青年に導かれるまま辿りついたのは、ぽつぽつと増えだした緑の間に張られたいくつものテントだった。
キャンプ地、だろうか。雰囲気はやけに物々しく、異質な存在である自分は歓迎されていないように思えた。
途中すれ違った鎧の男達は、決まって疑問と警戒と―――奇妙な期待が入り混じった目を向けてくる。

不意に前を歩いていた青年が足を止めた。
顔を上げると、大きなテントが佇んでいる。
他の簡素なテント達よりしっかりとした豪華な造りのそれ。その佇まいには高貴な者以外の立ち入りを拒むような重厚な雰囲気があり、その前に立つことを躊躇わせる。
気後れする魅里とは裏腹に青年はなんの遠慮もなく、むしろ当たり前のように入口の布をめくり上げた。
無造作に足を踏み入れようとしたその身体がぴたりと止まる。

「? どう―」

疑問を感じてひょいと覗き込んだ魅里も、目を丸くして静止した。

無人かと思っていたテントの中に、一人の男がいた。
一目で質のいいものとわかるソファに身を埋め、退屈そうにくるくると髪をいじっている。
男にしては長い髪は鮮やかに赤く、退屈そうに伏せられた目は済んだ青。
この色に見覚えがあって、目の前の青年を見上げる。彼の髪や瞳の色は男にそっくりだ。血縁だろうか、と推測が脳裏を行きかう。
ただ一つ違うとすれば、青年の方は前髪あたりの髪が一部薄い茶色に変化している。男の方にはそれがなかった。

「……お、兄貴」
「先に帰っていたのか?」
「たまたま帰還する途中に連絡が来たんでな」

伏せていた瞼が持ち上がり、青の双眸がこちらを映す。
意志の強そうな瞳には強気な笑みがよく似合う。乱雑な口調のわりにその立ち居振る舞いには品があり、妙に視線を惹きつけられる。

「で」

視線の的が自分に絞られる。
突然のことに身を固くしたのが伝わったのだろう。男は苦笑し、安心しろと言わんばかりに手を振った。

「兄貴よ、それが例のフジナミサトって奴か」
「そうらしいね」
「へえ。……お前も大変だな、こんなことに巻き込まれて」
「ええと……」

なにやら労われているようだが、何を労われているのか……というか現状がどうなっているのかも把握出来ていないのだから受け取りようがない。
ただ困惑するだけの魅里に、相手も訝しげな顔になった。

「おい……まさか、まったく何も説明してないのか?」
「悠長に説明出来る状況じゃなかったんだよ。魔物だけじゃなくディーラント兵にも警戒しないといけないものだからね」
「そりゃそうかもしれんけどな……俺としては駐屯地で待機してるはずだった兄貴が一人でそんな危険渦巻く場所に飛び出してった理由についても聞かせてもらいたいね」

がしがしと頭を掻きながら言い、最後にぽつりと「ま、おおよその予想はついてるが」と呟く。
何かを察している様子の男とは違い、居合わせたにも関わらず何一つ察せないのは魅里の方だ。

「あの……」
「ああ、失礼しました」

どうぞ、と進められ、ソファに身を埋める。
途端にどっと全身が重くなる。体中が固まってしまったように動けない。
なんで。困惑に目を瞬かせる魅里の髪を、武骨な指が梳いた。
視線を上げると青色の瞳とかち合う。男が穏やかに笑い、頭を撫でていた。

「疲れてるんだよ、お前。自分で思ってる以上にな。慣れない内はそういうもんさ」

お疲れ様、と労ってくれる言葉にじわりと安心感が広がる。
同時に身体の重みが増して、身体が傾く。
まるで身体が鉛にでもなったみたいに言うことを聞かない。倒れかけた肩を男が支えてくれた。

「おっと。……おい兄貴、説明の前に少し寝かせてやった方がいいみたいだぞ」
「そうだね……ほら、立って」
「おう」

スペースの空いたソファにゆっくりと横たえられる。途端に瞼が重みを増し、気を抜けば閉じてしまいそうになる。
必死で押し上げながら、高い位置にある二人の顔へ視線を向ける。

「あの……その前に一つ、いいですか?」
「はい?」
「お二人のお名前は……」

二人揃って目がを丸くなる。
何事かを言おうとしたその口から言葉が出る前に、耐えきれず瞼が落ちる。



完全に眠りに落ちる寸前、自分ではない誰かの鼓動が反響する音を、聞いた気がした。