「……」

せかせかと忙しそうに、けれども無駄もなく表情もさして変わらせないまま、上司は俺の前を過ぎて行く。
その俺よりも少し小さめの彼が、「突っ立ってないで働け」と叱咤を飛ばすまで俺はそれらを眺めていた。

あ、腰細い、なんて思ってる間に上司はまた新しい仕事を受けこなしそのスピードたるやさすがは会社のブレインと言われるだけあって凄まじく、その時ばかりは俺も下手に出ないようそれなりに働く。普通の会社の部下といったらそういう多忙な上司を助ける側に入らないと……ああもう、こんなこと話したいんじゃない。

取り敢えず、彼は小さい。
俺より頭一個分とまではいかないが、脚も長くてスタイルもいいわりに、いざ向かい合ってみるとおや?となる。実際なった。
クールビューティという言葉が似合う彼のイメージが崩れるのは、何よりもこいつのせいだと俺は思う。
ふたつめ。
ギャップというにふさわしい、その年齢。
バイザーもマスクもしているから偏見を持たれることがおおいが、実は実は、彼は俺よりも若い。
いや、俺や兄弟達も若作りだの整形し続けてるだのいわれているが、彼ほど、その事実に当てはまらない人は今まで見たこともない。率直な話、あんな綺麗な声をわざわざ変えてまで年齢隠す必要があるのかとは思うが、やっぱり俺には理解できない理由があるんだろう。

「…ああくそ、」

んでみっつめ。
私情なのは百も承知だが、とにかく可愛い。

たまになにもないとこですっころんだりだとか、案外照れやすいだとか、身内らしい双子やペットには優しかったりだとか、その他諸々。
見た目は青年中身はおっさんといわしめられた俺にとっては、性別が一緒なのを差し引いても、所謂ギャップ萌とでも言えばいいのか――…がたぎるのだ。


「…何をにやにやしている、サンダークラッカー」
「いんや?」
「……働け。」

言動も至っていつもどおりなのであまり思うことはない。強いて言えばこれが素になるとあそこまで可愛くなるのかと思えばそれだけで色々とイケるような気がしている。

ネイビーブルーのスーツをかっちりと着こなした細い四肢が流れるように作業を進める様は、いつだって見ることができ、かつ損はない。
長い睫毛が伏せられて、白い肌がパソコンの光に照らされて、しなやかな指先がキーボードを跳ねているのは、いつだって綺麗だ。
あーやべえたまんねえなその手とか口とかで色々とされたいしてほしいなしてくれ。
ちょっとばかし邪心が出るのは男として仕方ない欲求だと思いたい。男とかそういう常識っぽいのは無視して。


「サウンドウェーブ」

意を決して、呼んだ。

「…なんだ」
「あの、その、」

だが悲しいかな、内心どう思っていったって彼は上司で俺は部下で、



「〜〜…ッいぃ、一緒に飯………………現場に行きませんか!!」


嘆かわしいことに、肝心のこっちがヘタレなのである。










ぶふぁっ。
なんとも不可思議な音を立てながら、紫メッシュを入れた弟が噴出した。

「ぎゃはははははは俺たちの長男なのにそれかよっ!!」
「ないわー陰険野郎好きなのもアレだけどヘタレってのはないわー」

「ぅううううるっせえ!!」

弟とは言っても年は変わらない。
口の悪い只の双子…いやもう1人いるので三つ子である。

「ヘタレとか(笑)」
「ヘタレでも顔はいい自覚はあんだよ!」
「うわひでぇ」
「最低だな」
「しかも俺たちと99%くらいは顔一緒なのに」
「眼か表情くらいしか差ねえのに」
「「なー」」
「お前さんらにだけはそんなこと言われたくなかったぜ…」

そして情けないことに、口回りの早さも気の強さもどちらもが俺を上回っているのだ。
更にその一方が馬鹿の部類でバイトとバイト仲間と遊び惚けている次男なのに、もう一方がどうしようもない性格持ちのくせに天才肌で、サウンドウェーブと同じ職場同じ地位で働いているのが三男という。
これってどうなんだ。
涙こそ出ないが(片方はとにかく)劣等感はハンパじゃない。

同僚と呼べる地位にまで上り詰めたいとは思わないし上れるとまでも思わないが、仕事熱心で尚且つ高収入を誇るサウンドウェーブのことだ。
いつまでたっても最低限の仕事しかしない俺なんかはそもそも眼中に入っちゃいないだろうし。

