シカゴでの戦いが終わり、ディセプティコンとオートボットの永きに亘る戦いは終わった。
地球を舞台にしたこれらの聖戦で発覚した、地球に住むはずの人間らのディセプティコンとの共存――悪くいえば地球を売る重罪、よく言えば賢い選択である――は、オートボット、陰ながらとはいえオートボット達に守られていた人間らを大いに驚愕させ震撼させた。
無論ディセプティコンと手を組み月の裏側を隠し続けていた彼等を咎める者は多く(事実多大な被害が出たのだ)、だがしかし彼等がディセプティコンと手を組む際果たして断る事が出来ただろうかと考えると、罪を架す事も死刑にする事も出来なくなってしまうのだった。


彼――ディラン・グールドもその一人だ。

ディセプティコンと手を組んだ人間の中でも重罪といわれている――それは彼が偏に情報参謀であるサウンドウェーブと深い関わりをもち、更に言えばトランスフォーマーを介してとはいえ一般人を誘拐したり傷つけたりとしていたからなのだが。
放っておくと一般市民に袋叩きにされるだろうと軍部から半ば強制的に連れて来たディランをNESTに放置しているのはそのNESTの大佐ウィリアム・レノックスである。連れてきたのに放置とはこれ如何に、と部下が問えば

「あー、まぁ、死ぬ心配はなくなったからいいんじゃね?」

という軍部らしからぬ発言と爽やかな笑顔が帰ってくるのだから恐ろしい。

だが、彼がディランを連れて来たのはもう一つ理由がある。
オートボットの車庫と真逆の方角に建てられた、巨大な車庫。
幅の広いシャッターが小型車が出れる程度に少しだけ開き、中から滑り出すように銀色のメルセデスが飛び出していく――ディランと手を組んでいたトランスフォーマー、サウンドウェーブである――のを見て、レノックスは流石大佐(?)ともいうべきか素晴らしい速さでトランシーバーを起動させると怒鳴った。


「またサウンドウェーブが逃げた!ショックウェーブ、ドリラー出してくれ!!」

要約すると「待機命令食らってるはずのエイリアンが家出したから捕まえてくれよエイリアンの友達のエイリアンとそのペット」である。なんとも酷い話だ。だが、ディランが呼ばれた理由はここにある。

サウンドウェーブは、たまに車庫から飛び出していく。もちろんそれは和平が安定していない今はまだ規約違反にあたるため、それこそ当初は双方の均衡が崩れるのではないかと地球側は危惧していたのだ。当初は。
だが、オートボット司令官オプティマス・プライムが長年深いままだった溝を埋めるようにメガトロンと交友を初め、メガトロンもまた離れていた友との新たな面を見つけ楽しみ、最終的には「さあメガトロン、顔剥ぎだ!」と実にオートボットらしからぬ暴言と共にオプティマスがバトルアックスを振りかざしメガトロンを追いかけ先の交友をメガトロンが後悔しはじめたあたりから誰も慌てなくなった。

サウンドウェーブはディセプティコンの中でも頭の回転が早く、週に数度かの家出(ちなみに家出という呼び方はレノックスが始めたものだ)も考えなしにやっていたわけではなかった。
彼は車庫を飛び出すと、どんな逃走コースを走っても決まって同じ場所で見つかる。それらの課程でレノックスがディランを連れてくるに至った理由は、ディランを連れてくる1週間前のサウンドウェーブの脱走だった。






一週間前。

流石に二か月も経つと、外出もトランスフォームも制限された挙句監視がつくという生活を強いられたディセプティコン達も苛立ちを表しつつも人間に激情を露にする事は減った。
アイアンハイドとペアを組むレノックスは、これはいい傾向だと思う反面、少しばかり不安があった。人間と手を組み話していたトランスフォーマー…即ちサウンドウェーブとかサウンドウェーブとかサウンドウェーブ…の精神である。そりゃまあ、機械だからといってと差別する気は毛頭ない。
ただ、とレノックスは考えるのだ。

いくら手を組んでいたとはいえ、見下す対象であった人間と長らく(彼等からしたら短いのだろうが)コミュニケーションをとり、唯一彼を側に置き他の協力者よりも長く喋る事をその彼が許した人間は1人しかいなかったのだ。
人間を見下し、だがその人間を強制だがパートナーとし付き合ってきた彼…サウンドウェーブが、人間…ディラン・グールドなしに大人しくここに居座ってくれるのか。ビーやオプティマスとサム、はたまた自分とアイアンハイドのように、彼に信頼の情が芽生えていたとしたら。
今の環境に、人間に深く関わったサウンドウェーブが耐えきれなくなるのも時間の問題だ。

レノックスが先の見えぬ不安に溜め息をついたのと、案の定、サウンドウェーブがビークルモードで車庫を飛び出した、とギャロウェイの焦り声がトランシーバーを通じてレノックスに届いたのは同時だった。






