口から吐き出すその息は白く、本格的に冬が来るなあと、ぼんやりと考えながらもその吐き出された息を目で追っていた。
中庭のベンチは放課後ということもあり、人も疎らで自販機の前にある木を囲むようにして作られたベンチに座りすっかり冷えてしまった指先を缶コーヒーで温める。
じんわり、じんわりと指先に感覚が戻るのを確認していると、ふと自分の太ももが目に入る
スカートから伸びた生足は女子高生のブランドだ、なんて聞いたことあるけど、こんな寒い日に生足を晒しているのはもしかしたらアホなのかもしれない。
「明日からタイツにしよ…」
そうぽそりと呟き缶コーヒーのプルタブに指をかける。
首に巻いたマフラーに顔を埋めたくなる空気の冷たさに耐えながら買った時よりも少しぬるくなってしまったそのコーヒーをちびちび飲む。
口の中から食道を伝う温かい液体に、不思議と芯から温まる感じがして、ほっと一息吐き視線をローファーに移す。
足元にできた影が深くなり、日もだいぶ短くなったなあと少しの寂しさを感じていると、背後から声をかけられる。
「何してるんですか…」
耳に届いたその声は、聞きなれた低く落ち着いた声。
「いや、別に…」
振り返らなくても声の主はわかっている。
そのまま足元に視線を向けたままにしていると、そこに一つの影が重なった。
「なまえさん…」
名前を呼ばれ漸く顔を上げると、そこにいたのはジャージ姿の赤葦だった。
同じクラスで席が隣の赤葦は、普段見ている制服姿とは違い新鮮だ。
部活の後なのだろう、汗をほんのりかいていて、この外の寒さを感じさせないその姿が酷く不思議な光景に感じた。
「お疲れ様」
「どうも…。こんな時間までこんな所で何してたんですか。風邪ひきますよ」
「んー、なんとなく?」
本当にここにやってた理由や、ここで時間を過ごしていたことの理由はなんとなくなのだ。
足が自然とここに向かい、帰ろうとしなかったのは事実である。
「しいていうなら、季節の変わり目を堪能してた」
「なんですかそれ」
ちびちび飲んでいた筈の缶コーヒーはすっかり空になってしまっていて、外の空気に触れていたその缶はひんやりと冷たくなってしまっていた。
呆れながら自販機でスポーツドリンクを買った赤葦は、私の隣に腰掛ける。
「なんかこう、秋から冬にかけて変わっていくこの空気っておセンチにならない?」
「俺には全く理解できませんが…」
「情緒というものを感じないのかね、赤葦は」
「なまえさんにそんなものが備わっていた方が不思議でなりませんよ」
「失礼な奴だな」
そう言って隣の赤葦の方を振り返ると、彼はまっすぐ前を見ていて、その顔は夕日に照らされていてすごく綺麗だった。
「赤葦と夕焼けって絵になるね、すごく綺麗」
ぽろっとそんな言葉が自然に出てしまった。
でもそれは間違いなく本心。
赤葦はちらっとこちらに視線だけ向けた後、また前を向いたかと思ったら左手で口元を覆った。
「もしかして、照れてんの?」
赤葦の意外な姿に気分を良くした私は、その顔を拝んでやろうと顔を覗き込む。
「ちょっと黙ってください」
ほんのり頬が赤くなっているのは夕陽の所為ではないだろう。
「赤葦もそんな顔するんだねー」
ケラケラ笑っていると、辺りは陽が落ちてきたことに気付く。
暗くなる前にそろそろ帰ろうかなと思い立ち上がろうとしたが、くんっと何かに引っ張られて中途半端に立ち上がった体は再びベンチに戻された。
「なんでしょうか、赤葦くんよ」
私の右手首を掴んでいた赤葦は、私の顔を真っ直ぐ見つめていた。
「あなたは本当にわからない人ですね」
「なんなの?悪口ですか?私もあなたがワカリマセンヨ」
「色々と、期待させるのやめてくれませんか?流石に冷静な俺でも参ります」
「なにが?」
赤葦の言ってる意味がわからなくて、首を傾げると、手首を掴んでる赤葦の手に力が込められ、びくっと肩が揺れる。
「俺が下の名前で呼ぶのはあなただけですよ、なまえさん」
「…へ?」
"知りませんでした?"
そう続けて言ったかと思えば、右手首をぐいっと引かれ、唇に感じる柔らかい感触。
それが赤葦の唇だと気付くまで、瞬きすら出来なかった。
「自由奔放なあなたを何でか好きになっちゃったんですよ、責任とってください」
「う、え…?」
待って、頭の中が酷く混乱している。
固まったまま動けない私を見て、赤葦は小さく口元に弧を描いた。
「あなたと夕焼けも、絵になっていますよ」
そう言った赤葦は、また私の唇を優しく塞いだのだった。
外の空気に冷やされたその唇は冷たくなっているが、私の体は火照ったように熱くなる。
冬はもうすぐそこまで来ている。
今年の冬は何かが始まる予感がした。