また出逢える日まで

私も死ねば良かった。鬼に喰い殺された家族と一緒に。
ポツリと呟いたその一言は、錆兎の逆鱗に触れた事に私は言葉にしてから気づいてしまった。
般若のように目尻を上げ、手を振り上げた錆兎。パン、と小気味良い音が響いた。
頬を強く叩かれたのだ。

「命をかけてお前を逃した家族をお前自身が冒涜するのか。」

視界がぼやけ、大粒の涙が瞳から溢れだす。

目の前の宍色の髪色をした錆兎と言う少年に、行き倒れていた所を私は拾われた。降り積もった雪に埋もれるように気を失い凍死しかけていた所を錆兎が見つけてくれたのだ。
あの時、意識が朦朧としていた。家族が訳の分からぬ化け物に襲われ、父と母は逃げなさい、と必死に私に叫びながら鬼に喰われた。命からがら逃げ出して行くあてもなく何日も彷徨い、食べ物も碌に食べれずとうとう力尽きて倒れた。私自身も生きる事を諦めていた。暖かい家族に恵まれ愛されて生きてきた私は突然の孤独と絶望に心も身も悲鳴を上げていた。唐突過ぎる残酷なまでの別れに涙さえ流す事ができなかったのだ。
ひどく寒い筈なのに、ボロボロになった体は雪の冷たささえ感覚が麻痺して分からなくなっていた。ああ。死ぬだ。そう、悟っていた。
しかし、突然頭の上から声をかけられた。
生きているか。返事は出来るか。と聞かれ、億劫そうにぼんやりと視線をあげれば吹雪く真っ白な銀世界に美しく映える獅子色の髪をした少年の大きな藍色の瞳が私の顔を覗き込んでいた。
たすけて。とても小さな声だった。掠れた、今にも消えてしまいそうな声だったけれど彼の耳にはしっかり聞こえていたみたいで力強く頷くと、私の上に積もっていた雪を払い、もう立つ力さえ残っていなかった私をおぶさってくれた。
もう大丈夫だ。よく頑張ったな。
暖かい人の体温を感じながら、優しい彼の声を最後にぷつりと意識が途切れた。

錆兎が連れて行ってくれたのは自分もお世話になっている鱗滝さんの所だった。凍傷になりかけていた私を急いで温めてくれて美味しいご飯を食べさせてくれた。口が聞けるようになり事情を説明すれば、錆兎も同じような境遇であった事を知る。私達を襲った化け物は鬼と言い人を喰らうのだと鱗滝さんが教えてくれた。

共に生活を始めて3日くらい日が経った頃だ。鱗滝さんが町に下りて、錆兎と2人で家に居る時にポロリと口から溢れてしまった。
家族と一緒に死ねば良かった、と。
私は立ち直れなかった。絶望し悲しみに擦り減った心を元に戻す事が出来なかった。ずっと、ずっと、父と母が鬼に喰われながらも私に、逃げろと、必死に叫んでいた姿が頭から離れない。自分達が死ぬその時まで私を生かそうと、守ってくれた優しい親だった。大好きだった家族。もう抱きしめてくれる事も頭を撫でてくれる事も、これから一生、ないのだ。
心が空っぽになったようだった。無気力に毎日を生きて、どうして生きているのかさえ分からなくなって、ぽつりと呟いてしまったのだ。

ジンジンと痛む頬を抑え、私を引っ叩いた錆兎を見れば叩かれた私よりも痛そうな顔をしていた。

「痛いだろう。花純が生きている証だ。お前の親が命をかけて守った命だ。それを花純自身が投げ出してどうする。」
「だって、だって。つらい!つらいよ!もう会えない!お母さんにもお父さんにも!」

幼い子供のように泣き喚いた。わんわんと泣いて、止まる事ない涙が次から次へと流れる。
この時、初めて私は親が死んでから泣いた。
泣けなかったのに。泣く事すら出来なかったのに。錆兎の言葉で涙腺が決壊した。今までずっと我慢して来たものが溢れ出したのだ。錆兎の言っている事は分かる。分かるけれど、心が追いつかない。
すると、声を上げて泣いている私をゆっくりと気遣うように優しく錆兎が抱きしめた。

「辛いだろう。悲しいだろう。分かるよ。だが花純は生きていかなければならない。繋ぐんだ。その命を。」
「錆兎…。」
「1人が寂しいなら辛いなら、俺がいる。ずっと花純と一緒にいる。」

