つい最近セイバートロン中心部ケイオンにある政府の中に、新しいサイバトロニアンが迎えられた。
先の事件の生き残りであるその子供は、防衛長官であるメガトロン直々に育てられるらしい。という話題がケイオン周辺に広がったのは、サウンドウェーブと名付けられた子供をメガトロンが育てると上層部に言い放ってから、間もなくのこと。

貴族階級のみの政府の維持に対し年若いプライム――オプティマスに言及され思い通りにいかずはらわたが煮えくり返っていた最中の、情報参謀の後釜だかなんだか知らないがどこぞの集落から拾ってきた子を、プライムを支える防衛長官が育てると言い出したのだ。
防衛長官とあろうものが、と上層部は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
だが、元々闘技士であったメガトロンやら年若いプライムやらにこれ以上好きにはさせないと私欲が混じったその意気込みは、市民からすれば強さの象徴であるメガトロンと英雄であるオプティマスを否定するに等しいもの。
あっという間に尾鰭が付き、普段指をさして罵倒できない上層部をここぞとばかりに目の敵にした。
子供は関係ない。メガトロンにお前らが思っているような悪意はないだろう。マトリクスに選ばれたプライムを政府が認めずして何が政府だ。等々。
オプティマスがフェイスパーツを引きつらせ「…やりすぎじゃないか」「気のせいだろう」とメガトロンと言葉を交わす姿が目撃されたり話題になったあたりからは鎮まっていったが。

それがあっても、メガトロンや、ましてや孤児であるサウンドウェーブにまともな対応などされるはずがなかった。

オプティマスやメガトロンを慕う軍の関係者こそは不信感を持ったりしたものの嫌う者はいなかったが、別にリーダーに従わずとも自身の派閥に栄光さえあれば、というサイバトロニアンに歓迎する気などない。
先代情報参謀の敵を作りやすいその性格に巻き込まれた者も多く、似ていない箇所が大きさと色しかないようなサウンドウェーブはまさに恰好の的だった。メガトロンにとりついて彼を引き剥がそうとする輩も多くいた。
軍に必要だと、育てると言い出したからこそ温い孤児院に預ける気は一切ないメガトロンからすれば、上層部よりも自身の配下にいる仲間等の方が遥かに危険で、サウンドウェーブを預けられるような平穏なサイバトロニアンはいなかった。





「―…というわけだ」

「おかしいだろう」

「なにがだ?」

「私に子供の面倒をみる余裕はない」

「金あるくせに…」

「何か言ったかスタースクリーム」

「何でも!」

「貴様は黙っていろ」

「はい…」

「じゃあなショックウェーブ」

「待てこら置き逃げするな」

「してない」

「してるだろう」

「未来の幹部を任せただけだ」

「貴様…」

現在、私の前には大型ディセプティコンが2体いる。一体はスタースクリーム、もう一体はメガトロンだ。
アポもなしに押しかけてきたこの2体のディセプティコンは、まあ、同僚である。それはいい。メガトロンのあまりにも異様な風貌が、先程長らく研究してきたとある反応についてようやく答えが出たのにもかかわらず、思わずサーキット内の考察および結果を削除してしまった原因だとしても。それはいい(自分にも非はある)。
…だが、それはなんだ。
柄にもなく動揺したサイバトロニアン――ショックウェーブはフレームを細めてメガトロンを見やった。
破壊者と呼ばれる戦闘型トランスフォーマーならではの体躯に見合わず、傷つけぬよう、そっと手で押さえられた小型のそれ。メガトロンの胸板に身を寄せるように身体を丸めているそれは、どう見ても…子供、である。深く考えるまでもなく、即座にショックウェーブはその子供こそ渦中のそれ、つまりはメガトロンの立場を危うくさせている危険因子であると理解した。
すぐさま手を振り帰るよう伝える。
勿論、それくらいではメガトロンは動かない。

「見切るのが早いな」

「流石に分かる。帰れ」

むしろ嬉しそうにみえる。カリスマ性の高さからだろうか、その行為に苛立ちこそ感じこそすれ、あまり不快感等を感じないのはリーダーとして喜ばしいとは思う。
が、面倒な子供を背負いこまされるのは御免だ。
頭がよかろうがスペックが高かろうがここまで噂話のネタになったのだ、先代の跡継ぎ(そういう解釈にしておく)というだけでも十分な理由であるだろうし、 少なからず知名度の高い自分に預けられたとなれば子供はともかく俺にも火の粉がかかる。そこまで痛いことではないが、面倒事は遠ざけるに限るだろう。
いらん、ともう一度突き放す。
と、メガトロンの胸板に身を委ねた子供がこちらを見た。反射を逃れたバイザーの一部に切れ長のカメラアイが垣間見え――こんな成りの私が言うことでもないだろうが、それが中々に目付きが悪い。よくよく眺めてみれば、あまり変調のなさそうな顔をしている。澄ましているというとしっくりくるかもしれない。

