夏休みが終わって、文化祭の準備がいよいよ本格的になってきた。行事も楽しむ派のクラスメートが多いおかげで、私はそこまで気負わずに看板の色塗りなどをやらせてもらっている。本当にいいクラスだと思う。
「治くんと角名くんや〜!元気?」
「……まあまあです」
昼休みに食堂に来たら、見覚えのある二人組が列に並んでいたので思わず声をかけた。二人とも背が高いからすぐ目につく。
治くんの前に並んでいた角名くんは私のほうをちらりと見ると「ああ、侑の」と興味がなさそうに呟いた。意外にも私のことをちゃんと覚えててくれたみたいだ。
「治くんのクラスは文化祭なにやるん?」
「演劇です。まあ俺ら当日は練習試合あるしあんま関わってへんけど」
「え、そうなんや」
さすが全国行くだけあって、文化祭でもおかまいなしに部活はあるらしい。大変だ。
列が進んで、各々が注文を頼む。一緒に食堂まで来た治くん推しの友人が「同じテーブル座ろうや」と耳打ちしてきた。相変わらずちゃっかりしている。
「四人席空いとるとこあそこしかないわ」
彼らはどこの席に座ったんだろうとキョロキョロしていたら、まさかの治くんから声をかけてくれた。友人はニッコニコだ。ナイス〜!と内心私のことを褒めているに違いない。治くんの隣は譲ってあげることにして、私は角名くんの隣の席に腰を下ろした。
「なまえさんは侑のクラスなにやるか聞いてます?」
「なにやるん?」
「喫茶店らしいで。侑で稼ぐ気満々やねん、あいつら」
「でも侑はまんざらでもなさそうだったじゃん」
「チヤホヤされたいんやな」
侑くんで稼ぐ?ただの喫茶店というわけではなく、彼を売りにして何かやるんだろうか。よくわからないけど、女の子たちにチヤホヤされて楽しそうな彼の姿は容易に想像できる。
「え、でも練習試合あるんやろ」
「1日目はな。2日目は参加できんねん」
「それはよかった」
俺はあんまり参加したくないけど…と角名くんがぼそりと言う。この子は省エネタイプやな。だんだん性格がわかってきた。
食べ終えて彼らと別れるまでの間、友人はずっと楽しそうにしていた。私も侑くんの部活や家での様子とか色々聞けてちょっと面白かった。
彼はまだ夏休みの宿題が終わってないらしい。
・
放課後、図書室に入るとすぐ視界に入ったのは、背中を丸めて何かを必死に書いている様子の金髪頭だった。近寄って覗きこんでもこちらに気がつく気配はない。ろくに問題文も読まず、解答例をノートにひたすら書き写している。あ、これは。
「夏休みの宿題?」
口に出してしまってはもう手遅れだった。バッと顔を上げた侑くんが私の姿を認めるとあからさまに肩を揺らす。
「なっ!なんでおるねん。今の時間は教室で勉強しとるはずやろ」
「いま文化祭関係で使えへんから」
「忘れとった…!」
図書委員の静かにしろという圧を感じる。しーっと人差し指で声を抑えるよう示すと、侑くんは突然立ち上がって私の手を引っ張った。そのまま図書室を出て、一番近くの階段の踊り場でようやく足を止める。
「なんで夏休みの宿題やと思ったんや」
じとりとこちらを睨みつけて侑くんは尋ねた。治くんが言ってたからです、とは言えず「なんとなく」と答えると、ぐいと距離を詰められた。いや怖い。気圧されて後ろに下がると背中に壁がつく。
「わかっとんねん。知っとるの治だけやからな」
「実は私エスパーやねん」
「へたくそなウソつくな。他なに聞いた?」
普段飄々としている侑くんがなんでここまで焦っているんだろうと不思議に思う。私に聞かせられない話でもあるんだろうか。特にそんな感じの話は聞かなかったけど、意地でも正直に話したくないと思ってしまった。「ひみつ。絶対言わん」唇をぎゅうと結ぶ。眉をぴくりと動かした侑くんがわらう。
「そうなんや。ならしゃーないな」
拍子抜けするほど簡単に私を解放した侑くんは、のんびり図書室のほうへ歩き出す。ちょっと考えてから、私もあとを追った。
「夏休みの宿題とかほんまだるいわ。なんであんねん」
「宿題ないと勉強せんからやろ」
「あってもせんのにな」
「テストでまた泣きついてきても知らんで」
「泣きつく気まんまんやけどな」
「知らん」
「ええ〜なまえさんおらな俺生きてけへんわあ」
大げさに軽薄な物言いをしながら侑くんはへらへらと笑う。図書室に入ると、また図書委員の怪訝な視線が飛んできた。すいません、黙ります。
侑くんの広げっぱなしになっている問題集をちらりと覗き見しながら正面の席に座った。6月くらいに何度か一緒に勉強したことを思い出す。ただの元委員会仲間なだけだったはずなのに、どうしてこんなのが未だに続いてんだろうな。