だから、共に生きていこう。
そう言った錆兎の背中に腕を回し強く抱きつき彼の腕の中で沢山泣いた。泣いて泣いて、体中の水分がなくなってしまうんじゃないかってくらい泣いて、ぐすぐすと鼻を啜りながら顔を上げれば困ったようにそれでいて少し安心したような笑みを浮かべた錆兎が私の頬を触った。
叩いてすまなかった、と言われふるふると首を横に振る。錆兎のおかげで目が覚めた。私こそ、ごめんね。そして、ありがとうと、沢山泣いた所為で腫れぼったくなった顔ではにかみながらお礼を言えば錆兎も同じようにして笑った。

鬼への憎しみよりも家族を失った事への悲しみが深かった私は自分と同じような境遇になる子を少しでも減らしたいと思い鬼殺隊に入りたいと願った。一体の鬼を狩れば、それだけで何十人と助ける事が出来る。
その事を鱗滝さんに伝えれば、錆兎と同じように厳しい鍛錬が始まった。私のすぐ後に義勇と言う同い年くらいの男の子も入って来て、仲良く3人で同じ釜の飯を食べ日々の修行に明け暮れた。重いものを持った事がなかった柔く白い手はすぐに豆だらけになり体は生傷が絶えなくなった。

義勇が私と同じように錆兎に引っ叩かれ、尻餅をついている所を見た時は思わず笑ってしまいそうになった。

そしてやって来た最終選別。
3人とも同じ修行をして来た筈だったのに、錆兎は驚く程強かった。瞬く間に次々と鬼を倒して行く。
私は、目の前にいる異形の鬼に足が震えていた。
こんな事ってあるのだろうか。選別の藤の山には人を1人2人しか食べてない弱い鬼しか居ないと聞いていたのに、この鬼はその数を優に超える人を食べている。聞いてもいないのに喋り出した鬼の話は驚くほど胸糞の悪いものだった。
私や錆兎、義勇がつけている鱗滝さん手作りの狐の面が目印なのだと。今までやって来た子供達もみんな食べてしまったのだと、楽しそうに話す鬼に腹が煮えくり返るような怒りの激情が湧き上がる。私達3人を可愛がり育ててくれた大好きな鱗滝さんの今までの弟子達を狙って喰い殺していたなんて。恐怖は消えていた。己に残るのは、ただひたすらな怒り。

私はこの時、落ち着かなければならなかった。しかし怒りに飲まれ、呼吸が乱れてしまった。
次々と襲い掛かる手に、足が、手が、内臓が、潰されて行く。
ああ。敵わない。勝てない。

ゴポリと、口から溢れだした血が地面を赤く染めて行く。

「花純!」

錆兎の声がした。
もう刀すら持てなくなった手を、美しい宍色の髪を靡かせながらこちらに向かってくる錆兎に伸ばした。
錆兎。錆兎。
ごめんね。弱くて泣き虫だった私を奮い立たせてくれて、そして共に生きよう、と言ってくれたのに。ごめんね。錆兎。
大好きだよ。

いつも慈愛に満ち暖かく優しく私に笑いかけてくれた錆兎の笑顔が大好きだった。

グシャリ、と残酷なまでの無惨な音が鳴り響いた。


真っ暗だった。何も見えなくて、何も聞こえない。私は死んだのだろうか。いや、死んだのだろう。あの傷じゃどのみち助からなかった。

「錆兎…。」

貴方だけは生きてね。本当は一緒に生きたかったけれど。ポタポタと、涙が流れる。ああ。親が死んでもうこんなに泣く事はないだろうと思っていたけれど、今回ばかりはどうしようもない。涙は止まらない。そして、以前のように拭ってくれる人は居ないのだ。
錆兎、錆兎。
会いたい。会いたいよ。怖いよ。寂しいよ。

「花純。」

驚き過ぎてピタリと涙が止まってしまった。

「本当に泣き虫だな。」
「さび、と?」

豆だらけの固い手の平が私の頬を優しく撫でる。

「負けた。」

ああ。錆兎でさえ勝てなかったのだ。
そして錆兎も死んでしまったのだと、悟り再び涙腺が緩む。

「どうしよう。義勇を置いて来ちゃった。」

誰よりも優しくて繊細なあの子を。きっとまた泣いている。

「ああ。あいつも泣き虫だからな。」

錆兎はよしよしと私を撫でながら困ったように笑った。しかし、あいつは大丈夫だ、と言った。義勇は強い。その言葉に私も頷く。心配で心配で堪らないけれど、きっと義勇なら大丈夫だと信じるしかない。私達の死を乗り越えて、強くなると。

