「思った方に全然飛ばんわ」

 両腕をそろえてレシーブのように動かすなまえさんはけらけらと笑う。自分とは比べものにならないほど細い腕には、かすかな内出血が広がっている。

「バレー難すぎるやろ。侑くんようやっとるな」
「昔っからやっとるからな」
「そらそうや」

 バレーで内出血ができたことなんて一度もない。あったとしてもとうに忘れてしまった。たしかに始めたてのころは腕が痛いこともあったなと今さら思い出す。
 高3の体育は選択制だ。2学期はバドミントンを希望していたが、抽選から漏れてバレーボールになってしまったのだと目の前の先輩は言った。

「教科書に書いてあるコツ?読んでもいっこもわからん。あれでできたら苦労せーへん」
「自分教科書読んだん?」
「レシーブできひんもん」
「まじめやな」
「バカにしとるやろ」
「してへんわ」

 初めは北さんと仲良うできる女の人ってどんな人なんやろってただの好奇心だった。喋ってみたら地味で思ってたより普通だった。正直なんでこんな人がと思った。でも最近思う。誰もみてない時もちゃんとしてるところは北さんにちょっと似ている。

 笑い声とは対照的な痛々しい青あざが目に余る。思わずその手首を掴むと、なまえさんはびくりと緊張したように動きを止めた。ひんやりとしてなめらかな皮膚だ。ほんまにこの細い腕の中に血管も筋肉も入っとるんかなと思った。
 歳が一つ上なだけな先輩がこちらの様子をうかがうようにじっと見つめている。思考が止まってしまったような感じ。前から思とったけど、触るとこの人ほんまおもろい。

「ニヤニヤせんで」
「してへんよ」

 もっと触ったらどんな顔するやろな。怒られるだろうけど、見てみたい気もする。


 家に帰ってから保健体育の教科書を引っ張り出してみた。ほぼ開いたことがないから新品同様だ。パラパラめくってみたがバレーボールについての説明はほぼなかった。なまえさんの言ってた話と違う。

「げ、なに教科書なんて見とるん」

 風呂から上がって部屋に入ってきた治が顔をしかめる。

「俺もたまには教科書くらい読むねん」
「どうせアレやろ。なまえさん関係や」

 すべてを見透かしたような口ぶりだ。基本的に飯のことしか考えてないくせに、他人のことは意外によく見ている。「あの人に色々勝手に喋ったやろ」そう凄んでみせると、わざとらしく「そうやったかな?」ととぼけた返事が返ってきた。

「そういや2学期の体育バレーらしいな?」
「なんで知っとんねん」
「本人から直接聞いた」
「俺のおらんとこで勝手に喋んなや」

 はいはいと言いながらベッドに寝転ぶ治は俺の言うことなんて気にも止めていないのだと思う。まあ俺もこいつの言うことよく聞いてへんからお互い様ではある。

「ツムにしては珍しいよな」
「なにが?」
「今までならもっとぐいぐい行ってたやろ」
「それはオトせるっていう確信があったからや」
「……」
「今まで女の方から寄ってきよったからどうしたらいいかわからん」
「……お前いま世の男子高校生を敵に回したで」

 ウイイレを起動しながら「知らん」と返す。なぜなら自分の言葉に嘘偽りなどない。
 女子が体育の授業でバレーボールをやれば、決まって何人も「バレー教えてくれへん?」と猫撫で声で話しかけてきた。自分が大会に出るたびに黄色い声援が飛んでくるし、差し入れをもらうこともしょっちゅうだ。他の奴よりも女子から好意を向けられることが多いのは、とうの昔から自覚していた。だがしかし。

「北さんと仲良いんやで?一筋縄ではいかんやろ」
「なまえさん、北さんのこと好きやったりしてな」
「次それ言うたら許さんで」
「こわ。カルシウム不足や」

 治がどこからともなく取り出してきた小魚スナックの袋を手渡してくる。なんで持ってんねん。お前の方が怖いわ。
 受け取らずにいると自分でボリボリ食べ始めた治を横目に画面の中の選手を操作しつづける。飯食ったばっかなのによう食えるな。一瞬の隙に相手チームの点が入って思わず舌打ちした。

「角名と賭けとるんやから何とか頑張ってな」
「はぁ?何勝手に賭けの対象にしとんねん」
「なまえさんオトせたらラーメンでもなんでもおごったるわ」
「おお、ゆうたな?覚悟しとけや」

 絶対に焼肉を奢らせてやろうと決意する。この俺に落ちひんかった女なんておらん。なまえさんが北さんを好きでも何とかなるはずや。いやでも相手はあの北さんか。………。

 先日の光景が頭に浮かぶ。近頃あの二人はよく一緒に帰っているらしい。部活の時にそれとなく「なまえさんと仲ええですね」と北さんに言ってみたら「文化祭準備のせいやから心配せんでもええよ」と返ってきた。完全に見透かされている。あかん。北さんには何百年たっても勝てる気がしない。

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