愛おしいあの子

幼い子供特有の高い声が私の名前を呼んだ。
視線に合わせるように屈めば、可愛らしい大きなつぶらな瞳と目が合う。は、と息を吐きながら笑えば凍てつくような冷たい空気が白く濁った。
どうしたの、と優しく問いかければ、花を咲かせたようにその子供は笑った。
これ、あげる!そう言って渡されたのは首元に巻く為の襟巻きだった。

チラホラともう既に雪が降りはじめている今日は、いつものように日用品を買う為に町に来ていた。分厚い雲に覆われた空は灰色で重苦しいように見える。ひどく冷え、ここまで歩いてきたにも関わらず体は温まる兆しはなく足先と指先の感覚がなかった。かじかんだ手を自分の息で温め、早足に歩き目当てのものを探している時だ。
懇意にしている呉服屋の子供が私の足元まで駆け寄ってくる。短い手足を必死に動かし、寒さで鼻先を真っ赤にしながら綻んだように笑顔で私の名前を呼んだ。

手渡された襟巻きと子供の顔を驚いたように交互に見れば、少し気恥ずかしそうに口を開いた。
私の為に、初めて針と糸を持ち作ってくれたらしい。最近寒くなってきたから、是非使って欲しいと。何と可愛らしい事だろう。
もうずっと前に死んでしまった兄妹がチラリと頭の隅を過った。それを誤魔化すように口元に笑みを浮かべ、まあるい小さな頭に手を乗せ撫でた。
手に持っていた襟巻きを首に巻けば、ふわりとお日様のような香りが鼻を擽る。ありがとう。とっても温かい。そう言えば、子供も目を細め嬉しそうに笑った。
今日帰ったら食べようと思って買ったみたらし団子を一本取り出して子供の小さな手に握らせる。出来立てのようで、ホカホカと白い湯気が出ていた。こぼれ落ちてしまうんじゃないかと思うほど目を見開き、きらきらと輝かせた。
いいの?と律儀に聞いてくる子供にもちろんと頷いた。

体も心も暖かくなり、無意識に口元に笑みが浮かぶ。元気よく手を振る子供に同じように振り返した。

帰る頃には地面に薄らと雪が積もっていた。歩く度にぎゅぎゅと踏み締めるような音が鳴る。生き物が息を潜め、静まりかえった山の中をひたすら歩く。そろそろ日没が近い。貰った襟巻に顔を埋めて先を急いだ。

すると、家に辿り着く前に見慣れた人影を視界に捉えた。真っ白な銀世界に静かに佇む、1人の男の姿。

「黒死牟!」

寒さで固くなっている体を必死に動かして駆け寄った。
黒死牟は私の頭に降り積もった雪を手で払うと、ふわり抱き上げた。

「随分と…冷えている。」

壊れ物かのように優しく頬を撫でられ、その手に擦り寄った。寒いね、と言えば横抱きにされたのでその首に縋り付くように抱きつく。私より幾分も早く駆ける彼にしがみつき、目を閉じていれば瞬く間に家の前に辿り着いていた。

「湯を…沸かして…ある。」

早く体を温めるようにと勧められ、着込んでいた服を脱いでいく。まず初めに首元から外した襟巻を黒死牟がジッと見つめているのに気がつき、先程の出来事を思い出し笑顔になる。

「葵くんがね、くれたの。」

あったかいんだ。葵くんね、鼻先を真っ赤にしながら私に駆けてくるの。それが本当に可愛くて。ふふと笑えば、少し強引に顎を掴まれ顔を上げさせられた。六つの目が私を射抜くように見てくる。心なしか訝しげに細められており、思わず私も笑みが引っ込む。

「どうし、…んっ、」

不思議に思って声を出す前に、彼の冷たい唇に口を塞がれた。
触れるだけの口付け。そ、と離された唇に少しの物寂しさを感じながら黒死牟を見上げた。

「他の男の名を…口にするな。」

一瞬何を言われているのか分からなかった。
しかし、ゆっくりと染み込んでくる黒死牟の言葉に顔が熱くなる。
ああ。なんて愛おしい。

背伸びをして、黒死牟の耳元に口元をよせる。
葵くんはね、6歳なんだよ。
そう言って感入れずに、ちゅと口を吸えば面白いくらいにピタリと動きを止めた黒死牟に笑みが溢れた。

時々垣間見える彼の独占欲に愛されてるなあ、と実感する。

もう一度背伸びをして唇を重ね、黒死牟を見上げれば、大きな手で頭を引き寄せられ深く口付けられた。




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