ある時の戦艦ネメシスの中で、カツカツとパネルを叩きながら、フェイスパネルに映る映像も同時に処理しつつコンソールに向かい、サウンドウェーブは作業をしていた。
直線で形作られた薄い板状の腕はぶれることなくパネルに伸び、細長い指先は精密さを必要とされる情報操作を素早くかつ迅速に行っている。
メガトロンに信頼されているだけの手腕と堅実な性格は、ディセプティコン随一といっても過言ではない(右腕の立場にいる男は、あまり貢献していないので)。
彼は今日も仕事に勤しみ―…

そしてそんな彼を背後から眺める、不穏な影がひとつ。いや、ふたつ。


「おいノック…『はいはいはい黙って黙って。 ああもうなんでサウンドウェーブコマンダーったらあんなそそられるんだろう』 ぇえ…」

破壊的じゃないかあの腰!あの腕!怪し…いいや妖艶さ!!たまらない!
通信で熱弁するディセプティコン軍医と、彼に引く助手ブレークダウンである。
サウンドウェーブを覗ける丁度いい位置にふたりして背をはりつけ隠れているが、警戒心の強い情報参謀である、聞くことは出来ぬとも気配は感じ取っているだろう。
まったく、と言いつつノックアウトは助手を見、

『お前にはあの美しさと可愛さがわからないのか』

『わかってたまるか』

『つまらん男だ』

『失礼な。 女が好きな普通の男だ』

如何にも面倒くさそうな表情を浮かべた助手の脚をがつんと爪先で蹴った。
それはもう強く。
ガタイがいいとはいえ刺々しく頑丈なスポーツカーの一撃にブレークダウンは声もなく悶絶し、それに満足したらしいノックアウトは既に彼から注目をはずしターゲット…サウンドウェーブをもう一度眺めた。
スタースクリームのように金切声をあげ騒ぐわけでもなく、エアラクニッドのようにディセプティコンを乗っ取ろうとするわけでもなく、ただただ忠実に作業する姿は、なんというか。
だがブレークダウンは兎も角ノックアウトはそれを見て「じゃあ私も」と真面目に習うタイプではないので、「あの曲線美もたまらない」と欲望に忠実に従った。

『ガードが堅すぎて抱き締められないんだよね…』

『…そうか』

給料減らされるなぁとアイセンサーを細めたブレークダウンの視界が潤んでいく中、その隣りで戦闘体勢に入ったノックアウトが排気を荒くし手元に何かの…ブレークダウンが思わず待ったをかけた。


『はぁ…なんだよ』

『その手のソレはなんだソレは!』

『ああ、これ?』

形容しがたいカラーリングの容器がついた針がその指に摘まれていた。
蛍光ピンク…というか、人間の作った人工色素より酷い。

『キモチ悦くなるクスリだよ』

げえ、とブレークダウンは目を逸らす。

『まあ今のは嘘だけどね、』

相変わらず君ったら信じやすいんだから、とけらけら嘲笑され続けて「お馬鹿さん」と噴き出されると誰だって苛つく、と誰とでもなくブレークダウンは思った。
ついでに、上司にする男を間違えたかもしれないとも思った。今更である。
というか、薬をつかうことは決定なのか。
あれを?あの色を!?

『お前も共犯だから大丈夫!』

『よくねぇよ』

サウンドウェーブが果たして薬を(身体的に)飲めるのかそもそもたかだか軍医の攻撃を受けるのだろうかとブレークダウンが首を傾げた矢先、待ちきれないと言わんばかりにノックアウトが走り出した。
おお、と声に出さず驚いて見る。
言っておくが、彼は忍んでいない。鉄が重なるがしゃがしゃという重い音はいっそ清々しい程である。
勿論、サウンウェーブが振り向いた。

――紺紫のフェイスパネルにそれはもう嬉しそうに満面の笑みをたたえ針を構えた軍医が映る。
サウンドウェーブは作業を止め素早く振り返り、腕を突出したのだが、背後にあるやりかけのコンソールパネルを守るべく手を掛けていたほうの腕が、重さだけでは有利なノックアウトの体当たりと斜めに位置されたパネル台で滑り。
そんな無防備な瞬間を、瞳を爛々と輝かせたノックアウトが逃すわけがない。
コンソールにサウンドウェーブの背中が強くぶつかり、彼が体勢を立て直そうと脚に力をこめたその瞬間。

それすらも押し倒す勢いで伸し掛かったノックアウトの手がサウンドウェーブの胸の装甲を撫で上げ、針をサウンドウェーブの関節に突き刺した――

――刺した針はトランスフォーマーからすれば細いと呼ばれるものだったが、今回ノックアウトが持ち出した針は中が管状になっている。
針の持ち手に装着されていた液瓶が逆さまになるように刺してしまえば、ノックアウトの大前提である"サウンドウェーブに薬を盛る"という目標は達成された訳で―――…


「投薬完了、ってね」

紺紫のトランスフォーマーは何も言わない。ただ、パネルには淡い黄のラインが上へ下へと揺れている。
声を出さないとはいえ、サウンドウェーブの動揺はブレークダウンも理解した(それが極普通の反応なんだろうなと思ったのは致し方ない)。
止めればよかった等とは考えない。諦めているので。
深い排気をしたブレークダウンだったが。


