。なんと10点も損している。なんなんほんま。模試なんて爆発しろ。

 昼休みになっても気分は落ち込んだままだった。この時期の受験生のメンタルは、0.3ミリのシャー芯よりももろい。
 なぐさめてもらおうと思って、北にグチをこぼしたら「なまえはちゃんとしとるわりに詰めが甘いよな」と追い打ちのように正論パンチで殴られた。実際その通りなのだけれど、どうしようもなく腹の底からむかむかとした感情が沸いてくる。

「私は完璧な北とは違うんや」

 思わず言い返して、北が静かに私を見て、居た堪れなくなって口をつぐむ。自分でもわかっている。北は初めから完璧なのではない。彼の毎日の積み重ねでそうなっているのだ。うん、わかってはいるんやけど。

「北のあほ!ちょっとは慰めろ!一生モテへん呪いかけるからな!」

 とりあえず捨て台詞を吐いて一目散に逃げる。後ろから名前を呼ばれたけど、ずんずん歩いて意地でも振り返らなかった。なんだか余裕ないなあ、私。
 歩いている途中で角名くんに会った。一応あいさつすると、私がよほど情けない顔をしていたのか、ぎょっとしたような反応をされる。

「なんかあったんですか、侑と」

 なんで侑くんだと思ったんだろう。角名くんの中で、私と侑くんが喧嘩のようなものをする仲だと思われているってことだろうか。わからないけれど。
 いや別に何もないよ。と答えたところで、角名くんの声が思ってたより優しかったせいか、鼻の奥がツンとした。うっかり目の端に涙がにじんで、身体中がかっと熱くなる。泣くつもりなかったのに、勝手に涙出てこないでほしい。こういうの困る。

「ほんまごめん角名くん、私のことはもうスルーして」
「……」
「え、なに」
「今から侑を連れてくるんで」
「なんで!?」

 スマホを取り出した角名くんは本当に侑くんを呼び出すつもりなのか、目の前で電話をかけ始めた。
 泣き顔なんて絶対みられたくないから逃げようとしたら、ぐるりと回り込まれて逃げ道がなくなった。すごいディフェンス力だ。いやバレーだったらブロックか。どっちでもええけど。

「なまえさんを泣かしたんはどこのどいつや!」

 数分経って侑くんが本当に現れた。角名くんは「じゃ、あとはよろしく」と言ってあっという間にいなくなった。言葉通り、あっという間だ。

「治安悪い言い方やめて」
「どちらのどなた様のせいでしょうか」
「侑くんて敬語使えるんや」
「しばくで」
「泣いてへんし教室そろそろ戻ったほうがええんちゃう」
「いや無理やろ」

 これは白状するまで解放してくれそうにない。模試の結果と北に指摘されたことが悲しかったことを説明すると、侑くんは「それは北さんが悪いわ」と大きくうなずいた。本人の前ではそんなこと口が裂けても言えないだろうけど。でも。

「なまえさんも泣くことあるんや」
「いまのは事故。ノーカンや」

 涙を拭うために目をこすっている少しの間、侑くんはじっと黙っていた。やたら視線を感じる。突発的に泣いてしまっただけだし涙はとっくに止まっているけれど、泣くなんてめんどいとか思われていても仕方がない。
 いやモテる侑くんのことだから、女子の泣き顔なんてのは見慣れてるのか?完全に偏見。黙っとこ。

「北に呪いの言葉かけてもうたし、謝ってくるわ」
「なんの呪い?」
「一生モテへん呪い」
「うわキッツー ま俺には効かへんけどな」

 はいはいそうやな、なんて言いながら教室のほうへ向かおうとすると、侑くんは私の目の前に立ち塞がった。

「え?なんなん?」
「行かんといて」
「授業もあるし、そろそろ行かな間に合わへんで」
「たまには俺とサボろうや」
「あほか 私は優等生で通ってんねん」

 侑くんは私のことを気に入っている。たしかに嫌いな先輩には、こうやって一緒にサボろうなんて言わないだろう。でもそれ以上の深い意味はない。
 脇をすり抜けて歩き始めた私に「俺の誘い断るなんて贅沢やな」なんて言いながら侑くんもついてくる。こういう私たちのやり取りが女の子たちの反感を買ってしまう原因なのかもしれない。でも私べつに侑くんに思わせぶりな態度とかとってないし、どうしたらいいのとは思う。

「仲直りはええけど、北さんとそんな仲良うすんのやめてや」
「なんで?別にええやろ」
「よくない。見てると腹立ってくんねん」
「なら大耳と仲良うやるわ」
「オイ 意味わかっとんのか」

 こういうの言ってくるの侑くんだし、本当にどうしたらいいのと思う。

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