鼓膜を揺らす、優しい音

私は耳が良い。
善逸程じゃないけれど、面と向かって話をすると相手の感情が心音で読み取れる程には良い。

同期である炭治郎と任務に行った帰り、決して強くはないけれど手足が痺れるくらいの毒を鬼から受けたので蝶屋敷に寄った。大丈夫だと、大した事はない、と炭治郎に言ったのだけれど私の意見を無視する形で半端強引に連れて行かれた。話せるし、歩けるのに。でも、隣で歩いている炭治郎から私を心配するような優しい音が聞こえて少しだけ嬉しくなった。その感情が匂いで出ていたのだろう。毒を受けて何故嬉しそうな匂いがするんだ、と炭治郎が困ったように聞いて来るので曖昧に笑って流した。私や炭治郎のように鼻が良かったり耳が良かったりすると、戦うにあたって助けられる部分が多いけれどお互いに気持ちが駄々漏れになるのはちょっとだけ気恥ずかしい。

蝶屋敷に着けば、見慣れた黄色の頭が視界に入る。私と目が合うと周りに花を咲かせながら満面の笑顔でこちらに駆けて来る善逸に思わず笑ってしまった。

「花純ちゃぁぁああんん!会いたかったよおぉおお!」

涙と鼻水が出ていないだけマシだな、なんて思い、善逸は両手を広げて私に抱きついてくる気満々なので拒否するのも可哀想だ。しょうがないな。同じように腕を広げて待つと、突然目の前に見慣れた羽織の模様で一杯になった。少年さを残すけれど華奢ではない自分よりも大きな背中が前に立ちはだかり、善逸と熱い抱擁を交わしている。

「た、炭治郎?」
「はぁああ?何で!?」

私は驚いて困惑の声を上げれば、善逸も同じように不満の声を上げていた。

「駄目だ!」
「何が!?俺は花純ちゃんが良かったんだけど!」
「悪いけど俺で我慢してくれ!善逸は俺じゃ嫌なのか?」

いや、そう言う訳じゃないけど、けど、何か違うよおおお!何が楽しくて野郎同士で抱き合わなきゃいけない訳!?
ぎゃんぎゃんと吠えている善逸を炭治郎が宥めつつも花純とは駄目だ!と繰り返し言っている。最初は何がどうなっているのか分からなかったが、微かに聞こえてくる炭治郎の音に顔を真っ赤にさせた。
いつも、泣きたくなるような優しい音をしている彼からカリカリと何かを引っ掻くような不穏な音が珍しく聞こえたのだ。これは、嫉妬の音だ。そして少しの独占欲。顔が熱い。耳まで赤くなっているに違いない。炭治郎は私と善逸が抱擁する事に対して良く思わなかったのだ。
向かいにいる善逸と目が合い、はーん、と何か察したような顔をした。きっと私より耳が良い彼なら、もっと詳しく炭治郎の音を聴き分けたに違いない。

「あっそう。はい!はい!そう言う事ね!」

やってらんないよ!と言って踵を返して行った善逸。
ぽつりと残された炭治郎と私は目が合った。真っ直ぐにこちらを見る美しい赫灼色の目に囚われたように逸らせなくなる。炭治郎から私に向けられる優しく暖かい音が鼓膜を揺らした。耐えられなくなって顔を真っ赤にすれば、炭治郎は照れたように頬をかいた。

すると、ぎゅと私の手を握るとそのまま歩き出した炭治郎。手を繋ぎながら隣を歩く彼から微かに聞こえた音は、少しだけ満足気だった。




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