「…うん、多分…大丈夫かな」

「多分!?」

聞き捨てならないノックアウトの呟きに正気を取り戻すと、心なしかひきつった笑顔でルームから出ようとする彼を凝視した。
この際上司云々は考えないでいく。

「サウンドウェーブコマンダーに何やったお前!? 何が多分!?」

ノックアウトに五月蠅いだの言われても、今更ではあるが死活問題である。
そうボンネットを揺さぶるブレークダウンに陰ながらにして働かない軍医の称号をもつ軍医は、あはっと笑った。

――嗚呼、悪寒。


「普通投薬したからって火花が出るのって、余程の失敗薬じゃないかぎり有り得ないんだよねー」

その顔には後悔の二文字は一切ない。
終わったな、と思うと同時に上司間違えたかもしれないと本日二度目の後悔をした。
はあと仕方なしに排気して(転換が早いのはこういうことが彼の周囲では日常茶飯時だからである)赤いボンネットから手を離す。
コマンダーに異常があるならちゃんと治してくれよとぼやいたブレークダウンはノックアウトと座り込んだままのサウンドウェーブの方向を見た、が。


「……はあ!?」


彼の元々赤みを帯びたフェイスパーツが、盛大に引きつる。

――まず、ノックアウトが居ない。何処行きやがったあの藪医者。
いい加減仕事しろよ畜生。オートボットの軍医と入れ替えようか…あとスタースクリームに塗装剥がされろ…じゃなかった、

なんだ、アレ。


――二つ目、あんな小さいのはさっきまでいなかったはず。はずなのだが。
にも関わらず見えるアレは一体なんだ。
夢だったらいいのにと柄にもなく落ち込んだが、そうこう言っていられない。
彼の視線の先には、それはもうネメシスに不釣り合いで小柄な機体が、へたりと座り込んでいたのだから。

機体の色は深いネイビーブルー。彼を見たら真っ先に記憶出来るであろう特徴的なフェイスパネル。
見ればなんとなく予想はつく。
有り得ないとは思いたかったが、まあノックアウトだから有り得るかもとも内心諦めがついているのだ。

…メガトロン様にバレたら死ぬかもしれんが。

先程火花を散らせていた機体の代わりにちょこんと床に尻餅をつく形で座り込んでいる子供が、目がどこにあるかわからないもののブレークダウンを見つめているのに彼は気付く。
ああそうだ、まず確認しねぇとな。

「あー…」

先程まで声を出していなかったブレークダウンの声に興味を示したのか、サウンドウェーブらしき機体はこてんと首を傾げ彼を見上げた。


「サウンドウェーブ?」


頷く。


「…じゃあサウンドウェーブ、俺が解るか」

降って来たその台詞にサウンドウェーブだった子供は横に首を振る。
やっちまったな、と誰とでもなくブレークダウンは嘆いた。
メガトロン様に事がバレる前にノックアウトを見つけて元に戻そう、と彼は決意する。もっとも、今回ノックアウトは彼にしては珍しく早々に(普段は傍観しながら楽しむだけ楽しんで逃げる)行方を眩ました為ブレークダウンに心当たりはない。
取り敢えずサウンドウェーブをこの人の来やすいモニタールームから離れさせなければ。

「どうす…「ノックアウトは何処だ、ブレークダウン!」ッうおおぉお!!?」


我らがニューリーダー様がヒールで扉を蹴りあげ突入してきたのは、まさにその時。
(色々と)間に合うわけがなかった。

怒鳴りと蹴りで循環している冷却水を落ち着かせようとブレークダウンの前で仁王立ちしたスタースクリームが、苦い表情を浮かべたブレークダウンを睨み付ける。
その感情表現多才な眉が、彼の背後に目をやり大きく動いた。
怪しい笑みを浮かべじり、と距離をつめる。

「…それはなんだブレークダウン?」

「…さ…っ親戚の子だ」

コイツとメガトロン様だったらどっちが天国なんだろう(どっちも地獄である)と走馬灯に似たものをブレインで垣間見ながら、ブレークダウンは小さな機体を後ろ手に守る。
逆らったらやばいとはわかるのだが、コイツに従うのはちょっと…というのが内心ではある。
だって今のサウンドウェーブは何も知らないのだ。スタースクリームと関わったら色々とよろしくない。

「嘘をつくなよ」

「あ、待っ!!」

ロボットモードであれスピード差は歴然。
スタースクリームは長い脚を一歩踏み出すと、コンパスの要領で身体をねじってその背後へ回り、見覚えのある機体を掴みあげる。
ブレークダウンが慌てて振り返ったが既にスタースクリームはおらず、180度逆を見れば彼は既に扉があった穴に身を滑り込ませていた。

「スタースクリーム!」

「コマンダーをつけろブレークダウン」

大丈夫、殺しはしないさ――殺しは。
腕のミサイルを向けながら、スタースクリームは薄く笑った。ブレークダウンは動けない。

「いいじゃないか、コレで軍医の行動はチャラにしてやるんだ」

続けて言われた台詞に、彼は追おうとしていた脚を止めた。

悔しいことにまったくもってその通りなのだ。
もしもサウンドウェーブを戻せたとしても、元々マイペースな上私情で幹部に手を出したなど見逃される訳がない。サウンドウェーブの身の安全と共にノックアウトの行方を不安に思っていたブレークダウンだったが、理由はつまりそういう事だった。
それを見越してのスタースクリームの台詞は、曲がりなりにも上司であるノックアウトの処遇にスパークを押し潰されそうだったブレークダウンにとって、今必要なものだ。
例えそれが半日常的にメガトロンに折檻されているスタースクリームだとしても。


「…それでいい」


くそ、という呟きを背に受けながら、至極楽しげにスタースクリームは部屋を出ていった。






(配布元/空想アリア)



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