なんでこんなことに 嗚呼、なんでこんな事になってしまったのか。モカは後部座席に横たわったまま現在の自分の状況を見直してみる。運転席と助手席には見たこともない男。そして自分の居る後部座席には誰もいない。背中で纏められた両手は非力な自分には到底解くことは出来ないだろう。それでもこの状況は非常に不味い。「これで大儲けだなァ」「可愛がってるペットを誘拐されたとなりゃ、どんな大金でも出すだろう?」 彼らの狙いはただの金。自分の主人にしてみればそれくらいは端金かもしれないが、自分のせいでこんな下品な奴らに主人の金を渡すなんて事を、モカが許せるわけはない。制服のスカートのポケットから、縛られたままの手で器用にハサミを取り出す。そうして刃の部分をロープに当てて、一気に裂いた。「い……っ!」「あぁ? ……なんだ、寝言かよ」 思わず漏れた声に、助手席の男がこちらを振り向く。慌てて目を瞑りながら、モカはじわじわと広がっていく痛みに顔を歪ませる。うっかり自分の皮膚まで切ってしまった。後は乱暴に助手席のシートの下に投げられた鞄から、端末を取り出す事が出来れば良いのだが。「(動いたら、バレちゃう……)」 そうしてはた、とモカは気付く。両手が自由な今、自らこの車から出る事が出来るのではないかと。チャンスは一度きり。それでもやるしか方法はない。このまま囚われのお姫様のように主人の助けを待つくらいなら、自分で逃げ出して主人の元に帰るのだ。「っ!」「あ、おい! 小娘が逃げるぞ!」 信号待ちで止まった刹那、片手で鞄を掴みながらドアを開け、転がるように車から出る。そうして無我夢中で走って、薄暗い路地へと入り込んだ。「はぁっ、はあ……、はぁ……」 荒い息を押さえながら、その場にずるずるとしゃがみこむ。良くみれば手首からはだらだらと血が流れていて、制服はいつの間にか血塗れだった。「あぁ……、こんなことなら、ジンにお迎え頼めば良かったなぁ……」 今日は一人で帰れる、だなんて、意気込んだのが間違いだったのだろうか。主人の仕事柄、自分に危険が及ぶことは承知の上だったはずなのに。自分の身は自分で守れる。そう考えていたのはただの慢心だ。それで余計に主人の手を煩わせているだなんて。「……、」「モカ」「!」 聞き慣れた声にふと見上げれば、そこには愛しい主人の姿。どうしてここがわかったの、そう問おうとした口からは、ただの嗚咽しか出なかった。「ひ、っぐ」「あーあー、こんなにボロボロになって、大人しく助けを待ってりゃ良かったのに、なァ? お姫様?」「ご、ごめんな、っ、さ、んぅ、っ」 あやすように唇を重ねられ、ラズベリーの薫りが鼻腔を擽る。その匂いに安心して、溢れていく涙を止めることが出来ない。いつの間にか鞄を担いでいたジンが、そのままモカの体を抱き上げる。そうして横付けしていた車のドアを開け、後部座席に乗り込んだ。「全く、無茶しやがって」「まあ、ペットは主人に似るって言うけどな」「煩ぇぞ」 運転席に座っているレンが、ジンの言葉に小さく笑う。緩く踏まれるアクセルと共に発進する車の中、モカは微睡みに任せてジンの胸に体を預ける。安心したらどうしようもなく、身体から力が抜けてしまった。意識が飛ぶ刹那、頭を撫でるジンの手付きがとても優しかったことを、モカはしっかりと覚えていた。**「いたい……」「そりゃあ、いてえだろうなァ」 ソファーに座ったモカの前にしゃがみこんだまま、ジンが慣れた手付きでモカの手首に包帯を巻いていく。自分ではそんなに切った記憶はないのに、結構な深さで切れてしまっていたらしい。その証拠に、着ていた制服の血はクリーニングで取れるようなものではなかった。「あの人たちは?」「さぁな……、全部レンに任せてきたし、今頃海の底かもなァ?」「ひえ……」 ニタリと笑うジンの言った事は、本当なのか嘘なのかわからない。それでもちょっと彼らの事を気の毒に感じてしまう。この主人は自分のペットの事となると、どうにも全力を出してしまうのだから。「いいか、モカ」 ジンの鋭い、深海のように深い青が、モカの瞳を見つめる。「テメェの身体に傷をつける事が出来るのは、俺だけだ」「ぁ……」 するりとキャミソールの中に入ってくる大きな手。その冷たさに小さく身震いをすれば、首筋を甘く噛まれた。「この手も、足も、……唇も、全部、俺のモノだ」「知ってる、もん……」「どうだかなァ……」 包帯越しに傷口を指で押されて、思わず顔を歪ませる。それでも彼に与えられる痛みはどうしようもなく気持ちが良くて、脳味噌の奥がゆったりと痺れていく。「勝手にこんな傷作ってる時点で分かってねぇ、俺は怒ってんだよ、だから……」 ぎしりと音を立てて、ソファーに身体を倒される。真っ白なショーツに手をかけながら、ジンが笑った。「悪い子には、お仕置きだ」20200426続きかくとなるとエロだなあ >>>何かしら送る
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