胸部の装甲を溶接した継ぎ目を。
いいと言われて手を出さなかった右目を。
比べるまでもなく大きいくせに優しかった手を。
無邪気な表情を浮かべていた顔を。
それら全てを、後悔に似たものを振り切るように、最早解体器具とも言えない武器で破壊する。

…馬鹿な偽物だった。
本物もお世辞に賢いとは言いがたかったけれど、理由はどうであれ、結果的に偽物は死にに来たのだ。
装甲すら汚ならしい手を付けられて別物のような禍々しさを醸し出して、それを被ってディセプティコンに来たのだから(私に接触したのがそもそもの間違いだと思う)。
そしてこの様。

酷い侮辱だ。
そして、とてつもない命知らずだ。

偽物入りの機体の中身を殺すまでの時間はもどかしいの一言に尽きたが、手に掛けている今はやるせない。剥がして刺して傷付けるたびに何かを失っていくような感じがする。
あれが死んでいたと聞いた時は何も感じなかったのに。残念、と僅かに思っただけだったのに。
いったいどうして、こんな時になって。
今更すぎる。

取返しのつかない世界を生きている絶望感がのし掛かったような気分に、息が詰まる。
思わず力を込めたドリルが喉を抉って、瞬間、中から醜い濁音が響く。なんだ。痛覚まできちんとあるみたいだ。気付いたらまだ手をつけていない胸部を見て、見えぬ中の惨状に思いを馳せる。
思考してる間に噴水みたいに溢れ出したオイルを浴び、数秒遅れて、それらを振り払った。
オイルも未だあいつのものなんだろう。くそ。

ぎしぎしとスパークが痛む。
塗装が少し削れたが、それでも苛む痛みに胸に爪を立て蹲った。
わからなくなる感覚が気持ち悪い。
腑に落ちないような、特定出来ない感情が口元まで競り上がるのに吐き出せない。分からない。
自分で自分がわからないなんて。



「――…どうして戻ってきたんだい、ブレークダウン」


問い掛けた言葉がどちらの彼に向けられていたのかも、私には解らなかった。












手が元の機体を解体していく中で、偽物のスパークが断末魔の含んだ絶叫を上げる部屋の中で。
ふと、思い出したのだ。

「ブレークダウン、アンタに付いてく!アンタができねぇ力技でアンタを守る!!」
「ふぅん……じゃあ私はなにをしたらいいかな?」
「ない」
「ぇえ!?」
「普通にアンタがいれば楽しい!」

メガトロン治療で呼ばれネメシスに入りたてのころ、プロポーズみたいな話をした。柄にもなく気恥ずかしくなったのを覚えている。

「それだけ?」

押し殺してそう問うたら、

「それだけ!」

へら、と返された表情が眩しくて恥ずかしくて、それでも答えようと見つめたあいつの顔。
セイバートロンの戦争があってからの長くも短くもないパートナーだったけれど、あんなにも眩しいと思えたのはあの時だったかもしれない。ネメシスに乗り込んでからは、互いに語り合う時間はなくなってしまったから。
分かっていたはずだったのに解らなかった。一緒に戦っても長らく話すことがなかったせいで、今まで築き上げてきたものの大きさに気付けなかった。
…どうして少しでも元に戻ろうと思わなかったんだろうか。
後悔したって、遅いけれど。


「…あなたが死ぬなんて考えたこともありませんでしたよ」

煤けオイルに塗れた頬を撫でる。こちらの手もべとついていたが、今は気にする気なんてない。
「ブレークダウン」
ようやく光を灯さなくなった右目をつつく。もう二度と出ないと思っていた冷却水が追い討ちのように続いて叩く。発光するオイルと混じりあったそれが、頬を伝ってぼたりと落ちた。


「…あなたがいるのはあんなに楽しかったのに。」




(あなたをこんなふうに手を掛ける日がくるとは思いませんでした)



(配布元/虹女王)
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