…何にせよ、子供らしくない。
残念ながら加虐(と幼児)趣味は持ち合わせていないので、別段泣かせたいとも屈伏させたいとも感じないが。
「帰れ」
次いで、餓鬼も一緒になと付け足した。
こちらに任せる事自体がおかしいのだ――メガトロンの立場ならオートボットに任せる事も可能なはずだのだから。オートボットだって流石に餓鬼一体位まともな教育をすることができるだろう。
もう一度目の前の僚機らを見やった。

…英雄と讃えられるメガトロンが何という様だ。
そう思い、長々とここまで真面目に対応し考えたことが一気に馬鹿らしくなる。
向かい合うのをやめ、研究に戻ろうと実験器具に手を伸ばし――…センサーに僅かに届いた声に動きを止めた。




「後悔するぞ」

「……何だと」
「聞こえなかったならいい」
「…いいや」

薄ら紅く発光するバイザーがこちらを向いた。細められたアイセンサーが音を立て私に焦点を絞る。
優勢にものを言う、白銀の中に居る子供に近付く。スカルペルらの同類らはあれ以上大きくならないが、これは本当に小さく小柄だ。…本当に成長するんだろうか、という疑問が浮かんだが確実に機嫌を損ねるので黙っておく。

「他機共に埋もれる気はない」

先を促すように言おうとしたところ、それよりも早く子供が口をきいた。つくづく食えない餓鬼である。

「―…先代に逢うのは御免被る」

「私は関わりたくない。」

はっきりと、今度こそこちらが遮ってやったら、露骨に舌打ちした上に「石頭め」と吐き捨てたのが聞こえた。コケにされているのが中々腹立つ上、私よりも製造が少し早かった元情報参謀の面影が垣間見えるのもまた拍車がかかる。小さい癖によく回る口も回路を逆撫でするような態度もそっくりだ。
馬鹿ジェットめ、笑ってる暇があったら少しは行動に移せばいいものを。使えん。
含み笑いに肩を震わせるスタースクリームの腕を捻りあげながら、英雄はにやにやと口角を上げながら餓鬼を撫で、私の装甲をカツカツとつついた。

「そんなことを言わずに騙されたと思って手元に置け、ショックウェーブ」

「…命令か」
「命令だ」

そのような価値はなさそうだが。

「火力はともかく情報操作は間違なく貴様を上回っている」

一部のコンストラティコンがこいつの電子パルスで失神したと苦笑いするメガトロンに、疑わしくも驚いた。
もう一度見る。
当たり前だとでも言うようにそっぽを向いた餓鬼の態度が一瞬興味を薄れさせたが、こいつの小柄な機体の中にその程度の情報操作能力が備わっていると思うと、そんなことはどうでもよくなってくるくらいには、今のメガトロンの台詞は魅力的だった。是非とも解体したいと思う。


「解体するな」

「…これだけは面倒な能力だ」

品定めするように真正面からサウンドウェーブを眺めるショックウェーブの、組まれた腕をサウンドウェーブのケーブルがべちんと叩く。
流石に痛みはないものの、手を出された不快感にショックウェーブのフレームが細められた。

「今のはお前が悪い、」

自身を加護するかのように餓鬼がこちらを睨む。
確かにショックウェーブに非があるな、そう呟いたメガトロンに心底これがメガトロンでなかったらと思いつつ、拳を下げた。

そしてふと思う。
もしも私がこれを引き取ったとして、もしも私が引き取らなかったとして。これの育て方を一歩ふみはずせばどうなるか。そもそも関わらなければどうなるか。
サウンドウェーブという餓鬼の、ディセプティコンにとってのメリットは私に左右されるのだ、とようやく合点がいった。

「研究心で少々気がたっていたようだ――…メガトロン、」

銀の巨躯を見つめる。


「私に何をさせたい?」

待っていたと言わんばかりにメガトロンの表情が歪んだ。実に英雄らしからぬ凶悪な顔だ。



「―…サウンドウェーブを次期情報参謀として育て上げろ」


「…というと、」

高らかな声でそう言い放ったメガトロンが、促す台詞に再度笑う。

「『先代』に合わせるにはまだ惜しい逸材だ」
(中身や出生を知るのにも、科学者であるお前が仲が悪かったら困るだろう?)

