クラスの男子がどこぞから調達してきたリアルな馬のマスクを頭からかぶって人混みの中をぐるぐる歩く。うちの高校は生徒数が多くてそれなりに有名だ。だから受験を考えている中学生だけでなく外部の人もそれなりに訪れていて、文化祭は大盛況だった。

「おいしいですよー100えーん」

 学級委員長からはやる気がない宣伝だと怒られるだろう。さっきまで一緒に客引きしていたクラスメートは他クラスの知り合いに捕まってはぐれてしまった。一人で宣伝というのもむなしいものだ。
 そろそろ自分のクラスのところに戻ろうかなと思いつつ歩いていると、頭を引っ張られる感覚がして急に視界が開けた。振り返ると、さっきまで私が被っていた馬のマスクを手に持った侑くんが呆れたようにこちらを見下ろしている。

「浮かれすぎやろ」
「なんで私ってわかったん?」
「ポンコツオーラがダダ漏れや」

 それ答えになってへんけど。詳細を問いただそうとすると侑くんは「これええな」と言いながら馬のマスクをかぶろうとした。180超えの男がかぶったら子どもも泣き出す妖怪になってしまう。
 取り返そうと手を伸ばした私に気が付いた侑くんは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべてから自身の頭上までマスクを持ち上げた。当然のごとく私の手は空をつかむ。

「はー?返して」
「あーあーええ眺めやな」
「自分小学生みたいやで」
「負け惜しみならいくらでも言え」

 腕を掴むと「大胆やなあ」と言われた。完全にこちらの不利だ。北を召喚したろかと思った。

「あー!侑いた!もう準備の時間やからはよ!」

 向こうから女の子が呼んでいる。お呼びやでと言うと、侑くんは面倒くさそうにため息をついた。私の手にマスクを押し付けると、呼ばれたほうに手を上げる。

「人気者はつらいわ」
「いまからチヤホヤされるんやろ。なに贅沢言うてんねん」
「あほか。こき使われるだけや」



 後夜祭になって、中庭にて各クラス・団体の人気投票の結果が発表された。目論見通り侑くんのクラスはかなり上位だったようで、発表された瞬間にクラスの子たちが嬉しそうに歓声をあげていた。

「具体的に侑くんは何したん?」
「他クラスとか外部からファンの子らが来るやろ。そんでお茶出したり写真撮ったり」
「ひえーすごいなあ」
「写真撮ってくださいって言われてデレデレしとりましたわ」

 治くんが説明してくれて納得がいった。まるでアイドルやなと思った。治くんのクラスは演劇だっだから、裏方でひっそりと仕事をしていたらしい。
 あたりはもう薄暗い。ぼつぽつと灯りがつき始めて、役目を果たした各クラスの垂れ幕がひらひらと舞う。ラメが反射で煌めいて、もう高校最後の文化祭なんやなあとやたら感慨深くなった。

 どんなに惜しんでも絶対に終わりは来てしまう。最後の有志団体の出し物がとうとう終わって、友人と「終わってもうたな」なんて言いながら教室へ向かった。途中で忘れ物をしたのを思い出して、先戻っといてと手を振った。

「何しとるん」

 階段を降りたところで、身をかがめた侑くんに手招きをされた。シーっと静かにするよう言われてそばに寄る。示されたほうを見ると、数メートル離れたところに治くんと女の子が立っていた。

「悪いけど友達としか見れへん」

 そう淡々と告げた治くんに、女の子は「わかった」と泣きそうな声で言った。これはあれだ、告白の現場というやつだ。やっぱり文化祭はこういうイベントが起こりやすいらしい。
 数段下で屈んでいる後輩を見下ろすと、向かうもこちらを見ていて息を呑む。なにを二人して盗み聞きしているんだろうと罪悪感が芽生えた。

「悪趣味やな」

 小声で言う私に侑くんはにやりと笑う。とんでもなく近い距離に今さら気がついて身じろぎをすると、離れた距離分きっちり詰められた。妙に恥ずかしくなって思わず体を起こそうとした瞬間、頭を上から抑えられる。

「いま頭だしたらあかんで」

 低音が耳のすぐそばで聞こえる。顔に熱がこもって心臓が痛いくらい打つ。息をひそめて解放されるのをただただ待った。
 数分たって、頭を押さえる力がようやくゆるんだ。顔を上げると思いのほか近いところで視線が合う。様子をうかがわれている感じがして、背筋がひやりとした。

「俺らもああいうのしよか」
「せぇへんよ」

 手首をつかまれる。手のひらから熱が伝わってきて、私のほうが体温が低いんやなと他人事のように考えた。

「飽きるほどされとるやろ」
「そうでもないで」
「アイドルみたいに写真撮っとった」
「妬いた?」
「妬いてへん」

 この甘ったるい会話は何なんだ。侑くんがにんまり笑う。でも目は笑ってない。こんなふうに女の子をたぶらかしてるんやってちょっと悲しくなった。

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