何故かスタスクがいます




インストールし終えたチップを引っ張りあげる。これで場所さえ伝われば、力数はどうであれオートボットだって遺産争奪戦に劣ることはないはずだ。
掴んだ希望に自然と笑みが浮かび、人からしてみれば巨大過ぎるコンソールから身を引いて、

(よし…っ!)

早く戻らないと。


このときのネメシスに残っていた人間――ジャックは油断していなかったとはいえなかった。
自我を持ったネメシスを相手に巧みな動きで翻弄させ、ろくな思い出がないメガトロンを細心の注意を払って利用し、そして今も自分1人がネメシスに残っているのだから、仕方ないといえば仕方ない。

くるりと後ろを向く。

飛び降りよう、走り出そうと助走をつけるはずだった足が、目の前の赤さに急停止した。
(なん、だ、これ)
ただの赤じゃない。傷一つなくしっかりと手入れされた艶めかしい赤色。まるで、生きているかのような。
焦り急っていく心境とは裏腹に、何処かの片隅で理解したくもない事実が見え隠れする。
(さっきもっと離れてたはずだ)
それもつい数分まで。
(目も、開いてなかった)
自我を持った戦艦によって、ディセプティコンは停止していて。

"生きているかのような"赤がのし掛かるように近付いて、その鋭い爪先で滑らかに頬を撫で上げる。


「――…久し振りですね」


目の前に現れた凶悪な満面の笑みに間に合わなかったのだと理解した瞬間に、聞きたくなかった絶望が、囁いた。









本当に意味なんかなかった。 ただ、目覚めたときの目の前の人間に心底驚いて、つい、手が出てしまっただけで。
悪くない仲の航空参謀に、自身を愛するノックアウトは肩をすくめて言った。

「あの女オートボットにはキくだろうな」
「まあ、こちらならとにかくあちらさんなら全員そうだと思いますがね」

口元を隠して笑うノックアウトとスタースクリームの背後で、がたんっと音が鳴る。発信源を横目に確認して、気にするでもなくノックアウトは呟く。

「まさかメガトロン様が許してくれるとは」

それまでいやらしい笑みを浮かべていたスタースクリームがおおきな眉を顰めた。

「あんなきちがい放っとけよ」
「おやおや」
「気紛れなんていつものことだ」

俺の折檻以外はな。忌々しげに航空参謀はリペアルームを歩く。ヒール状の脚が硬質的な軽い音を立て床を突く。
黙っていれば本当羨ましいくらい美しいのに、とノックアウトはサーキットで思った。
タイミング悪く、苛立ちにまかせ睨み付けて来た彼を宥めて(自業自得だなんて言える訳がない)、再度音を響かせた背後のもの――…


「…男の子がそう騒ぐんじゃありませんよ」

吊り下げられた鎖に絡められるようにして宙に揺れる小さな檻の中―…そこに捕らえられた人間、ジャックは押し込められていた。




ノックアウトが捕らえた者にこういう処置を施すことは今までになく、誰もが首を傾げていた。
「どうしてあいつなんか?」
「軍医サマのお考えなさるこたぁよくわかんねえな」
「メガトロン様の害にならねえんならいい」
「…」
軍医を相棒にもつ巨躯は言った。裏切りばかりする航空参謀は言った。元シーカーの大型ジェットは言った。情報参謀は何も言わず何もしなかった。
「いやあ、なんとなくですよ」



駄目でしょうか?

ぐったりと力を失った檻の中の人間を差し出して浮かべた笑みに、
「…壊すことは許さん」
破壊大帝は唸り、しかしながらも承諾した。
同僚やヴィーコン達ならまだわかるとはいえ、あの破壊大帝がこのことを許すとは思っておらず、やはり気紛れなのかはたまた何らかの意味があってなのかは謎のままだ。しかし承諾されたのは間違ないし、こんなのがきっかけなのもアレだが、ヴィーコン達による警備だけでなく承認されていないトランスフォーマーに反応するセンサーもはった。
重警備すぎるが、それで守るにはあまりにも虚弱で意味はないが、価値ある人間だ。
女オートボットとの絆は誰もが知っているし、オートボットへの人質はディセプティコンと違って本当によく効く。元々仲間にですら過保護な彼等が、脆さが特徴の人間を人質にされて大きく動くことはないだろう。


「人質は人質らしくしないと」
「っうるさい!」

こっちからしたら頭と同じ高さで人間からしたら十分な高度のはずなんだけど、彼は落ちる気なんだろうか。ノックアウトがそう思案するほどジャックは檻を揺らした。振り子の原理で揺れ出す中で柵にしがみつくもそれでも気丈に睨み付けてくる姿は、彼としても理解出来ないものがある。
これだから粗暴なナマモノはと見下しても、別段口で言っている訳でもないのでジャックは依然睨んだままだ。
どうやら揺らすことは諦めたようだが、まだ画策していることはあるらしい。
メガトロンが人間の子供等の中でもこれを最も気に入らないと露骨に示している理由が少し分かったような気がした。