ブレインスキャンをされる可能性が高いにも関わらず聞かれてはならないようなことを楽しげに宣って、次期情報参謀の羽根を開いては伸ばし、それらを指先でなでながらメガトロンはショックウェーブを見た。
剣闘士時代にはよく見られていた強い光は絞られ、一層強くなったそれらは拒否を許さない。

「………………来い」

どうして俺が、と思う反面、確かに中身を知ることが出来るのなら、という期待が沸く。
じっと上目遣いにこちらを見たままメガトロンから離れようとしないそれを手招きした。が、むしろメガトロンに身を寄せる一方で埒が明かない。
と、そこで、

「行ってこい、サウンドウェーブ」

鶴のというか、王者の一声が。


「…メガトロン様…」

小さく唸って、しかし縋るような動きをして餓鬼が控え目に呟いた。
嫌と言うよりは…なんなんだろうか。
親に捨てられた子供のような。いや、実際それに似たようなものだろう。
それに、今まで見た限りでも、私に対して慣れが出来たかと考えると、それはこんな考える餓鬼じゃまだ不信感を抱いているはずだ。普通の考えない餓鬼なら来る。

「不安ならば今だけスキャンをして構わん――…俺も、ショックウェーブにも」

彼らが持ち合わせているのは悪意ではないと諭すメガトロンの姿は大層真面目で長年付き合っているこちらからすれば相当な違和感を覚えたが、空気を読まない発言は控えて置く。何より、あの小生意気な餓鬼が、そのメガトロンを見つめているのは中々面白い。


「ッ」
「こら、やめんか」

ひょいと餓鬼を掴む。
首、というか体格差のせいで片手で機体を掴む形になってしまったが、構わずメガトロンから掬い上げた。
咎める表情をしたメガトロンが「またそういうことを」と悪態を吐く中、力加減を間違えぬよう固定してから、その強張った機体をできる限りの慰め(如何せんこのようなことをするタイプではないので)をしてやる。
「悪いようにはしない」
「そんなものありふれた該当句だ」
「…解体するぞ」
「上辺だけだろう」
「誰がお前みたいな鼠に欲情するか」


ぶはっ。
耐えきれなくなったメガトロンが噴出したのがわかる。



「……」


目の前にいるのは、先程までの不安げな表情と仕草が非常にまともな子供らしかった"餓鬼"。
よく分かった、よく理解した。

アイセンサーを絞り、手の中の機体を見る。
長年トランスフォーマーとしての種族について調べてきた私でさえ一瞬わからない、餓鬼の複雑な表情を見、再度理解する。

メガトロンはこれらを知っていたのだ。
小生意気どころかその気になれば堅物の重役でさえ堕落させられるであろうこの餓鬼が、不安定すぎる子供らしさと大人しさの釣り合いがアンバランスなことを。

味方はどちらだと声に出さずに排気して、それでも何かしらの文句を言ってこないあたりなんらかの意地を張ってスキャンしていないのだというのは、中々可愛げのある。メガトロンが許可したからこそ、敢えてそれに乗るのはよろしくないと深読みしたのがよくわかる。

「これからは、私がお前を育てる」
「……わかっている」
「…」

不信感でいっぱいいっぱいになっているだろうがこちらにも時間がないので、ぼけっとしているスタースクリームを蹴り飛ばしつつ歩を進め、着実にメガトロンから引き離していく。
掌の中、身をよじる餓鬼が今更になって今日一番の睨みをきかせてきたが、所詮は子供であるので。

「貴様の行く末が不安だ」
「…結構だ」

「そうだな。だが」



私はもうお前に興味を持っているんだ。




――…さて、問題児もとい次期情報参謀、はたまたサウンドウェーブはブレインスキャンをしただろうか、と。
思った直後の反応を思い出し、どうせ気付かないと知った上で、僅かにほくそ笑んだ。



冷徹な科学者は心なしか嬉しそうに、顔を俯け機体にすり寄る問題児を胸に抱いて廊下を歩いていく。



(配布元/空想アリア)
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