爆音が鳴り響いた。
髪の毛を巻き上げる程の突風が吹き、炎を纏う真っ赤な日輪刀によって目の前にいた鬼の首が豆腐を切るかのように容易く切り落とされる。下弦の参と刻まれた瞳が驚きで大きく見開かれ唖然と半開きになっている口が何かを喚く前に、地面へと落ちて行った鬼の首はそのまま塵となって消えていった。

「生きているか!」

ぐるりとこちらを振り返り、鷹のような目が私を捉える。夜が明け、顔を出した朝日に照らされ美しく輝いた金髪。炎を象ったような羽織りが靡き、その下に隠れていた滅の字を視界に捉えた。

炎柱様だ。

先程まで下弦の鬼と交戦し、悲鳴を上げ満身創痍になっている体に力を入れ背筋を伸ばし地面に膝を着き姿勢を正す。

「ありがとうございます。炎柱様のおかげで助かりました」

きっと彼がいなかったら私はあの下弦の鬼に殺されていたに違いない。今は呼吸で止血しているがあちこちに深い傷があり、致命傷にはなっていないものの長くは持たなかった。仲間も全て殺され、生き残った私1人だけで戦っていたのだ。死を覚悟をしていた。

「君だけでも助けられて良かった」

安堵したように優しくこちらを見る炎柱様の目に、私の瞳が揺らいだ。視界に映るあちこちに出来ている血溜まりに、誰の遺体なのか分からない程無残にも切り刻まれ死んでしまった仲間を見て、唇を噛み締めた。
良かったのだろうか。自分だけが生き残って。沢山の仲間が死んだ。もっと私に力があれば、助けられたかもしれないのに。
ポタポタと、流れる涙が地面を濡らし色を変えてゆく。すると、俯き伏せている頭が優しく撫でられた。

「強くなれ」

驚きで顔を上げると、穏やかに笑みを浮かべる炎柱様と目が合う。
ああ。駄目だ。張り詰めていた緊張の糸が切れ涙腺が崩壊し、込み上げるように溢れ出る涙。嗚咽を上げ泣く私に炎柱様は困ったように笑い、そして再び優しく私の頭をくしゃくしゃと撫でる彼の手の温もりにまた涙が止まらなかった。

「君は泣き虫だな」

貴方のようになりたいと、強く憧れた。
彼に助けられた後すぐに継子になりたいと申し出ると、私の階級が甲だった為、申し分ないとすぐに受け入れられる。何故、あんなにも優しく志し高く強い人に継子がいないのか不思議だったのだが、それは彼の元で修行し始めて気付かされた。
もうそれは、とてつもないくらいに厳しく辛いのだ。鍛錬が。煉獄さんとの打ち込み稽古で何度吐いたか分からない程だ。心が折れてしまいそうになったのも数えきれない。立てなくなり、泣きそうになると、叱咤された。

泣くな!泣いても誰も助からない!泣くくらいなら立ち上がれ!刀を持て!心を燃やせ!

歯を食い縛りながら、彼の修行に必死に食いついた。貴方の隣に立ちたい。貴方の役に立ちたい。強い憧れと、ひたすらに真っ直ぐ彼に向ける敬愛。

修行は厳しくて、よく怒られたけれど煉獄さんは愛情深くとても優しい人だった。

煉獄さん、煉獄さん。
本当に大好きで、着いて回るように懐いていた私を可愛がってくれた。任務終わりによく甘味屋に連れて行ってくれて美味しい物を沢山食べさせてくれた。

「君は甘いものが好きだろうか」
「はい!」

好きです!そう返事をすると嬉しそうに微笑んだ煉獄さんは私の手を取り歩き出す。優しく繋がれた手に頬を赤く染めながら、意気揚々と前を歩く大きな背中を追いかけた。

「うまい!うまい!わっしょい!」

さつまいものぜんざいを、驚く程の速さで次々と平らげていく煉獄さんに驚きながらもあまりにも美味しそうに食べるものだから、思わず頬が緩む。

「私も美味しいです」

同じように頼んださつまいものぜんざいを口に入れてゆるりと笑えば、目の前に座っている煉獄さんと目が合い力強く開かれている金色の瞳が優しく細められた。

冬が過ぎ、春が間近に迫っている時期。丁度良い温かな日差しが差し込んでいる縁側に座っている煉獄さんの瞳は閉じられていた。寝ていても一切乱れのない美しい全集中の呼吸、でも今は少し穏やかでいつも凛々しい眉が心なしが下がっているように見える。

「煉獄さん」

するりと、滑らかな頬に手を伸ばし撫でれば間入れず腕を掴まれ、金色の瞳が私を映していた。優しく引き寄せられた体は、大きく温かな煉獄さんの腕に抱かれる。ふわりと香ったお日様のような匂いに頬を緩ませ、体が触れ合っている温もりが心地よく自分の体を全て彼に預けた。
私の肩に顔を埋め強く抱きしめている煉獄さんの体に腕を回し、差し込んだ太陽の光で眩く輝く金色の髪に指を通し頭を撫でる。

「煉獄さん」

再び柔らかな声で彼の名前を呼べば、ゆっくりと吐き出すように静かに名前を呼んだ煉獄さんの声が私の鼓膜を揺らした。

「志乃」

お互いに顔を見合わせ、こつりと額が重なり鼻先が触れる。
戦場では決して見れない、穏やかな笑みを浮かべる煉獄さんが優しく私の唇を奪った。







ゆっくりと、何かを確かめるように墓石に触れる。指先から伝わる温度は虚しいくらいに冷たい。ここに、彼は眠っている。永遠の眠りだ。

「煉獄さん」

口から溢れた声は、空気に溶けて消えてしまいそうな程小さかった。けれど、確かに音となり紡がれたその言葉は、ひどく私の胸を締め付ける。

目頭が熱くなり、頬に一筋の涙が流れた。

瞼を閉じて脳裏に浮かぶのは、いつでも口元に笑みを浮かべ静かに微笑む煉獄さんの顔。死に際、片目が潰れ血だらけになった顔で、それでも穏やかに笑った煉獄さん。彼は、いつも笑っていた。どれだけ辛かろうと、悲しくても、絶望したとしても。
思い出すのは愛しくてかけがえのない大切なものばかり。体が引き裂かれそうな程の痛みが心を襲う。声を上げて泣き出してしまいそうな衝動が込み上げるけれど、頭の中に煉獄さんの声が響く。
君は泣き虫だな、と少し呆れたように、けれど優しい声が、そしてすぐに、泣くな、立ち上がれ、心を燃やせ、と力強い煉獄さんの声が、聞こえた気がした。
薄暗かった筈の空は白け初め、ぼやけていた景色の輪郭が明瞭になっていく。遥か向こうの山から日が昇り、優しく温かい朝日が私を照らした。

立ち止まるな。時間は止まってくれない。どれだけ嘆き悲しもうと時間は寄り添ってくれないのだ。
進め。志乃。
心を燃やし続けろ。

眩い光に目を細め、ゆっくりと、息を吐き出した。
膝を着いていた地面から立ち上がり、空を仰ぐ。夜は完全に明け、清々しい程に雲一つない美しい青空が広がっていた。1日の始まりを知らせるかのように小鳥の囀りが心地よく耳に届く。

「また来ます。煉獄さん」

立ち止まるな。進み続けろ。
貴方の意思を、思いを、引き継ぎただひたすらに真っ直ぐ前を向いて進み続けよう。この命、尽きるまで。

炎を象った羽織りを翻し、私は一歩踏み出した。



炎柱






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