うじうじと悩む俺の背中に冷えた缶ビールを投げ付け(痛え)未だ笑い続けるスカイワープが、そういえば、と切り出した。


「お前アレ抱きたいの?」

ぶはっ。
と、開けたビールを噴き出したのは俺だ。
「……はい?」
「だぁからぁ!」

「ドロドロのぐっちょぐちょのギシギシアンa「ぅおおおおおいどうしてそうなった!止めろ!!」えー」
「オイ止めろ馬鹿ワープ」
「スタースクリーム…!」

「サン…ヘタレがアイツ抱く訳ねぇだろ。逆だ逆」

涙出そう。
ヘタレって。

「訂正するとだな。俺は下になる気ぁねえぞ」
「嘘だろサンダークラッカー!」
「ざまぁ!」
「誰が可愛いって思ってる奴に抱かれるか!!」

形成逆転したことに騒ぐスカイワープを信じられないといったような表情で見るスタースクリームに、ましてやあんな細っこい腕が俺をどうこうできるとは思えん。と告げる。
案の定、「マジかよ…」と引きつった笑いを浮かべた三男。

「にしたって…てめえら人が下手に出てりゃぎゃあぎゃあ騒ぎやがってよぉ、」

テンションがおかしくなりはじめたのを弟達も気付き出したのか、スタースクリームを前にスカイワープが後ずさった。
もう知らん。
散々馬鹿にしてくれたんだ、惚気くらい。
明日になればまた自己嫌悪に陥るのだけで済むんだろうが、兄弟らの言葉といい、泣きたい程の劣等感に後押しされた今自制する気は失せた。
思い知れコノヤロウ。
涙目になったスカイワープに盾にされもがく末っ子の肩を掴む。


「待て、待て、俺達が悪かった、待っ」

「安心しろ、夜は長え。」
「ひぃっ…」




――…それからの記憶は、正直言って、ない。






頭が痛え。
体も重い。
なんだ、これ…
起き上がってしょぼつく目を擦りながら周囲を見渡す。…昨日飲み会まがいのことをした跡のままだ。あいつらめ。
足下でカランコロンと悲しげな音を立て缶共を潰しては棄て見つけては潰して、はてさて、曖昧になった数時間前の記憶を思い出そうとしたが、無意識に飲みまくったのだろう、頭が痛過ぎて今は無理だ。
とりあえず体をすっきりさせようと、べたつくブラウスを脱ぎながら、風呂へ向かう。
…本当に何があったんだろうか。

「……ん、ぁ?」

乾いた音が手を掛けた場所から出る。
なんだなんだと視線をずらす――… ん?紙?
黒が透けて見える。
文字か何かが描かれているらしい。
特に考えることもなく、指先でつまんだそれをひっくり返して見―――…ぎゃあ、と思わず声が出た。
だって、それは、これは。


"昨日すっげえうざかったから時計止めといた。ざまあ。"


電源が切られた空色のケータイと、律義に作ってある歪な形のオニギリと、さっきの紙。

「あんにゃろ…ッ」

会社員として、遅刻は痛い。
特に、末っ子の給料をメインに生活している俺たちにとって、半ば娯楽用として使用されている俺の給料は少なくなるわけで、つまりは食費だとか飲み代だとかが減ってしまう。
性格に難はあるが容姿も声も悪くないから接待をやることが多いスタースクリームややたら交遊関係の多いスカイワープなら特に問題はないだろうが、せいぜいまともな特色もない俺からしたら死活問題だ。
…知ってるくせにここまでするのだ。俺が一体なにをした。

取り敢えず、と、ケータイを点けると、かの上司から何件かの連絡履歴が。
右上に表示される時間は既に出勤時間どころか昼も過ぎ、出掛けたとしても言い訳も間に合わない。どころか、果たしてこれは辞めさせられる可能性も出て来る時間だ。
………うん。これは……死んだな。

ぼやける視界に何のアクションを起こす気も起きずへたりこむ。
追い討ちをかけるように、着信が入った。
着信はもちろん、


「あ…」

サウンドウェーブだった。










早朝06:00。

なにするんらよお、と呂律の回らん舌で抗議してくる双子の布団を剥いで起こす。
ごねる二人を小脇に抱えて、ある程度作っておいた、ハムエッグやフルーツソース掛けのヨーグルト、牛乳とサラダが並べられたテーブルの前に座らせる。
目を擦りふらふらと揺れる頭を軽く叩いて、再度告げた。

「起きろ。」
「サウンドウェーブってば早えよぉ…」
「…」
「ランブル、起きろ」

既にグローブをはめたので申し訳ないが、些かがさがさとしたそれで頭を揺らしてやる。
小さな唸り声を(ジャガーのようだ)上げて中々目を開けなかったが、隣りが食べ始めたことに気付いたのか、興味を示すと共に食欲も沸いて食器類に手を出した。そのうち、高い金属音と騒ぎ声が聞こえ出すだろう。
帰りは冷蔵庫にない食材と…あと、コンドルの餌を買い足さなければ。
既に餌を食べ終えた大型の猫がすり寄ってきたのを一撫でして、靴を履き、仕度もしてあった鞄を掛ける。
昨日の仕事と他社の動きを思い出しながら本日の仕事を確認し、時計を見る。予定20分前。よし。
「行ってくる。」
「「いってらっしゃい!」」

