「なあなあなあなあ10月5日って治の誕生日らしいで」
「それ今日だけで10回聞いた」
「ええっほんまに?!」
白々しく驚いた顔をする侑くんのことはスルーしながら図書室へ向かう。この間からずっとこの調子だ。治の誕生日=俺の誕生日やということを遠回しにアピールしてくる。ファンがたくさんいる侑くんのことだから色んな人に祝ってもらえるだろうに、私からのお祝いもほしいらしい。どこまでも図々しいのが彼らしくて笑ってしまう。
「治くんの誕生日かあ、どんなお祝いしよかな」
「……」
ちゃうわそうやないという気持ちがありありと伝わってくる。思わず声をあげて笑うと、侑くんは私の頬をつねった。
「いった!何すんねん!」
「なまえさんはわからず屋や!」
そんな捨て台詞を吐いて、侑くんは部活に行った。わからず屋って人生で初めて言われたわ。私は少し考えてから図書室に向かうのは一旦やめて、2年1組の教室へと向かった。
「侑が喜びそうなもの?」
まだ教室にいた治くんは私からの質問を聞いて首をひねる。実はこの間からずっと悩んでいたのだが、男子高校生がもらって嬉しいものなんて一ミリも思いつかない。
無難にスポーツタオルとかがいいんやろか、でもいっぱい持っとるやろしなあ。私彼女でもないし、ただの仲が良いほうの先輩ってだけやし。そんなことを考えるとキリがなくなって、一番侑くんのことをわかっているであろう治くんに疑問をぶつけた。
「そうやなあ」
考える素振りをしながら治くんはのんびりと頷く。
「物はなんでもええから、とりあえず自分でレベル100やと思う笑顔でおめでとって言うてみてください」
「へ?なんそれ?レベル100?」
「そうや、簡単やろ」
「治くんってちょいちょいタメ口になってきとるよな」
「気のせいです」
まあ治くんにタメ口を使われるのは別に気にならない。別にええけど、って言おうと思ったけど、双子のもう片割れがやんや文句を言いそうだったからやめた。
10月もあっという間に数日経って、いざ誕生日当日になると侑くんは私のところへ一度も来なかった。図書室で一通り勉強して、下校のチャイムとともに昇降口へ向かうと、下駄箱の裏で侑くんがヤンキー座りをしてスマホをいじっているのが見えた。
「侑くん」
声をかけると、仏頂面の後輩が顔を上げる。せっかくの誕生日だというのになんて表情だ。
「やっと来た 遅いねん」
「ごめんて」
かばんから包装紙に包まれた小さい箱を取り出して手渡すと、侑くんは驚いたように目を見開いた。おめでとう、と言おうとして、先日の治くんの言葉を思いだす。レベル100の笑顔。私にはレベル100がどんなもんかわからん。
「おめでと」
手渡す時に掠めた指先がちょっとくすぐったい。とりあえず自分にできる限りの笑顔だった。じっと見つめた彼の瞳の奥がくらりと揺れた気がした。
「あー…くっそサムめ…!」
途端に顔を両手で覆ってしまった侑くんは、大きな身体に見合わないほど背中を丸めてしまった。
「あれ?あかんかった?」
「ちゃうわ、ちょおタンマ 俺に近づかんといて」
「どういうこと?説明して」
「いまはあかんあかんあかん」
慌てたように繰り返す侑くんの顔を覗き込むと、頬をつねられた。またか!つねるの好きやな!
彼の手を抑えこんでまた様子を伺おうとすると、侑くんが顔を上げてようやく私の顔を正面から見た。すんとした表情を浮かべてもう落ち着き払っている。
「今のはあかん やり直しや」
「やり直し?おかわりの間違いやろ」
「なに言うてんねん。全然あかんかったで」
「さすがにもう気恥ずかしくて無理や」
「誕生日の俺の言うこと聞けんのか!」
「後輩のくせに横暴や!」
真っ向から私に祝われたのが恥ずかしかったのか、さっきまで珍しく照れた様子の侑くんだったが切り替えが早すぎる。さっきまでと立場が逆転している。これは良くない。
「ほんまむりむりむり」
そう全力で拒否をしながらダッシュで逃げようとすると腕を掴まれた。この人は自分の圧の強さをわかっていないらしい。こ、ころされる…!
正面を向かされると、結構身長差はあるはずなのに思いのほか顔の距離が近かった。パーソナルスペース狭すぎるやろ。腕で顔を覆うとたちまち退かされる。めっちゃ顔近い、ほんまむり、むり。
「……もう勘弁しといたるわ」
「まーた上から目線や」
「今日はバースデーボーイやからな」
「バースデーやなくてもそんな調子やろ」
ため息をついた侑くんは私のかばんを引っ張る。突然のことにつまずいて、倒れそうになったところで支えられた。下駄箱で何人かの女の子たちがおしゃべりをしながら靴を履き替えているようだ。
「来年は期待しとるからな」
小声で侑くんは言う。なにを?と聞こうとして声が出なかった。喉がからからに乾いている。
来年って、私は大学生で(受かれば)侑くんはまだ高校生だ。さすがにもう疎遠になってしまっている気がする。