僕も貴方に

 二人は朝まで愛し合う。身体に幾つもの愛の証を刻まれる度に、モカはもう自分が孤独ではないことを再認識できた。ジンの腕に抱き締められながら眠ると何故だかいつもよりも良く眠れる気がして、嗚呼自分はもう彼から離れることなど出来ないんだと、モカは確信した。

「また迎えに来るから、良い子にしてろよ」
「うんっ」

 スクール鞄を持ち直し、運転席の窓から顔を出すジンに手を振るモカ。遠くなって行く車を眺めながら、モカは思う。自分は彼に与えられてばかりだ。ペットである以上与えられることは当たり前なのかもしれないが、自分も何か、彼にプレゼントをしたい。けれども何をあげればジンは喜ぶのだろうか?そうしてモカは、ふと気付く。

「僕、ジンのこと……、なんにも知らないんだ……」

 自分の机に頬杖を突いて、モカは一人窓の外をぼんやりと眺めながら悩んでいた。ジンについて知っている事と言えば、名前と、危ない仕事をしている事と、見た目に反して随分と優しい事くらいであろうか。ジンについてもっと知りたい気持ちもあるが、それよりも今一番大切なのはプレゼントの事だ。それについて考えすぎて、なんだか今日の授業が余り頭に入ってこなかった気がする。まるで恋する乙女のような自分に、モカは思わず顔を赤くした。

「……やっぱり、あの人に聞いた方が良いかな……」

 考えて渡したところで、それがジンに気に入ってもらえるかは分からない。それならばやはり、ジンの一番身近な人に聞いた方が早い。

「頑張って、聞いてみよ……」

 端末に届いていたジンからの到着のメッセージを見て、モカは気合いを入れる様に拳を握り締めた。





「で、俺に聞こうと思った訳だ」
「はい……」

 あの一件以降この人と会うのは初めてだ。ジンから貰った端末に連絡先が入っていた為、ジンに内緒でメッセージを送った所、今日はオフな様で時間を作って会ってくれる事になった。悪気は無かったにしてもあんな事をされたモカは、少しこの人が苦手だ。

「好きなもの頼んで良いよ、あの時のお詫びも兼ねてるし」
「えっ、はい、あの……、レンさん、ありがとうございます……」
「敬語じゃなくて良いのに、これから長い付き合いになるだろうしさ、モカとはね」

 そう言ってウェイターを呼び止めたレンが、ホットコーヒーを注文する。モカも暖かいココアを注文して、なんだか落ち着かなくて椅子に座り直す。こんなおしゃれなカフェにはあまり来たことがなく、つい辺りを見渡してしまう。メニューの内容もコーヒーだけで何種類もあるのだ。隣の席の女性が食べているパンケーキがとても美味しそうで、モカは思わず喉をならしてしまう。そんなモカの様子を見ていたレンが、ふと口を開いた。

「ジンとはね、もう十年以上の付き合いかな、昔はもっとやんちゃしてたんだよ、喧嘩だって沢山してたし、でも高校卒業して、親父さんの跡継いでからはすごい努力してるし、凄いなと思ってる、期待に答えたいんだろうね」
「へえ……そんな話、聞かないから……」
「彼は多分、自分の事モカには喋りたくないんじゃないかな、恥ずかしいんだよ」

 笑いながら、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけるレン。モカもカップを両手に持ち、恐る恐る口をつける。甘いココアがとても美味しくて、緊張していた身体が一気に解れていく。

「さて、ジンの欲しいものね〜」
「なんか、無いかなと思って……、僕、貰ってばっかだし……」
「そうだなぁ……」

 揺れるコーヒーの水面をぼんやりと眺めながら、モカは考える。ジンの欲しいもの等思い付くわけがない。彼の財力を考えれば欲しいと思った物はすぐ買ってしまうだろう。わざわざプレゼント、と言っても何をあげればいいのかモカには全く見当が付かない。悩んでいるレンの紅色の瞳を、モカはじっと見つめた。

「ピアス開けようか、とか言ってた事もあったけどね」
「ピアス……」

 モカには少し考えがあった。それは自分がされる様に、ジンにも自分の主だという印を付けてみたいという願望。そんな事を本人に言えば、どんな顔をされるだろうか。それが少し怖くて、モカはどうしようか悩んでいた。ピアスであれば、自然に渡すことが出来るかもしれない。

「んまあ結局は、モカからの贈り物ならなんでも喜ぶと思うけど」
「えっ?」

 すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲んで、レンは笑った。

「そりゃあ、ジンはモカの事すごい溺愛してるからね、見てても分かるよ、あーあ、二人でカフェでデートしてるなんてバレたら、俺ぼこぼこだよ」
「ええ……」

 自分はそんなにジンに愛されているのだろうか。そうであればこんなにも嬉しい事はない。長い付き合いのレンから見てそんな様子であれば、周りにもカップルに見えているのだろうか……。そう考えるとなんだかモカは顔が熱くなってしまう。

「じゃあ俺、これから本当のデートだから、もう行くね」
「うん、ありがとう……!」
「今日の事は内密に、まあ、ジンにはすぐバレそうだけど」
「あっ、あの、またジンの事、色々聞いても良い?」
「? いいよ、どうせジンは話さないだろうし、またねぇ」

 伝票を持って出ていくレンの背を見送りながら、モカも手元のぬるいココアを飲み干した。





 紙袋を背に隠しながら、モカはソファーに座って寛いでいるジンの前へと歩み寄る。わざわざかしこまってジンに物を渡すなんて始めての事で、モカは緊張で口の中がカラカラに渇いていくのを感じた。

「ジン、あの、これ……」
「何だ?」
「お世話に、なってるのも、あるし……、僕、貰ってばっかだから……その、お礼……」

 声が裏返った様な気がしたけれど、ジンは目の前の袋を手に取ってくれた。中から取り出されたのは小さな黒い箱で、開ければそこには指輪のように置かれたリングピアス。ターコイズブルーとも言える様な色合いのシルバーリングは、モカの髪と同じ色だ。

「自分も、ジンに、その、印みたいなの、つけたくて……」
「へぇ?ペットの癖に、やるじゃねーかァ?」

 ジンが笑う。喜んでくれたんだとモカは嬉しくて跳び跳ねてしまいそうな気分だった。勿論ジンが身に付けているものと比べてしまえばそんなに高い物ではないが、モカのバイト代では少し厳しいレベルの物だ。袋の中に一緒に入っていたピアッサーを、ジンがモカに手渡した。

「ほら、テメーが開けろよ」
「うん!」

 モカは恐る恐るジンの左耳にピアッサーを近付ける。これから自分が、彼の身体に傷を入れるのだ。そう考えるとなんだか胸の奥がきゅんきゅんと疼いて堪らない。耳たぶを挟み、力を込めて一気に押し込む。カシャンとホッチキスの様な音がした後、ピアッサーを外せばそこには綺麗な銀色のピアスが着いていた。

「まあ、馴染むまではこれだな」
「うん、僕、ジンに傷、つけちゃった……!」
「満足かよ?」
「えへへ」

 隣に座れば、ジンの顔が近づいてくる。そのまま唇を舐められて、甘い甘いキス。咥内がジンの匂いでいっぱいになって、全てを喰い尽くされてしまうような気がする。そんなジンとのキスが、モカは大好きだ。早く彼の左耳を、自分の色で飾りたい。そんな想いを抱きながら、モカはジンの背中にゆっくりと手を回した。



20190823
空きすぎではなかろうか