硝煙がたちこめ最早原型の止どめない鉄屑が横たわり、死臭に似たオイルがたっぷり染みこんだその広大な鉄の大地は、元々は同胞らの住家だった。
足を進める度に何かしらのがらくたが引っ掛かりがらがらと不快な音を立てる。踏み締める脚はそれらに動きを止めることはなかったが、脚の持ち主の赤瞳は崩れるように瓦礫にもたれ掛かっている機体を一瞥した。

――同胞といっても彼らは格闘戦に荷担出来るような力は持ち合わせていなかった。それは今集落だったものの上を歩いているサイバトロニアンからしてみれば好ましいものではなかったが、彼らはそれを凌駕する程の能力でこの年若い白銀のサイバトロニアンを支えていた。白銀の彼は彼らの中の、長であるリーダー格の一体を部 下として扱い、その一体は陰ながらも、時には軍の情報を管理し時にはそれらを駆使してとある民族戦争に参加した。正義か悪かではなく、有り体に言えば終わりが見えないほど泥沼化した民族同士の醜い戦争。
介入した時点で逃げ場はないだろうと言えば、自分の生まれた時代が、世界が悪かったのかもしれない、とリーダーであった一体は背に付いた羽根型のパーツをがちゃがちゃと揺らして笑っていた。


そんな中、ある時だった。
…それはなんだ。
問えば「次世代だ」と返された。
次世代ということに奇妙な違和感を覚えたがわからない。度々思い出しては舌打ちし、だがサイバトロニアンが数回リーダーの元へ脚を運んでいる中で、組み合わせられた欠片はみるみるうちに姿を作っていっ た。勿論リーダーだけではない。周囲でリーダーに着いていた彼の一族全てが、それぞれ自身の欠片を彼に預け鉄の人形に嵌め込まれているのを眺めていた。
そんな繰り返しが数千サイクルのうちにあったある頃、サイバトロニアンの目の前にはその鉄の人形を抱えた彼がまた、笑っていた。持っている主に似た機体だが、黒に朱のラインではなく自分の銀とは違った輝くような銀に、これまた随分な凝った塗装を、と溜め息が漏れるような繊細で美しい模様。情報型はパーツが多ければ多い程情報収集、操作に特化すると言われているが、このままこの抜け殻だけを置いて行っていなくなってしまうのではないかと思う程人形は今にも動き出しそうで、何より出来がよかった。
何故人形を作る。
人形じゃな くて次世代だ、メガトロン。
俺にこの人形を任せると言うのか?
馬鹿を言え。そう世迷い言を言い続ける頭を叩いた。
…次世代は次世代だ。
大切な、次世代。俺の子供。

―…おれたちの。


だらりと力のなくなったその腕を持ち上げた。相変わらず不快な軋む音がついてくる。

…結局、例の民族戦争の合間に人形作りに精を出したリーダーと彼らは一瞬でいなくなった。いなくなったというのはあくまで揶揄で、殺された、というのが妥当なのは言うまでもない。
情報操作においてのそのテックスペック、力の弱い情報型なのにも関わらず戦争に荷担出来たその手腕、リーダーに生き写しの人形…決定的だったのは"スパークを作った"という根も葉もない噂だったが、狙われないと言 い切る事は出来ない大事で。
知らせを聴いたサイバトロニアンが若いプライムとの挨拶もそこそこに集落を視界に収めた時は、全てが手遅れだった。
リーダーはあちこちを失った状態でオイルを流しながら瓦礫にもたれ掛かって事切れており、彼と血縁関係にあった一族らも見る影もなく皆オイルに塗れて横たわっていた。五体満足で姿を確認できるのは一握りで、大体はどれも瓦礫と鉄屑に隠れるように小さくなって転がって、物言わぬものと同化している。悲鳴も呻きも聞こえないので阿鼻叫喚というよりは地獄絵図だ。悲しさは感じなくとも、ここまで完封なきまでに手を下したのが彼らに全く関係のなかった過激派トランスフォーマーらだということが腹立たしい。
ふと思い出し例の人形の姿を捜し たが、考え過ぎだっただけなのだろう、ただ乾いた音を立てて小石が転げ落ちた瞬間が見えただけだった。

途中、若いプライム――オプティマスが通信を通じ、サイバトロニアン――メガトロンに語りかける。

『メガトロン、聞こえるか』

「嗚呼」

『…どうだ』

戦争慣れしていない訳ではないらしいが、どうもこの若い国首は内戦に心を痛めているらしい。酷く消沈した声は丁度回想をしていたメガトロンを苛つかせるに十分なものだったが、間に割り込んできたサイバトロニアン、ショックウェーブの通信に気をやることで悪態を飲み込んだ。
ショックウェーブの報告、という単語には一種の珍しさを感じた(彼は忠臣といえるような男ではないので)メガトロンは、オプティマスに「 暫し待て、」と断りを入れると彼の報告を待った。

