静寂をつんざく凛と透き通った声。同時に踏み出した一歩が、向かい合った硬直を突き破った。刻まれる独特なステップ、それに乗って相手の懐に体を滑り込ませる。竹と竹が弾き合う音が、声と唱和して窓の外まで響いて来た。
(――特上級、ね)
 抽象的なようで、これほどまでに的確な形容があるだろうか。思わず溜息が漏れるほど無駄のない動き。直線的に見えて、足下が奏でるリズムは決して単純ではなく。それはきっと全て計算され尽くした、それでいて本能の産物。興味を持てば持つほど深く、果てのない。
 竹刀を振りかぶって前に、誰もがそう思った瞬間に足は一歩後ろに。受け止め先をなくしてさまよった相手の手の甲に、今度こそ体ごと踏み込んで叩きつける。お手本のような文句なし花丸百点満点、旗は全て上がった。一本。響いた判定、沸き上がる歓声。

 たまたま通りかかったら、試合をしていたのが彼女だったから。見ていた理由は、ただそんなものだった。特上級と称される剣道の腕前、それに惹かれていたのは事実。視線を奪ったら最後、終わるまで離さない。それくらいの魅力はあるからこその、名の知れ具合であり二つ名。抽象語で確かにそれと指し示されるひとり、それほどまでの。
 覗いていた剣道場の窓からようやく目を離し、回れ右。弓道場への階段に向かって廊下を歩きながら、ふと考える。している格好はほとんど同じだというのに、むしろ防具の分向こうの方が随分と重いはずなのに。どうして、ああまで機敏に体が動くものか。服装に覚えるほんの少しの親近感と、似通っていると思うのは武道としてのあの空気。まったく違うはずなのに、どこか通じる、だからこそ捕らわれて離れられない。
「たっくーん!」
「っ、」
 背後から、突然の衝撃。軽いトーンで名前を呼ぶ声は、さっき硬直をつんざいたのと同じ。いつの間にか防具を外した姿で、十緒美が拓斗を後ろから抱きすくめた。唐突すぎて、息が詰まる。
「なに、すんですか」
「見ててくれてたんでしょー?」
「……気付いてたんですか」
「気付くよー、そりゃね」
 あんだけ、じっと見られてたらさ。肩に手を回してくる十緒美を引きはがしながら、拓斗は二度目の溜息。今度は、呆れと諦めと。
「見てましたよ、悪いですか」
「ぜーんぜん? 嬉しいよー、どうだった?」
「どうもこうも、圧勝だったじゃないですか。最初突っ込んでったのも、フェイント効かせるための計算ですか?」
「あらー、ばれちゃってるのか。さすがだね」
 そんなに良く見てくれてたんだ、と純粋に驚いたような表情。そんなこと言ったらあんただって。言いかけて、拓斗は口をつぐんだ。拓斗の弓道を見る十緒美の目も、恐らく十緒美の剣道を見る拓斗のそれと変わらないのだと。それを指摘することに、なんだか気が引けた理由はわからないけれど。
「俺、士道先輩の剣道好きですし」
「あれっ、なにそれ。たっくんがそんなこと言うとか意外ー」
「……剣道は」
「もー、素直じゃないんだから」
 何度引きはがしても抱きつくことを止めない十緒美に、拓斗が根負けするのはいつものこと。腕に縋り付かれて拓斗をからかう十緒美からあからさまに顔を逸らし、「近すぎませんか、」と一言。逸らした顔を追いかけて、十緒美は拓斗を覗き込む。
「なあに、照れてるのー? 王子サマ」
「やめてくださいよそれ。似合わないにも程が、」
「そーう? いいじゃない、王子サマ。それとも流星君って呼んでほしい?」
「普通に苗字か名前で呼んでもらえませんかね」
 むず痒いんですよ。眉をひそめた拓斗が、取りざたされるのも騒がれるのも好まない類の人間だとは十緒美も十分承知していて、だからこそ。初々しい反応に、興味が膨らむのも仕方ない、と。
「私は、たっくんの弓道も気に入ってるよー?」
「弓道だけでいいんですけど」
 俺弓道場戻るんで、離れてください。一度は諦めた言葉をもう一度、だけれど十緒美がそれを簡単に聞くはずもなく。そんなことは、今更だけれど。
「たっくんの弓道見たいなー、付いてっていい?」
「好きにしていいですけど、邪魔しないでくださいよ」
「そんなことしないって」
 少し前までとの違いなんて、ただ防具がないだけなのにどうしてこんなにも。三度目の溜息を付きながら、思い出す特上級の姿。何をしても何を見ても、理解しようとした傍からするりするりと抜けていく。
(掴めねぇ、な)
 面影すら重ならない、だけれどどちらの姿も確実に存在していてここにいて、そしてそれは同じ彼女だという現実。それも含めて全部全部なにもかも、ひっくるめて掴めない。
「たっくんの弓、楽しみだなー」
「だから、そのふざけたあだなやめてくださいって」
 いつになったら、この人の意図が。階段を上りながらそれを考えて、短いスパンで四度目。
「えー、つれないなあ王子サマ」
 ――わかる、わけがない。





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Rider Mind(ソヨゴさん)さんより、士道十緒美さんをお借りしました!
十緒美さんは剣道部なんです、「特上級」って呼ばれてるんです格好いい!
剣道部と弓道部(うちの風間拓斗)で、両方袴を着てるから袴組、ってことです。
楽しかったですありがとうございました!
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