顔は見えずとも、すっかり覚醒した双子の声に頷いてから、長い一日が始まる。

家から出て数十秒後、駐車場の車に乗り込み身を落ち着かせてからノートパソコンを起動し、連絡がないか見た。あり。
件名以前に送信者があの馬鹿だったので消しそうになる。
他の連絡を一巡してからふうと一息吐き、果たしてどんな内容(予想としては@出世させろAてめえの弱味握ったからメガトロンを蹴落とすの手伝えB他)をかかれているのか思案しながら開いて、

「……サンダークラッカー?」


見覚えどころか身に覚えのあるその名前に、首を傾げた。

サンダークラッカー…とは、なんと、また。
スタースクリームともう1人の三つ子の兄であるのは既に知っている。癖のすべてを奴等に盗られたような、さっぱり…とは違うような気がするが、まあ、はっきり言って空色がよく似合う以外は、上司である自分以外からしたら「お人好し」「おとなしい」などとしか聞かない男だ。本人の知らぬところでは男女共に密かに人気が高いようだが。
…何故やつを?
スクロールし、文字を追う。
"色々あって、今日サンダークラッカー遅刻なんだけど"
色々について聞きたいんだが。と、さっそく沸いた疑問を押し殺し、続けて文字を読む。

"やめさせたらブッ殺す。"


「………殺す、なあ」

思わず漏れた失笑を堪え背もたれに身を預けた。
相変わらず礼儀も知らん馬鹿だ。
サンダークラッカーに関して元々そこまで気にかけなかった俺にそんなことを言って、後悔する事態が起きるとは思わないのだろうか。曲がりなりにも副社長のくせに詰めが甘い。
社長でさえ殺せない男が、ブレインである俺を殺せる可能性はないに等しかった。
だが。






「……………………ぇ、え?サウンドウェーブ、今、なんて」



正午過ぎ、俺は件の男と向かい合っていた。

「辞めることはない、不問にすると言ったんだ」
「え、でも、」

仕事もやってねえし…、そう泣きそうな面で続ける男、もといサンダークラッカー。
そんなに嫌なら言わなければいいのに、次々と自分を卑下する理由を繋げ俺の言葉を否定する。
「不満が?」
「っそんな、ことは」
「なら気にするな」
…面倒くさい奴だ。
「今からでいい。やることはやれ。異論は言うな反論はあとにしろ」とまくし立てるとそれ以上詮索する気も萎えたのか、顔ばかりは不満いっぱいにして「了解」と答えた。
弟と違い空気を読むことは好ましい。
…すみませんでした、と幾分か動揺の消えぬ声が告げ、サンダークラッカーは自席に向かっていく。
「……」
その後ろ姿を横目に、閉じて居た愛用のパソコンを引き出した。充電プラグを抜き、点けてあった画面からメール確認のカーソルを押す。
瞬間現われる、同名からのメール量に削げるような気になるのと同時に、口角が持ち上がる。

"結局どうした"
"やってねえよな?"
"やってたら殺す。"
"返事"
"返事しろ不審者"
"おい"
"サウンドウェーブ、返事しろ"

自分のしでかした事に蹴りをつけられない馬鹿が偉そうに。と、そうは思うもののこれ以上呼び掛けのメールを増やす訳にはいかない。
削除するのも面倒だ。
仕事のウィンドウを開いて読みながら、幹部としてそれなりに軽率だと自嘲しつつタッチパネル式の携帯をつけ、予め用意済みだったそれを送信する。
"俺を巻き込むな"といったような内容である。改善されるとは微塵にも思っていない。まあ、一週間くらいは大人しくしてもらえてればいい。…無理か。


…あともう一つ。

先程から、見てるこちらが苛々するほど目に見えて落ち込んでいる、その馬鹿の兄にも言わなければならんことがある(僅かながら面倒だ)。
ちらと見ると落ち込んだ背中がある。落ちていない作業率はやはり奴ならではだったが。評価しておく。
打ち終わった文面を誤字がないか確認して、送信。


――…用が済んだとばかりに仕事に手を付け始める彼の表情を見ずに、サンダークラッカーが届いたメッセージにデスクを蹴り上げたのは、当分先のことだ。







「うわきめえ」
「何だそのカオ」
「なんかやべえ、昨日よりやべえ!!」
「(*´∀`*)」
「大の大人が弛んだカオすんなやめろ!」

帰宅したサンダークラッカーを笑い者にしようと思ったら既に駄目だった。どういうことなのかは俺もわかんねえ。
後日、同僚に、疲れ切った表情でスタースクリームは語った。



(配布元/デコヤ)




----------------------------------------

おっさんっていうかヘタメンサンクラ。inデストロン株式会社。
「まだ失うには惜しい」とか「飯誘うならしっかり誘え」とか音波さんの最後のメールは多分デレです。形式上いれなかったし考えられなかった(コラ
にしてもサンクラと付き合いそうのない音波さんだ


戻る





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -