普通の人間が過ごす当たり前の生活に、ずっと憧れていた。欲しいものがあればなんだって手に入る。玩具も、動物も、それでも一番欲しいものは、誰もくれなかった。「ひえ、ジンだ、逃げろ!」「怖いぃ」 幼い頃から近所の子供にはひどく怖がられていた。紫月と言うだけで誰もが思い浮かぶのは、親父の名前と、ヤクザというレッテル。友達なんて出来たことがない。皆うわべだけでヘラヘラと笑っていて、心の中には恐怖と嫌悪感しか無い。だから誰とも関わりたくなかった。それなのに。「俺、ジンくんの事好きだから」 変な奴だと思った。壁を殴って脅してもけろりとしていたその紅林蓮という男は、どうやらこの学年では一番喧嘩が強いらしい。それでも積極的に喧嘩をしているわけでもなく、絡まれている奴を助けたり、あちらから吹っ掛けられた喧嘩に対抗する程度だった。良く見ると周りの奴らには随分と親しまれていて、どうしてそんな奴が自分に声をかけてきたのか、心底不思議だった。「テメーって、ホモなん?」「ええ? 違うよ、なんていうの?こう……、ジンを一目みたとき、ビビっと来たんだよ! 初めて男に恋した! みたいな」「やっぱホモなんじゃねーかァ……」 違うって!そう隣で騒ぐ彼を軽くあしらいながら、今日も隠れて煙草を吸う。一時の至福の時間。ふと彼の端末がバイブ音をたてる。それを聞いて嬉しそうに開いたメッセージアプリの画面には、リツという名前。「彼女か」「ばばばばかおまえ! リツはそんなんじゃねーよ!」「あァ? んな慌てて否定する事かよ」「うう……、実はかれこれ六年、片想い……」「本当に、ホモじゃなかったのか……」 苦笑いを浮かべながら端末を握りしめている彼が、なんだかやけに幼く見えてしまった。あんな上級生相手には怯むことなく向かっていく癖に、実は恋愛奥手だなんて。そう考えるととたんに面白くなってしまって、笑いを必死に噛み殺す。「なんでわらってるんだよ…」「いや、おもしろくて……っ…」 口を尖らせてそっぽを向く彼を見ながら、彼が友達で良かったと、心底思ったのは事実だ。**** ある日、兄貴が家出した。親父は勘当するらしい。そうすると自然に跡継ぎは自分になる。突然の出来事に、頭がついていかなかった。高校を卒業したら、親父の下で全てを叩き込まれるらしい。そうなれば、彼とはもう会えなくなってしまうのか。嗚呼、友達なんて、結局出来るわけがなかったのだ。この五年間の事は夢だった。あの楽しかった時間は、全部夢だ。そう開き直るしかなかった。それなのに、事情を告げた彼の口からは、とんでもない一言が飛び出した。「ジンはジンだろ」「は……?」「だから、別に会えなくなるって事はなくないか?」「だっ、……」「ヤクザとか、そんな事はどうでもいいんだよ、俺は、お前自身に惚れたんだからな」 その言葉が、すっと胸の奥底のどろどろを溶かしていく。そこで初めて、自分は彼に落ちたのかもしれない。「レン、あのな」「うん?」「その……、テメーが、よければ、だけどよ……」 俺と来てくれないか。そう伸ばした手を、彼は笑って握り返してくれた。嗚呼、彼となら、この血生臭い世界に飛び出すのも、悪くはないと思えた。**** 継いだ後にすぐ、取りかかっていた事業が無事に成功した。そのお陰で随分と組の奴らにも認められた。これも全てサポートしてくれた彼の功績であった。それから暫くして、ふと彼の様子がおかしいことに気がついた。自分に隠れて、こそこそ何かをしている。いつも組員の一人が出先でうんこを漏らしただの、車に鳥の糞が何十個も落ちていただの、どうでもいい事でも逐一報告してくれる彼が、自分に隠し事なんて珍しいことだった。「いいんですかい? 頭」「まァ、いいだろ、別に」 彼が自分を裏切るなんてあり得ない事だ。それはこの数年で理解している。だから面白そうなので、暫く見守ることにした。ここまでは順調だった。あの日までは「ジン」「どうした……、って……!」 今でも忘れられない、大雨の夜。びしょ濡れのまま家に来た彼に、そのまま玄関先で抱き締められた。突然の事に硬直していれば、髪の毛を掴まれ唇を重ねられる。抵抗すれば良かった筈なのに、どうしてだか拒絶できなかった。「抱かせてくれ、頼む」 男に抱かれたのなんて初めてだ。正直気持ちがいいよりかは異物が中に入っている感覚に吐き気を覚えるほどだった。それでも彼の、今にも泣きそうな顔を見てしまえば、やめろだなんて口が裂けても言えなかったのだ。「ごめん、ごめんな、ジン」「い、から……、は……っ」 紅桔梗色の頭を抱き抱えて、あやすように撫でる。勿論こんな事で彼の事を嫌いになれる筈はなく、次の日酷い顔をして起きてきた彼の薄い唇にキスをしてやれば、目を見開いて驚かれた。「なるほどなァ……」 片想いを拗らせると、人間はこうなってしまうのか。少なくとも彼にとっては余程のショックだったのだろう。十数年間告白できなかった結果、別の男にとられるだなんて。「自分で望んでこの世界に入ったんだ、今更後悔なんてしてないさ」「それが本音かァ?」「あぁ、俺はジンが好きだからな」「前々から思ってたけどよ……」 やっぱりテメー、ホモだろ。何年かぶりにそう言えば、彼はいつもの顔で笑った。 それでも人間中々吹っ切れるという訳にもいかず、ブツを改造して、まるで無理矢理忘れるかのように老若男女問わず手当たり次第に手を出していく彼をみて少し虚しさというものはあったが、それで彼が満足できるならそれでよかった。「俺にはジン、もうお前しかいないんだよ」 だから捨てないでくれ、いつか言われた言葉を、ふと思い出した。そうだ、似ているのだ。「好みって、変わらねーモンだなァ」「ジン?」「何でもねーよ、彼氏の話だ」「かれ……! ジン、彼氏いたの!? 浮気……!」 顔面を真っ青にしていくペットに、冗談だと言えばほっと胸を撫で下ろす。久しぶりに彼氏に抱かれたくなったなと、ジンはペットの飲み掛けのタピオカ入りミルクティーを一口貰いながら、考えるのだった。20200608レンくんは別にホモではなく、どちらでもいけるんです女性で一番好きなのがリツちゃんで、男性で一番好きなのがジンそれでずっとどちらにも優劣をつけられなかったのですが、やっぱりジンの方が好きなんですねこれは恋愛的な意味合いではなく、崇拝しているという感じリツちゃんに対しての好きは恋愛で、ジンに対しての好きは宗教に近いんですが、本人がそこを理解しているのかは分からないつまりジンとのセックスは、まるで神を犯しているみたいで興奮するんだよねこれから先、レンくんは誰にも恋をすることはないです >>>何かしら送る
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