やっと泣きやんだ私に狭霧山へ戻ろう、と錆兎は言った。もう体はないけれど、魂だけになっても鱗滝さんの所へ。
そうだね。戻ろう。錆兎。

決して離さないように彼の手を握れば、同じように強く握り返してくれた。

とても不思議な感覚だった。死んでからもこうやって、残してしまった人達の人生を見れるなんて思いもしなかった。狭霧山に戻った私達は、自分達の前に、あの鬼に殺された子達と出会った。そしていつも私達を見守っていたのだと、教えてくれた。
鱗滝さんは、やはりとても悲しんでいた。義勇はこちらも胸が痛くなる程悲しみに打ちひしがれており、そっと近くにより背中をさすったり、大丈夫だよ、義勇、頑張って、そう声をかけたけれど、あちらに私達は認識できない。
最初はどうなるかと思ったが、錆兎の言う通り義勇は強い子だった。ちゃんと自分の足で立ち上がり、私達の死を受け入れ、彼は柱になった。

「錆兎!義勇が柱になったよ!」
「あいつは凄い奴だ。」

時々、人との接し方を見ていると心配になる部分もあったけれどきっと彼は大丈夫だと思った。
そして月日が経ち、久しぶりに鱗滝さんが弟子をとった。私達が帰って来なくなったあの日から子供を引き取る事がなかった鱗滝さんが。その少年はとても真っ直ぐな眼差しをした、綺麗な赫灼色の瞳を持つ男の子だった。ひたむきで努力家で、妹思いで。
鱗滝さんは炭治郎に、必要最低限しか教えなかった。足りないのでは、と思ってしまうくらい。その時に私も錆兎も気付いた。鱗滝さんは炭治郎を最終選別に行かせる気がないと。
それでも炭治郎は鱗滝さんに教えて貰った事を繰り返し行い毎日毎日、めげずに1人で刀を降り続けた。それでも岩は切れなくて、炭治郎が日に日に追い詰められて行くのが分かる。

すると様子を見ていた錆兎が腰を上げて石の上からトンと、飛び降りた。

「鈍い、弱い、未熟、そんなもの男ではない。」

無駄のない一太刀を振り下ろす。そして次々と繰り出す斬撃。
ああ。やはり錆兎はかっこ良い。
容赦なく炭治郎をぼこぼこにした後、後は頼んだぞ、と言葉を残して去って行った錆兎を見送り、強烈な一撃を顎にくらい伸びている炭治郎の側に腰を下ろした。
目を覚ました後、錆兎の太刀筋を絶賛し自分もあんな風になれるだろうか、と言った炭治郎に、なれるよ、と言った。
きっと、なれる。
錆兎と私で教えられる事を全て炭治郎に伝えた。無駄な動きをしているところや癖がついているのを直してあげる。

そして半年後、炭治郎の刃が錆兎の届いた。

割れた面の向こう側の錆兎の顔は、嬉しいような、悲しいような、安心したような笑顔だった。
彼の側により、手を握る。

「炭治郎。勝てるかな。」

錆兎は分からない。と言った。努力をどれだけしても足りない。お前も知っているだろうと。

あの鬼と出会い、私と同じように怒りに染まった炭治郎。ああ。駄目だ。炭治郎。もう良い。もう良いんだ。私も錆兎も。もう終わった事なんだ。

綺麗な太刀筋だった。地面に水平に繰り出された美しい壱の型。

スパンと、鬼の首が落ちた。

ああ。終わったのだと思った。
一緒に炭治郎を見守っていた子達が次々と消えて行く。今度こそ、本当のお別れだ。
隣にいる錆兎に抱きついた。

「錆兎、錆兎。いやだ。まだ、一緒に居たい。」

やっぱりお前は泣き虫だ。変わらないな。と錆兎は笑いながら私の涙を拭ってくれた。

「大丈夫だ。また会える。」

ポロリと溢れた涙。震える唇キュを引き締め、錆兎を見上げた。

「次も必ず俺が花純を見つける。」

吹雪の中、死にかけていた私を見つけてくれたように。
だから大丈夫だ、と額にそっと優しく口付けを落とされた。真っ赤になりながら、錆兎の言葉に頷き涙を拭い笑みを浮かべた。錆兎も笑っている。私の大好きなあの笑みで。

そうだ。大丈夫。
これが終わりじゃない。次の始まりなんだ。

「錆兎、大好き。」

だから、今度も必ず私を見つけてね。




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