それさえも愛おしい

目の前が真っ赤に染まった。
肩先から腹にかけて鋭い斬撃が肌に食い込み、体が深く切り裂かれる。ゴプリ、と口から溢れ出した血が足元の地面を真っ赤に染めた。内臓も傷ついているのだろう。皮膚が破れ内蔵が外に飛び出るのを呼吸を使い、筋肉を引き締め食い止める。

「花純さん!」

私の隣で同じように戦っていた炭治郎が悲鳴のような声を上げた。

「だ、いじょうぶ、。」

体から大量に流れ出る血液。強烈な痛みと貧血でグラグラと朦朧とする意識を何とか繋ぎ止め、ぐ、と足に力を入れて倒れないように踏ん張る。ここで私が倒れたら炭治郎が危ない。食らってしまった攻撃は、目で追えなかった。構えていた刀もとろとも斬られ、私の手には無残にも折れた刀が握られていた。これでは首を落とすのが難しいだろう。
絶望的な状況にギリと歯を食いしばる。目の前に立っている鬼の目には、上弦の弐と刻まれていた。沢山の色が綯交ぜになったような瞳は楽しそうに歪み、手には対の扇。きっとあれで切られたのだろう。圧倒的な力の差。深い傷はなくとも炭治郎もあちこち体に切り傷があり呼吸で止血しているとしても、ゼェゼェと苦しそうに息をしている。

「炭治郎、行って。」

ヒューヒューと不気味な音が出る喉から、必死に声を絞り出す。
二手に分かれて共に任務に来ていた錆兎が近くにいる筈だ。深傷の私が行くより、鼻が効く炭治郎が彼を探す方が良いだろう。

「でも、!」

悲痛な表情を浮かべ、その場を中々離れない炭治郎。優しい子だ。でも、今その優しさは命取りになる。

「行きなさい。これは、命令よ。」
「…すぐに戻ってきます!」

刀を鞘に戻すと踵を返しすぐさま駆け出した炭治郎を見送り、目の前に立っている鬼を睨んだ。決して離さぬようにと刀と己の手を紐で括りつける。若い芽は摘ませない。可愛い末っ子の弟弟子だ。錆兎が来るまで持ち堪えてみせる。

「ああ。可哀想に。」

相当痛いだろう。すぐ楽にしてあげるよ。気分の悪くなるような言葉を発した鬼に向かって、地面を蹴った。斬りつけたのはお前だろうに、何を訳の分からない事を言っているんだ。同情しているような事を言っているが、感情も何もこもっていない空っぽな言葉。

肺に沢山の酸素を吸い込み、全身の血液の巡りを早くする。

水の呼吸。漆ノ型。雫波紋突き。

出し得る最速の速さで技を繰り出し、鬼の首を狙った筈だった。しかし、斬られたのは私の方だった。

ああ。駄目だった。敵わなかった。
グラリ、と揺れた視界。もう立つことすらままならなくて、その場に崩れる。体が地面に叩きつけられる瞬間、見慣れた羽織の柄が目の前に広がった。

「よく耐えた。後は任せろ。」

優しく抱きとめられ、ゆっくりと地面に寝かされる。
彼が来たなら安心だ。ふ、と息が溢れ全身の力が抜けていく。
燃えるような美しい獅子色の髪の毛を靡かせ、鬼に向かって行った錆兎の背中を見たのを最後に私の意識はプツリと切れた。真っ暗な闇へと、沈んで行く。






「花純!」

慌てた顔で腕を広げて構えていた錆兎の腕の中へと、ぼすん、と鈍い音をたてて落ちた。

高い木の上に登り降りられなくなった子猫を助ける為に木に登った私は、怯えて枝の端の方へと逃げてしまった子猫を追いかけ細い枝に跨っていた。暴れる子猫を何とかその腕に抱え込んだその瞬間、ぽきりと、私が跨っていた枝が鈍い音立て折れる。支えがなくなった私の体は地面に真っ逆さま。

落ちても酷い怪我にはならぬ様にと受け身を取ろうと下を見れば、錆兎が私を受け止める為に腕を広げていたのだ。
私は、迷わず腕を伸ばした。

私を受け止めた錆兎諸共、勢い余って2人して地面に倒れる。私の下敷きになっていた錆兎にポカリと頭を叩かれた。

「何をしているんだ!危ないだろう。頭から落ちていたらどうするんだ。」
「ご、ごめんなさい。」

でも、ほら、と腕に抱えていた子猫を見せれば、錆兎に向かってにゃーと猫が鳴いた。
お互い目を合わせて笑い会う。抱きとめる為に背中に回された腕に力が入り、ぎゅと抱きしめられる。無事で良かった。そう言った錆兎の胸元に擦り寄り、ゆるりと口元を緩めた。

懐かしい。
錆兎はいつも私を助けてくれた。ちょっと過保護で口うるさいけど、優しくて、強くて、大好きな錆兎。

頭が重かった。腕も足も、体が鈍りのように重い。自分の体じゃないみたいだ。ぐ、と瞼に力を入れ、ゆっくりと持ち上げる。ぼんやりと視界に映ったのは、見慣れた獅子色の髪の毛だった。上半身に力を入れて体を起こせば、驚く程固くなっている関節がギシギシと悲鳴を上げた。辺り見渡せばここが蝶屋敷である事が分かった。きっとあの鬼と対峙した後に気絶してそのまま錆兎が連れて来てくれたのだろう。私が寝ていたベットに突っ伏すように寝ている錆兎の頭を優しく撫でた。

「さび、と?」

ガスガスの声が鎮まり帰った静かな部屋に響く。その声に反応するかのように驚く程の速さで飛び起きた錆兎と目が合った。深い藍色の瞳がジ、と私を見つめる。
すると急に腕を引かれ、瞬く間に自分よりも大きな体に抱きしめられた。

「ど、どうしたの?」

突然の事で戸惑いながら私の肩に顔を埋めている錆兎に聞けば、くぐもった声で返答が返ってくる。
私は1週間目が覚めなかったらしい。

「頼むから、無茶をしないでくれ。」

苦しい程に抱きしめられ、思わず錆兎の背中に腕を回した。随分と心配をさせたみたいだ。

「ごめん。」

錆兎だけでなく炭治郎も義勇も任務終わりに毎日、顔を見に来てくれていたらしい。
ふと、視線を下げて自分の体を見てみれば服から覗く大きな傷痕に気がつく。胸元を軽くひっぱり中を見てみれば、塞がっているものの肩から腹にかけて大きな傷が残っていた。これは確実に跡が残るだろう。これまでも何度も大きな怪我をして来たけれど、ここまで体に残るような傷はなかった。
名誉の傷だと思っているし、鬼殺隊にいる以上怪我をする事は避けられないのも分かっている。でも、少しだけ何とも言えない気持ちが心に広がった。

「どうした?傷が痛むのか?」

俯いて動かなくなった私を心配してか、顔を覗き込んで来た錆兎に曖昧に笑った。
結構、大きな傷が残っちゃったな、と思って。そう言葉を零せば、なんだ、そんな事か、と錆兎は言った。
そんな事って、と何か言い返そうと口を開き顔を上げれば、錆兎がびっくりするくらい優しい笑顔を浮かべていた。

「俺は気にしないから大丈夫だ。」

だから、お前も気にする必要はない。

そう言ってのけた錆兎に空いた口が塞がらなかった。
ねえ、それってどういう意味で言ったの。
ねえ、錆兎。

でもそんな事を聞ける勇気がなくて、赤く火照った顔を隠すように再び俯けば、鍛えられ、固くなった手の平で頭を優しく撫でられた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -