「メガトロン様!?どうして」
「――サンダークラッカー、何故その人間がお前の手中にいるのだ?」

焦るサンダークラッカーを厳しい目で問詰める上司という修羅場のような光景を眺め、半ば他人事のような思いを抱きながら"破壊大帝"についての印象をまとめてみる。

目は赤い。白というか白に近い銀色。ロボットのくせに皺に似た出っ張りが頬にあって、出て来る声も、サンダークラッカーと比べると力強く威厳がある。他の特徴を探すが、たった一日の内に出会った多くのトランスフォーマーがあまりにも人間くさく、嘆かわしいことにトランスフォーマーの生態も種類の違いも全くと言っていいほど理解出来なかったので、取り敢えずそこで区切る。

目に見えてうろたえわたわたと慌てるサンダークラッカーの手の上の居心地が悪くなっている、というのは言わない方がいいだろう。本人も慌てる中辛うじてそれを自覚しているのか、その揺れが唐突に止められて居心地の悪さに拍車がかかっているのだが。
ともあれ俺の命運を握っているのは物理的にはサンダークラッカー精神的にはメガトロンやらという上司である。
なんでこんな面倒なことにと思ったが、原因は手抜きドアとサンダークラッカーと鉢合わせしたタイミングだと思うので今それを口に出すのはよろしくないと思いとどめた。
サンダークラッカーの手に乗っていて分かったが、この基地(なのだろうか。少なくとも人間では必要のない高さだ)はトランスフォーマー達からしても広い。少なくとも下手に逃げるより暫く大人しくしていたほうがいい、というのが部屋から出てからの結論だった。
「なに、ドアの不備?」
「こいつの高さでも開いたようで」

ヒステリックに騒ぐ馬鹿な上司じゃないからまだいいほうか、とサウンドウェーブは悲観を通り越して嘆息した。これなら希望を持ったっていいはずだ。

「まだ他の奴等には公にしとらんのだ、あまり連れ歩くな」
「す、すみません!」

グン、と。

サンダークラッカーが勢いつけて頭を下げ、それと同様手の中の不安定さがピークになった。瞬時に目の前の景色が融け流れ、風の音と共に身体がつんのめる。
サンダークラッカーの指を掴む手を離さまいと力を込めたが、巨躯の遠心力の凄まじさにするりと指がすり抜け、ぶれる視界に吐き気が込み上げる。
近付く床に息を呑んだ。

「――…あ、」

投げ出された身体が思い通りに動かない。

「サウンドウェーブッ!!」


半分以上お前の所為なんだが。

頭の片隅で思った言葉が現実に吐き出せないことにもどかしさを感じるも、それもこんな馬鹿げた死にかたでどうでもよくなるのかと思うと腹が立つ。
トランスフォーマーがいなければ、もしくは俺がずば抜けて(自覚済み)機器類を弄れなければよかったのに。

死ぬ瞬間が遅く感じるというのは本当だったか、と目を細めて、音を立て接近する床の気配に身体を縮こませた。




衝撃。

手から振り落とされた時とは逆に今度は掬い取られ視界が上昇する。上やら下やらにジェットコースターの如く変化する浮游感に息が詰まり、追い討ちのように喧しさが音量を伴い身体を包み込んだ。
無事生存出来たことに対しての安心を吹き飛ばすそれに、悲しくも焦った身体は愚痴の一つも言えないまま硬直する。

(…この空気の読めないのはなんだ)

ぼうとする頭を振って、煩さの声の元を見上げる。

「こんな弱っちいヤツよくもウチの軍に入れるなんて言えましたなあ、メガトロン様」

俺の日常を完封なきまでに崩したトランスフォーマー。あの、電車を覗き込んでいたトリコロールカラーの。
嬉しげな声も顔にも、聞き覚えがあった。が、名前はいまいち覚えておらず。


「スター…なんとか」

思い出すにはあまりにも色々な事があり過ぎる上、今の揺れといい勘にさわる言葉といい印象は全くもってよろしくない。
これ以上トランスフォーマーに深く関わるのは面倒だし、何よりこのトリコロールの――…悪意満々に歪められた目に見つめられるのは落ち着かない。絶対何か企んでいる。
「その人間を降ろせ、スタースクリーム」
メガトロンが命令する。
にやにやと口角を上げたまま、再度勢いよく手が降りた。

「やめんか!」
「何をそんなに焦ってるんで?」
「それは脆いと言ったろう、理解しとらんかったのかこの愚か者めが!」

突き転がすように床に降ろされたサウンドウェーブは、鈍る平衡感覚に惑わされたまま数歩進み、がくん、とその場に腰を落とした。
(気持ち悪い)
視線も扱いもそうだが、物理的なダメージが主なことに先の読めない不安が重くのし掛かっているようだ。外傷こそほぼないが、怪我がないというのも後々の悪い予想が当たってしまったらと逆に悪寒がする。
―…まあ、悪寒とまではいえずとも怪しげな台詞は言われたのだが。
未だぐわんぐわんと揺れる脳内を叱咤しつつ、降ろ(落と)される前にスタースクリームが囁いた言葉を引っ張り出す。

――あとで俺の部屋に来い。助けてやるよ――

改めて思い出すと、嗚呼、嘘が下手でうさん臭さ丸出しだなと思う。
先程メガトロンはこのトリコロールを「愚か者」と言ったが、トリコロールは毎日こんなに怪しさ満点なんだろうか…だとしたら重症だ。

先が見えん、とサウンドウェーブは肩をおとした。



「あ、あの、ごめんな…?」

去っていくスタースクリームを茫然と眺めるサウンドウェーブに、サンダークラッカーはしゃがみ込み恐る恐る言った。
表情には出してやらない。が、睨めば元々気弱そうな顔が一気に泣きそうな顔になり、「サウンドウェーブぅ…」と名残惜しげに声だけ漏らして俯かれた。メンタルが弱いらしい。
さっきのトリコロールと顔が一緒のくせに色だけで性格が違うのは、本当にトランスフォーマーの人間味は底知れぬものがあると実感する。