「…自覚なしに暴れる人質も考えものですね…」

吐かれた溜め息にスタースクリームが反応した。

「じゃあ冷凍しちゃうかあ?」
「死ぬだろ!」

すかさず返す人質もといジャック。
スカイクエイク復活の時より妙な強みがある彼と、逆に複雑な弱みを持っているスタースクリームは、もちろんだが仲はよろしくない。メガトロンよりは幾分かマシではあるが。

「カリカリユラユラやかましいやつだなあオイ」
「お前にだけは言われたくない!」
「おやおや…」

わりと仲よかったんですねとわかりきったような笑みを浮かべノックアウトがそう言い、

「「誰がこんな奴なんかと!!」」

即座に揃った不協和音に噴出した彼に、ジャックからもスタースクリームからも罵声が飛び出した。



「冗談キツいぜ先生よ…」
「うん、ごめんね」
「あと棒読み隠せ」
「これは私なんで諦めてください」

そう肩を竦めたノックアウトは、笑いの余韻に表情を緩ませながら鳥籠に似た檻を両手にとった。不安定な揺れが大きくなって、バランスを崩したジャックは柵に背中を打ち付ける。
恨めしげに睨む視線は受け流し、赤い軍医は、檻ごと愛でるかのように鋭い指先で彼に笑いかけた。

「――ああ、でも」

「ぁん?」


突如として前触れもなく出された声にスタースクリームが首を傾げノックアウトを見る。
一体何事かと問おうとした彼だったが、元より整ったその表情が恍惚に歪んでいること、そして何よりこちらに気付いていないことを察すると、巻込まれることを否としたのか一歩下がり、



「…やっぱり君を捕まえられたのは幸運だ」


無論、その不穏な悦びはジャックにも伝わった。


ぞわ、と。
ねっとりとした狂気染みた音にじんわりと鳥肌が立つ。
気持ち悪いとかどうとかいう以前に、メディックノックアウトの起こす行動の一つ一つが何か恐ろしいようなものに思えて、今現在その掌の中に居るジャックの気は張り詰めるばかりでまったく休まらなかった。
…安らぐなんて元より思ってもなかったが。
「…何をそんなに怯えてるんです」
「っ怯えてない」
「そう?」
こんなに青ざめて震えているのに?と、近付いた顔が嗤った。
「別に暴れる云々は冗談なんですよ」
「…」

「ね?」
強めに揺さぶりをかけられてジャックの身体が前方に傾き、あっという間に頭ごとうつ。ジャックが痛む身体と不安定な意識を取り戻すまで、多少なりとも間があったのは言うまでもない。
それでも、言い返す気は失せても、オートボットの基地、もとい自身の居場所に戻る希望は失せない。
荒い息を吐いて、ノックアウトから眼を逸らしジャックは檻に背を付きしゃがみ込んだ。

「なにがしたいんだよ」
腕に顔を埋め彼は呟き、

「なにって、人質じゃないか」

あっさりと返された現況の元凶の軍医の言葉に、当たり前のことも忘れるなんて、と沈み込んだ。
黙ってばかりのサウンドウェーブだったらまだしも、こんな人間染みたレース野郎なんかに諭されるとか。アーシーが居たら、と思ってしまったこともなんとなく悔しい。

「別に情報もない」
「でも盗ろうとしたでしょう?」
「…お前メガトロンより嫌いだ…」
「うわ酷い」

どうしてです?
些か不機嫌を混ぜ込んだ紅がジャックを覗いたが、視線を逸らしたジャックが気付く由も無い――…それに、敵の心理感情が細部まで理解出来るほど感情移入もしていないので。
「そういうところ」
やってらんねえとドアを通っていった大嫌いなジェット機を見ながら、拗ねた口調で続けた。

「そういうところ…ねえ」

「…なんだよ」
「んん?」

上辺だけ笑いつつ、手には力を込めその爪を檻の上部に突き立てたノックアウトに、それを見上げたジャックが不安げに言った。目を合わせない行動はノックアウトにとってそれなりに気に食わないことではあったが、興味の対象に自主的に話しかけられたのは逆に気分がいいことだったので、口調は柔らかく返答される。
「どうしたら私に好意を向けてくれるのかなって」
とはいえ、機械だが男には変わりないノックアウトにそう言われたことはジャックに大きな衝撃を残したようだ。
「君を捕まえられたのは幸運だ」と続けられただけでも相当なものなのに、いつもの嘲笑を浮かべた表情を崩して眉を下げられて言われるのは、色々と複雑だったらしい。

「…嘘吐け」

でも出来ることなら、と僅かに期待したのは否定出来なかった。無論、ジャックがノックアウトを好きだとか一目ぼれしたとかそんなものではない。
ただ、話し合えるかもという希望を掴みかけて。
成り行きとはいえレースに共に参加したこともあったし、それにそのあまり好きでは無いが人間染みた行動に少なからず、そういう期待をしてしまったのだ。

「うん、嘘だよ」
「分かって――…っ!?」

ばっと顔を上げ、ジャックは瞬時に後悔した。
表情なんか変わってなかった。希望なんかもつんじゃなかった。
そう心底思うくらい、その表情は愉悦に満ち溢れていた。それはそれはもう嬉しそうに。幸せそうに。


「どうぞ、お好きなだけ君の気持ちを言っても構わないですよ」
「だってどうせ変わらない。誰が助けに来ようと、私は絶対に君を手放したりはしません」
「…さすがに、ここまで言ったらわかりますよねえ?」

「別に嫌いだっていいんです――…だってそっちのほうがダントツに面白いんだから。」

滑らかに伝う台詞は聞きたくなかった。
アーシー。
頭を抱えて、パートナーの名前に縋った。叫んだ。そうでもしないと気がおかしくなりそうだった。
「アーシー…ッ!!」

なんで、なんで期待してしまったんだろう。

ジャックの身体は憤りと恐怖で震えていた。
赤の機体はそれ以上続けてこなかった。それがまた、ジャックを精神的にいたぶっていくのを、ノックアウトは判った上で、理解した上で薄く笑って見ていた。

「あの女がそんなに大切ですか」
「…っあ、ぁ、」

追い討ちは止まない。

「私よりも?」


弧を描いた唇は、残酷な言葉を吐き続ける。











さあジャック、顔を上げて。ほら、ちゃんと前を見てください。元パートナーの女が顔を歪めて壁を叩いていますよ。醜いですねえ。あ、こらこらこら、何処に行こうってんです? こちらからは見えてもあちらから私達は確認出来ないと言うのに。 …え? 助ける?君が? やだなあ何を馬鹿なこと…… へえ。 そこまで言いますか。 メガトロン様が言ってたように本当に妙なところで反抗するんだねえ君。今更何をしようっていうんだい? …うん。…へえ。フェイクのフェイクなことくらいわかりますけど、今更君がいったところで彼女が無事にオートボットの基地に戻れると思います? うんそうだね。確かにその理屈は正しいよ。合ってます大正解。それはおめでとうございます。
「だけどね」
片足を鎖に繋いだ、小さな人間の前にしゃがみ込んだ。
「私が言ってるのはそういうことじゃないんだよ」
馬鹿なその生命体に向けて、潰さない程度にその胴体を摘む。悲鳴が心地いい―…ああいけない、殺してしまいたくない。


「君が彼女を助けて助けられるのと私が彼女を爆殺するのと、どっちが速いと思ってるんだい?」

あの女は殺したいし邪魔だけれど、少年の顔を大きくかえてくれるのはあの女だけなのだ。
案の定、ジャックは目を見開いて、後者をやめるよう哀願した。

「やだなあ、冗談ですよ、冗談」

見開かれた瞳が、悔しそうに、だがしかし諦めた色を含んだ私を睨んだ。
これだからたまらない。


ここまでやるのは簡単だ。

少年に関する情報を仄めかして、女1体しかこれないような状況をつくって、誘導してどこか一ヵ所に閉じ込めて、少年にダメージを与えたらスペースブリッジで強制送還する。それだけ。
少年の顔が見たいがためにやりだしたことだが、オプティマスとの接触が増えた所為かメガトロン様には咎められなかったし、オートボットの力も徐々に押せるしで結果オーライだった。こちらとしては願ったり叶ったりだったのだが、まあなんというか、さすがにサウンドウェーブにはど突かれた(彼以外はとにかく業務をこなす彼にとってスペースブリッジの多重使用の報告書をまとめるのはさぞかし面倒だろうから)。

何度目かもわからなくなってきた娯楽のためのスペースブリッジのキーを叩こうとした瞬間、少年…ジャック・ダービーが何事かを呟いた。
…うん、聞こえた。
"何でも言うことを聞くからもうやめてくれ"だったかな。
聞こえたよ。

「うん」
「え…」

笑い掛けた口元に、傷付けないように人指し指を当ててやって。



「駄ぁ目」




当たり前じゃない。
せっかく捕まえたんだから。

…自分でも予想以上に喜んでいるこの声は、あの女には響かない。でも、彼には届く。
証拠に、あの女の表情は依然変わらないままで、ジャックの表情はそれはそれはもう素晴らしいものになっている。
目からはらはらと液を流す姿もなかなか良いが、やっぱりさっきのでないといけない。あの表情だけで、絶頂に近いものが味わえる。

「…イイ顔ですよ、今の」

だから褒めた。
彼に、反応はない。
いつか肯定してくれることを気長に待とうと、私は笑いかけた。



「だから"また"、見せてくださいね――…ジャック。」






(配布元/虹女王)
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