それでも、

桜が散っていた。
宙を舞い踊るように葉が地に向かって落ちていく。つい最近まで寒々しかった灰色の空は澄み渡るような青空を雲の間から覗かせ、暖かな風が頬を撫でた。

彼の家に着くも、中には誰もおらず静かな空間だけが存在していた。
町に下りたのだろうか。はて、と首を傾げた所で今日が何の日だったか気がついた。手に持っていた沢山の食材を玄関先に置いて、ある場所へと足を踏み出す。

標高が高く山を下りた先にある町よりも、少し寒さを残した狭霧山。
ひどく懐かしさを感じる道筋を辿って、彼がいるであろう場所へと足を走らせた。久しぶりに行う全集中の呼吸。鬼に喰われ失った筈の右腕がぎちりと痛みを訴えたような気がして、眉を寄せた。
息一つ乱さずたどり着いたそこは、大きな大きな岩の前。そこには沢山の花が手向けられ、見慣れた後ろ姿を視界に捉えた。

「鱗滝さん」

ゆっくり振り帰った天狗の面の下に隠された優しい顔が、泣いているように見えた。

そう。今日は去年行われた最終選別があった日だ。宍色の髪をした、少年が返ってこなかった日。強く優しく、日輪のような子だった。
その前の年は、小柄で可愛いらしい女の子。
育て上げ見送った子達を、何日も何日も待てども彼らが鱗滝さんの元に帰ってくる事はなかった。あの辛さは悲しみは、彼の優しい心を深く傷つける。心が悲鳴を上げていた。死にに行かせるために育てたのではない。

そ、と隣に立ち私が出会った頃よりも骨張った彼の背中に手を置いた。
その手も同じように少しずつ皺が増えてきている。

たくさん、たくさんの死を、見てきた。救えなかった命、見送って帰ってこなかった子供達。

「戻りましょう」

手の平からどれだけの命がこぼれ落ちたか。
失っても、失っても、残された私達は生きていかねばならない。
決して戻ってくる事のない子たちを思い、涙を流しながらも、生きていくしかないのだ。

ほろり、と流れた涙が頬を伝う。
失った悲しみが癒える事はない。慣れることもない。
皮張り硬い指先で涙を拭われる。その手を握り、天狗の面を横にずらすと大好きな彼に、そ、と口付けた。

その悲しみが少しでも和らぎますように、と思いを込めて。




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