「…遭ったのがお前でよかった」
「え?」
「幻聴だ」

トリコロールだったらどうなってたかなど想像に容易い。
サンダークラッカーの隣りで未だ腕組みをして仁王立ちしているメガトロンも、奴に比べればまともだと思う。


「サウンドウェーブ」

過ぎった考えに心底同意していると、低い声――…組んだ腕を伸ばしたメガトロンが俺を見ていた。巨大さと威圧感に圧倒される。破壊大帝は兎も角としても、サンダークラッカーの上司的な位置にあたるトリコロールと比べずとも一目瞭然だった。
たまにこれが研究所やら発電所やらに半日常的にやってこられては、確かに危険視するのも頷ける。
人間くさいことを除けば、だが。

「…敬語にしたほうがいいか?」

学習したらしい、今度は両手で包み込むようにしてサンダークラッカーは俺を掬い上げ、

「構わん。好きにしろ」
「…では遠慮なく。」

そのままひょい、とメガトロンが伸ばした手の中に預けた。粗雑な扱いは変わらないようだ。が、右手に座らせ、わざわざ左手で背もたれらしき形を作るのだけは今までと違い、しかもがっしりとした掌は殆どぶれず、サウンドウェーブは恐る恐る力を抜いた。座って、肩を寄せ、溜め息が一つ。
それらを見届けたサンダークラッカーは安堵の表情を浮かべ、じゃあ俺は仕事に戻るから、とその場から走り出した。声を掛けようにも足幅の差であっという間に見えなくなってしまったので、勢いで伸ばしたサウンドウェーブの掌が物足りなさげに宙を掻く。

「別に隔離する訳ではない、安心しろ」

メガトロンは、それを宥めるように引き寄せた。

「別にそんなつもりじゃない」
「素直に言ってしまっても構わんぞ?」

頭を撫でようとしたのかこつんと当てられた人指し指に無言ながら驚いたサウンドウェーブだったが、これ以上驚き続けたら保たないと直感し、そこは素直に「やめてくれ」と言うと
「そういう素直じゃないのだがな」
「元々そんな性格じゃない」
全く、と、別の事を期待していたらしいメガトロンは深く排気した。



ペースに流されていたと理解したのか、数秒後、サウンドウェーブはメガトロンを見上げ「どうして俺を?」と切り出した。

「お前を、というのは」
「そのままだ」
「ああ…確かにな」

「お前の星の言葉で簡単に言えばスカウトに近い。」

スカウト。

サウンドウェーブは瞬きした。

…普通にあのスカウトでいいのだろうか。
トランスフォーマー等はそれぞれサイバトロン"軍"デストロン"軍"で戦争をしている。確かにどう見たって決着がつかなさそうなふざけた戦い方をしているが、果たして侵略する星の人間を侵略者側がスカウト、そもそも手に入れようなどと考えるものなんだろうか。

「俺は戦ったことがない」
「知っとるわ」
「それに情報操作云々は間違なくトランスフォーマーの方が専門なんじゃないのか?」

矢継ぎ早に続けられた言葉に、それまで楽しげな表情だったのを一変させ顔をしかめた破壊大帝が苦々しげに応えた。

「1人は愚か者、1人は違う星、他は阿呆か脳筋だ」

口の回るサウンドウェーブですら、言葉を失い心底同情した。
確かに生中継のTVに頭脳派に見える赤目は見えなかったような気がする。
というと、つまり。


「…帰す気はないわけだな」


情報操作が得意なことも、その他のこともよく知られてしまったわけなのだから。

「そういうことになる」

しれっとメガトロンは言い放った。

「まあ内心悪い気はしていないようだが、(案外楽しそうだ)」
「…馬鹿な」
「今のところ、お前が軍に入ると喜ぶのはサンダークラッカーとスタースクリームだ」

後者はいらんと突き返す。
「軍なのにそんな軽い調子で俺をいれて大丈夫か」
続けると、
「失礼な。大真面目だわい」
「…」

「なんだその目は。」


「…いや、」
「言いたい事があるなら言え、帰宅以外はきいてやる。」

破壊大帝という割に寛大過ぎるのではないかと思いつつ、帰れないのなら、と俺は先程のトリコロールの言葉を言っておいた。
ぴくりとメガトロンの頬がひくつき(金属の生命体はわからない)、
「…そうか。」
憤怒と呆れを押し殺した低い声と共に、両手でがしっと俺を掬いあげた。

「…あと出来ればいきなり持ち上げないで欲しい」
「うむ。善処する」
(善処か…)

―…あれには悪いが、利用されると分かりながら従うのは御免だ。
強くなさげな(自分から見れば十分に強大な力に見えるが)機体だったが、裏切り行為を働くような男に、果たして仲間が居るのだろうかと考えると間違なくそれはないと思う。むしろトリコロールもといスタースクリーム相手に他複数のロボットが襲いかかったら、間違なくそれは一体しかいないスタースクリームの敗北は確定したようなものだろう。それに俺が加わったところでプラスもマイナスもあったもんじゃない。


「逆恨みされるだろうな」

裏切るつもりがされたのだから。
ぼそりと呟いたそれをメガトロンは拾い肯定した。悪趣味な奴よ、と笑いながら続ける。

「そういう輩を見るのが好きなんだろう?」

「…まあ、な」


少しだけ。
もしも誰かが助けにきたりしたら、何かで此所から抜け出せるようになったら。と。果たして俺はそれを選べるんだろうかと不安になった。





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