カタカタカタカタ。
カタカタ。
そんな軽い音と共に二重奏をかなでるのは、なんとも楽しげな鼻歌。
いったいなんでそんな音を好むのか理解しがたいものだが、こちらに背を向けて簡単なデータ処理を行なっている白の機体は、数サイクル前からずっと口ずさんでいる。鼻歌から口笛まで実にさまざまである。
実はというと煩いんだがな、と、反対に腰掛ける白銀は頬をかいた。
「おい」
拭えぬ強烈な違和感を逃避しながら、声を掛ける。
「なんだい、メギー?」
「…」
回転させた椅子に跨がって、ある意味行動だけはスタースクリームのような反抗的な態度を取りながら、だがしかし語尾につれて慎重さを出す台詞が返された。
表情は見えない。サウンドウェーブだから仕方ないとは思う。
だがな…といちいち考えてしまうのは、こちらの精神が柔いのだろうか。
もう一人と違い黄色のバイザーをかけたそいつは、自分の知っている男とはあまりにも似すぎていた。
…こいつは、サウンドウェーブなのだ。
何度目かわからない暗示をかけながら、メギー、もといメガトロンは深く嘆息した。
サウンドウェーブ。
…デストロンの情報参謀であり、古参からのメガトロンの部下である。
そんな男である彼が、ある日、カラーリングも性格も変えて突っ立っていたのはつい先日で。
呆然とするメガトロンやスタースクリームらの前で、
「……ここどこかな?」
こてんと首を傾けて吐き出したその言葉に、幾人かの兵士がヒューズを飛ばし、幾人かが「サウンドウェーブこそどこいった!?」と怒鳴る中、
「え?俺サウンドウェーブなんだけど。」
騒然とするデストロンへの極め付けはそんな言葉だった。
そんな経緯で、今、"サウンドウェーブ"はメガトロンの勤務室に居座っている。というよりは、居座らなければ他のデストロンに(精神的な意味で)多大な被害を与えるからだ。
なまじ従来のサウンドウェーブと違ってあまりにも明るい性格なのでオブラートにそう言ったところ、やはりサウンドウェーブらしからぬ声色で残念だなあ、と呟く姿はこちらにも(それなりに)ダメージがあった。
聞いたところによれば、破壊大帝はオプティマスというコンボイ似の男で、一方デストロンは司令官メガトロンを中心にオプティマスを倒そうとしているのだとか。
不思議な世界もあるもんだ。
そう考える手前、コンボイが破壊大帝なのはこちらでも変わらないんじゃないか?なんてブレインに過ぎったが、メガトロンはそちらに気をやらないようにした。
「…なんでもない」
まあ、なんというか、サウンドウェーブじゃない気のほうが強いわけで。
色は真逆、性格は別人、ラジカセではなく車(しかも地球原語が堂々と書かれている)なのだ、仕方ない。他人行儀なサウンドウェーブ、陰湿ではないサウンドウェーブ、これらだけで十分違和感はある。
「…ならいいんだけど…」
こちらの心情を分かってか分からないような声色で、サウンドウェーブは肩を竦めて椅子を戻す。
気付かれたか?と前を見たが、後ろ姿な上そもそもマスクとバイザーであるので無駄だと悟った。
そうして悩んでいるあいだに再度響きはじめた鼻歌に、メガトロンは黄色の鉢巻きが目に染みるなと思ったとか思わなかったとか。
「…すまんな」
結局メガトロンは、(どっかの愚か者に)悪用されることも考慮してレーザーウェーブに相談してみた。というより、預けるためにと言ったほうが正しい。
「サウンドウェーブに通信が繋がらないのはそういうことでしたか」と、白いサウンドウェーブに困惑した目を向けて奴はそう呟いた。
「やはりお前でも分からないか」
「申し訳ございません。ですが」
「なんだ?」
「預かる上で、必ず手立てを見付けましょう」
ああやはり理想の部下だ、と苦労性の大帝は心底感動した。
「よろしく!…ええと、」
「レーザーウェーブだ」
無言で感激するメガトロンの後ろにいたサウンドウェーブに対しレーザーウェーブはそう返す。
目も口も見せないくせに手振りと口調は騒がしいサウンドウェーブを、彼はあまり歓迎していないようだ。サウンドウェーブの姿でメガトロンを煩わせていることも理由に入るだろう。
レーザーウェーブに向かって彼は立つ。
「手厳しいね」
「ほざけ」
サウンドウェーブもそれをわかっているらしい。だがそのわりには仕草は楽しんでいることを示している。
「レーザーウェーブとであれば戻る術も探せるだろう」
掛けられたメガトロンの言葉にぺこりと軽く体を折って、戻して、嬉しそうな声で
「サンキュー、メギー!!」
Vサイン付で言い放ったその言葉に、防衛参謀のモノアイがぎゅいと光った。
「…………………メ、ギー、だと?」
「え」
あ、これは、と破壊大帝がサウンドウェーブに手を伸ばすが、掴もうとした腕が速度2には有り得ない早さで消えた。
うわあ、と小さな悲鳴。
その方向を見やったメガトロンは、異色な光景に口元を引きつらせる。
――…片手だけでがっしと掴みあげた情報参謀似の白い機体を、排気荒い防衛参謀が締め上げていた。
「誰が、メガトロンが、メガトロン様が、メギー、だって?」
呪詛の如き低音で、震える腕が尚もその首を締め上げる中、さすがにフォローしようがないのでメガトロンは伸ばした腕をそろそろと引っ込めた。
縋るように向けられた目線に首を振る。
かといって放ってネメシスなんぞに引き返せば、この純粋なサウンドウェーブがどうしつけられて帰ってくるかわかったものではない。
――悪気というものが感じられない分、人が違ったような(実際違うのだが)サウンドウェーブをみすみす傷付ける訳にはいかないのだ。
「…放してやれ」
「ですが、」
煮え切らないのか声が鈍る。重ねて「奴は真逆なんだぞ」と宥める。
レーザーウェーブはどう思っているかは定かではないが、少なくともメガトロンにとってサウンドウェーブをサウンドウェーブとしてみることはできなかった。
なんというか、調子が狂うのだ。
「サンキュー、メギー!」
「ころす」
「学習せんか愚か者めが!!」
…本当に。
預ける預けないの話だが、あの後あまりにもレーザーウェーブの琴線に連続して触れるので、サウンドウェーブの身柄はこちらで面倒を見ることにした。
懸念したように、他者に影響を与えるため行動範囲は少ないが、根は聞き分けがいいらしい、白のサウンドウェーブは反論することなく素直に頷いた。
「それにしたってこっちのレジーは怖いね」
首を擦りながらサウンドウェーブがこちらを見て呟く。
「いや、あそこまで激昂させるのも珍しかったぞ」
「え、俺のせいかい!?」
「間違なくな」
あとその呼び方もあやつの前で言うんじゃないぞ。次はスパークだ。
とん、と本来のサウンドウェーブよりやや膨らんだ胸部を叩いてやると、想像したのか、「それは御遠慮したいな」と一歩下がられた。
(笑ったり困ったりと忙しい男だ、)
本人がいたら、このサウンドウェーブを見て即座に破壊しようとするだろう。ああ見えて行動だけは激しい。
いざ変わると中々愉快なものだ。
やや早めにメガトロンが歩く真後ろで、サウンドウェーブが、頼りなさげな声を掛ける。
「それで、メギー……メガトロン先生?」
「……なんだそれは」
レーザーウェーブにやられたことが効いたらしい。
言い改めずともいいとメガトロンは言った。
身内似の男に絞められたのはあちらのサウンドウェーブとしてもダメージがあったようだ。落ち込んだ雰囲気が手にとるように感じられ、メガトロンは苦笑する。
細部こそ違いはあれど、パーツはほとんどサウンドウェーブの面影があるのだ、これほど狐につままれたような気分になるのも滅多にない。
マスクもバイザーもあるのにここまで感情がわかりやすいとは。
「そう気に病むな」
「…うん、」
「いい子だ」
「子供じゃないよ、メガトロン先生」
「まだ言うか」
そう言ってデスクに腰掛けると、棒立ちになったままこちらを見るサウンドウェーブ。
「どうした、座ってもいいのだぞ」
重ねて言うと、数サイクルこちらと椅子を一巡していたが、ある程度落ち着いたのか慌てて走り寄ってきた。
空白を聞けば、「いや、やっぱりメギー、なんだなって思って」と戸惑いながら答えられる。
「そちらの儂とはさして似とらんだろう」
「そんなことない!」
手を掴まれてそう叫ばれて、思わず目を見開いた。
「メギーは優しいよ…っ」
その言葉の最後に音にならぬ心情が混じっていたことに気がつかない振りをした。
やんわりと握り返し、言い聞かせるように顔を合わせる。
マスクを指先で強く撫でると俯きかけた奥から、かしんという音を立てて薄い唇が現れたのが見えた。
「儂が恋しいか」
口をついて出た言葉に、その口元が震えた。
「ちょっとね、」
と口は言う。
「俺は、弱いから」
「…メギーが無意識に撫でるくらい、子供っぽいんだ」
皮肉げに笑う姿は、はっきりこそ言えないが、まさに背伸びをする子供に見える。
どうしようもない加護欲が沸き上がる。
大方、こやつの目の前で"サウンドウェーブ"について何度も語ったから、いる間だけはなりきろうとでも思ったのだろうから、逆にこちらのサウンドウェーブしか知らない儂からすれば、ある意味毒だ。
「儂とメガトロンが似ぬようにお前とサウンドウェーブも似なくていい」
違うか?
見上げた先の顔は、影になって見えづらい。
けれども、先程のような負の感情が幾分か薄れて、元の、あの子供っぽさがある明るい青年に戻りつつあるのがわかった。
「なあ、サウンドウェーブよ」
念押しに続けた言葉に、このサウンドウェーブは何を感じ取っただろう。
――…かくして、地球時間で数週間経った後サウンドウェーブは紺色のものに戻ったが、そんな彼の耳に、白のサウンドウェーブと破壊大帝に纏わる噂が届いたとか届かなかったとか。
…自身では有り得ない話に、サウンドウェーブがレーザーウェーブに愚痴ったとか、なかったとか。
そんな彼の後ろで腕を組んだメガトロンが懐かしげに目を細めていたのを知っているのは、モニター越しの単眼の忠臣、ただ一人である。
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ホームシックなSG音波さんをSGメガ様に嫉妬しつつ「可愛いなあ」って思いながら見守るメガ様の話。(配布元/虹女王)
リクエストありがとうございました。
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