本性「ロコの家って、お医者さんなんだ」「うん、だからその為に沢山勉強しないと」 こうして友達と寄り道なんて、モカは産まれて始めてだ。最近人気のタピオカ屋に寄った後、モチモチの食感を味わいながらロコの家へと歩く。彼の家は学校からさほど離れていない綺麗なアパートの一室だ。このアパートはモカの通っている学校の生徒も数名住んでおり、それなりに立地は良い。その為家賃は少しばかり値は張ってしまうが、ロコの実家はそこそこ有名な開業医だ。「やっぱり、跡継ぐの?」「僕、一人息子だから、継がないって選択肢、無いんだよね……」「そっか……」 彼も色々と大変な境遇の様で、モカはそれ以上何も言うことが出来なかった。無言で互いに甘いミルクティーを啜りながら、ゆっくりとした足取りで歩道を歩く。その内それらしき白いアパートが見えてきたタイミングで、ロコが声をあげた。「あっ、あれだよ」「結構大きいね」 三階建てのその建物は、横並びの部屋が数個並んでいるよくある普通のアパートだ。ロコの部屋は三階の角部屋の様で、左側の階段を上がったすぐの部屋だ。ロコが郵便受けに乱雑に入っているダイレクトメールを抜いた後、鍵を挿し込みドアノブを開ける。「さ、はいって」「お邪魔します……!」 玄関を入れば正面の先に部屋が見え、左には綺麗に整理されたキッチンがある。右のドアは恐らくトイレと、バスルームであろう。靴を揃えて部屋の方へと歩いていけば、真っ先に目に入るのはシングルベッドと小さなテーブル、そして医学書が沢山並んだ本棚だ。「これ、すごいね!」「モカさんそういうの興味あるの? 見ていいよ」「ほんと?」「うん、あと適当に座ってて、お茶持ってくるから」「ありがと」 落ち着いたブルーのラグマットの上。白いクッションの傍らに鞄を置きながら、モカはゆっくり部屋を見渡してみる。男の独り暮らしといえばもっと散らかっていると思っていたが、全然そんなことは無い。むしろきちんと整頓されていて、ロコの真面目な性格が見える。モカは早速本棚へと向かい、色とりどりの本の背表紙を眺め始めた。「ん……?」 二段目の棚の隅に入れられた本の上から、何か紙のようなものが見えている。よく見ればその本は女性器について記されている婦人科系の本の様だ。「なんだろう、直しておいた方がいいかな……!」 本の背に指をかけて取り出した刹那、バラバラと床に落ちたのは幾つもの写真だった。慌てて広い集めようと屈んだモカの顔色が、その写真を見た途端さっと青ざめた。「えっ……、これ……」 電車に乗っている人、授業中に居眠りをしている人、弁当を食べている人、ただ歩いている人、それらは全て紛れもなく同じ人物で、モカにはとても見覚えがある。というよりも、寧ろ見覚えが無い方がおかしいのだ。「僕……?」 その写真は全てモカの姿を捉えていた。角度によっては明らかに盗撮をしていないと撮れていない物もある。どうしてこんな沢山の自分の写真が、彼の部屋にあるのか。理由はひとつしかない。「見ちゃったんだ」「ッ!」 コップとピッチャーの乗ったトレイを持っているロコが、どこか落ち着いた素振りでそれをテーブルに置く。本棚に背を向け座り込み明らかに警戒しているモカに目もくれず、ロコはしゃがみこんで散らばった写真を集め始めた。「集めるの大変だったんだ、これが全部じゃないよ、モカさんを入学式で見たときから、僕はずっとモカさんの事が好きだったんだ」 全てを再び挟んだ後、ロコは本棚へと本を戻す。それから真っ青な顔で自分の事を見ているモカに端末のカメラを向けて、ゆっくりとシャッターを押した。「モカさんのコレクションが、また増えたなぁ、嬉しい」「お、おかしい……よ……」「可笑しい? 何が? モカさんの彼氏さんだって、そんな痛々しい痣をモカさんにつけてる、僕だって同じ、全然おかしくないよ」 ロコが笑う。その笑みはとても幸せそうな表情だ。それとは対称的に、モカの顔色はどんどん悪くなっていく。「最初はこんな事、ダメだって思ってたよ、でもね、モカさんが彼氏さんの異常な愛に喜んでて、あぁ、僕のこの愛し方も、おかしくないんだって、思って……」 端末を操作しながら、ロコが淡々と呟く。モカはその話を聞いている素振りをしながら、ゆっくりと、確実に手を動かしていく。「それから写真取るのも、どんどん増えちゃって……、あのね、この本棚にある本、ほとんどに、モカさんの写真、挟んであるんだよ」 そんなおぞましい話は聞きたくない。鞄まであと数センチ。サイドポケットに入れてある端末まではもう少しだ。「ダメだよ」「ひっ……!」 突然手を握られて、モカの口から悲鳴が漏れる。バレていない訳が無い。ロコはずっと、この機会を待っていたのだ。自分の家で二人っきり、誰にも邪魔されない。こんな絶好のチャンスを、逃す筈がない。「逃がさない、やっと家に来てくれたんだ、ねえ、モカさんの身体の秘密、僕に見せてよ」 身体を倒される。ラグマットが背に当たり痛くはない。無意識に鞄に手を伸ばしてみても、届く訳が無かった。早く、早く助けを呼ばないと。そんな事は分かっていても、ロコの歪んだ翡翠色が、ゆっくりと近付いてくる。「知ってるんだよ、僕、モカさんが、ふたなりだって」 スカートに彼の手が入る。モカの身体は動かない。足が開かれるのを、ただ他人事のように見てしまう。こんな事になるなんて、やっぱりあの時の胸のモヤモヤは、間違っていなかったのだ。「やめてぇ……」 彼の手を掴んでもびくともしない。それほどに彼との力の差は大きい。そのか細く小さな声は、目の前に居る彼以外に聞こえることはなかった。20190831
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