『メガトロン』


『お前の直ぐ側で生命反応を確認出来る』

数アストロ秒ごとに反応が遅くなっているがな、そう続けてくるのに対し先程飲み込んだ悪態を吐き出し、


「早く言え、この愚か者が!!!」


切られなかった通信越しに大音量で聞き取ったオプティマスが肩をびくつかせた。





何処だ、と直ぐ辺りを見回したが何も見えない。
そういえば過激派トランスフォーマーらの抵抗を組み伏せていたとき、倒れる程ではないとはいえ痛みを煩わしく感じセンサーの感知度を限界まで下げていた気がする。中枢へアクセスすれば案の定そのとおりで、普段即座に気付く処がわからなかったのはやはり彼を失った事に 何かを感じていたのかもしれないと少し考えたが、馬鹿馬鹿しいと思えばそれまでだ。
センサーの回復により徐々に感じていく痛みに深く排気をし紛らわせる。モーター音と共に感知度が上がったセンサーを広げ、付近を一気にスキャンした。
薄ら紅い光が周囲の断面を走り回り、ぴぴぴ、と連続した音と共に情報が波形にされやってくる。

「…直ぐ側、か」

成程な。
リーダーの亡骸の下から送られる、微弱な警戒音。スパークを創造したとは俄かに信じがたい。が、曲がりなりにも情報参謀としていたリーダーがたかだか過激派トランスフォーマー共に殺された理由のひとつに、例の物が関係していないとは言い切れなかった。

――おれたちの。

普段滅多に表情を見せないあの男の 唯一の不可解な行動がフラッシュバックする。ぞんざいに扱っていた彼の手を振り放し、その先。
胴体から千切れかかった片腕が抱き込む何か。中から感じる生命反応に用心しながら、メガトロンは彼の腕を持ち上げると爪を立てぬように、そ、と中のそれに手の甲で触れた。
それは動かない。
…生命反応を感じたのだ、今死んだと言う事はあるまい。
そう考えたメガトロンは、潰さない程度の力に押さえそれを小突いた。
きゅう、という唸りを含んだ音が届いたが、抵抗する気はないようだ。

ここでひとつ補足すると、メガトロンは気が長い訳ではない。

その為無抵抗と理解した亡骸の下の不機嫌の感情を幾分も考えず、亡骸の腹下に手を突っ込んで中の反応の主を引っ張り出し、

「…なん、だと」

それこそ"人形のように"じっとこちらを見つめるその生命体に、固まった。





名を呼ばれてはたと顔を上げ、目の前で苦笑する副官をみたオプティマスは居心地悪そうに肩を竦めた。

過激派により強襲されたトランスフォーマー…メガトロンは"リーダー"と呼んでいた彼が無事ではなかったということは既にメガトロンから聞いていた。
だが平民からいきなりプライムになったオプティマスからすればそれは重い事実であり、彼とあまり話さなかったとはいえメガトロンのあの荒れ様を見れば、彼はメガトロン自身を支えるのに余程貢献し、更には信頼されていたのだろう。
三度目くらいに会った時何故か大切そうに鉄の人形――プロトフォームと呼ぶには些か凝っ た装飾をされていた―を抱いていた(理由は最後までわからなかった)が、別段子供好き、という訳でもなかった。まあ、些か難のある癖の強い性格の持ち主だったが表情を読めないようにする為のマスクとメガトロン以外に話さなかった所為か彼を嫌う者は少なく、かといって好まれるような者でもなく。
「まさに影だ」とその後ろ姿に思った記憶がある。

「アイツのことか?」

碧いバイザーを上げつつ、副官もといジャズが壁のパネルに触れる。
軽い電子音と共にウィンドウが開いては閉じ開いては閉じ、銀の機体に淡い光を反射させながらジャズはオプティマスを見た。

生存者がいたんだなと続けられる声に頷きつつ、オプティマスはその問いに関する補足をメガトロンからの報告も含めて まとめて提示しようと顎に手をやった。
赤い先代の年寄りっぽさのみを引き継いだかのような(無論そんな事はないのだが)その行為に彼は

「そんなに考えなくても大丈夫だ、オプティマス」

「…分かっている」

時折パネルを叩きながら、表示される端的な情報をまとめていく。
それがメガトロンからリアルタイムで送られてきているのは明白であり、オプティマスはジャズ越しに見えるパネルに"治療により命に別条はなし"の文字に安堵の排気をこぼした。

途中私用回線に届けられた通信で唯一の生存者は年端もいかぬ子供…何故かメガトロンが口ごもるというか、彼らしくなく歯切れが悪かった(やはり彼には酷だったのだろう)が、あくまで言い難いだけであるようだし、本当に傷は一部 だったらしい。
一族の新しい子というよりはリーダーの子で、容姿もよく似ていると続け報告される低音に首を傾けながら、オプティマスは「そういえば、」ぼそりと呟いた。

『なんだ』

報告を一度やめたメガトロンが、続きを促す。


「…いや、なんでもない」

続けてくれと排気を吐き出したオプティマスをメガトロンは見えぬ場から首を傾げつつ不審に思ったが、それ以上彼が続ける気はないのだと即座に理解するとこれ以上はない、と呟き通信を切った。

(―…よく似ている、か)

"彼"の作った件の人形が最初に思い浮かんだものだと伝えていたら、何かが変わったのだろうか。
今更それを言えぬまま少しばかりの後悔を感じ眉を下げ、オプティマスはそっと静かに通信機能を閉じたのだった。









(配布元/虹女王)


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