「…サウンドウェーブだ」

4度目になる彼の失踪にNEST&ボッツ総勢で動き回ったが見つからず、皆がへとへとになって「今度こそマダムがお怒りになる…!」「ギャロウェイが…」「イヤあのハゲは大丈夫だ」と何やらぼやき「これで和平も終わりか」と短かった平和に終わりを告げようと肩を組合い拳をつき合いと嘆きあいはじめていた頃、走っていた黒のトップキックが、NESTの入口にある一際巨大な倉庫の前で大きく揺れた。
もちろん中にはパートナーであるレノックスが乗っており、揺れとともに車内に響く低い声に彼は頷いた。トップキックの向かう鼻先には、銀のメルセデスベンツが一台、タイヤを唸らせつつも動かずただただこちらを伺っている。

――野良猫だったら可愛げがあるんだが。

注意しろ、そう呼び掛けるアイアンハイドに後ろ手を振りながら、それこそ野良猫を扱うように一歩ずつ慎重に近付いていく。直ぐにロボットモードにならず沈黙し、こちらに自身の情報を与えまいとするような行動は実に彼らしく、気を逸らしたら轢かれそうだ、なんて。
沈黙を続けるメルセデスベンツと人間が、鼻先で向かい合う。


「サウンドウェーブ」

ぴしりと、その車体に亀裂が入った。



何度見ても、このトランスフォームっていうのには感動する。なんというか、子ども時代に叶わなかった夢が現実になったような、世界が色付いて見える、というか。

「―人間」

見上げると、背後の夕日を反射した赤いカメラアイが、それでもしっかりとレノックスを見下ろした。

一人目の前の感動と今現在を見比べていると、エフェクトボイスが降ってきた。


「…情とハなんだ」

見下された自分から、夕日で逆光―更に元々表情の少ない彼の考えを読み取る事は難しい。

「マルハナバチと小僧が言っていタ」
「俺にモ、それはアルと」
「ディランが、俺が、あいつに、…俺に」

「…人間」


「…俺達ハ、何ヲ与えられてイる…?」

それでも、確かにレノックスの耳に彼の悲鳴は聞こえたのだ。






「俺にいい考えがある!」

そうレノックスが意気込み、数日後、レノックスが連行し連れてきたディランに驚いたのはサムやビーだけではなかった。
取り敢えずサウンドウェーブの下僕として、またディセプティコンの協力者として認識していたディセプティコンら、はたまたサムやカーリーを傷付け地球を裏切った男として認識しているオートボットら。

まともな視線こそなけれど、それでもパートナーがいるならいい、とディランは辺りを見回した。

…パートナー…?

はて、パートナーでなく知り合いなら忌々しいウィトウィッキー、カーリー・べインズがいるが…パートナー…無意識に突如として思い浮かんだ単語に彼は首を傾げた。そして不思議に思いながら辺りを見回す首の範囲を広げ、とある一点で目を見開いた。






確かめるように名前を何度も呼ぶ声に、サウンドウェーブは何も言わずそれに近付いた。ロボットモードを展開してその有機生命体を持ち上げてみれば数十年扱い続け慣れてしまった成人男性の重さ、人間でいう若い頃のその生命体のメモリーがブレインサーキットを駆け巡る。

「…ディラン」

掌の中にすっぽりと納まったディランを見下ろし反対側の手でその腹を軽く押すと、今までにないスキンシップに疑問符を浮かべた彼はサウンドウェーブ、と頼りなさげに声を漏らした。
幼少期からずっと彼等ディセプティコンの恐怖を思い知らされてきたディランからすれば、確かにこの行為は無意味か。

サウンドウェーブがディランを降ろそうとした瞬間、

「あ、…さ、サウンドウェーブ!」

パートナーとはいえ冷えきり過ぎた関係で滅多に触れる事のなかった柔らかな手が、腹に触れたサウンドウェーブの掌――というよりも指だが――を、引き止めた。






話変わり、とある小さな車庫。
たまたまそこを通りすがったレノックスとトップキックは、その中から僅かに聞こえる機械音と男の話し声を聞き、安堵の息を吐いた。

「…大丈夫そうだ」

あの時。

――あいつに自分から近付いて話した事はなかった。
と、ディランは自分を連行していくレノックスの背中に言った。
――幼少期からずっといたのに、話す事も命令以外で彼に近付く事も実行した事がなく、尚且つそれが侵略者と侵略されるものの組み合わせとして正しいものなのだと。

連行していく中でレノックスは、重罪人として現実に立ち自分の後ろをついていく男を少し知り、オートボットとペアを組んでいる自分やサムとは全く違うペアを組みひたすら彼等を信じてきた彼に同情した。それと同時に、オートボットと組んでいる自分らと彼等の世界と互いの感情は違うものかと、ふと、そう考えたのだ。


「ディセプティコンの野郎が人間に懐柔されるとは俺は思わんがな」

サウンドウェーブを何度も追いかけその後ろ姿を見て気が立って武器を出してはレノックスに注意されていたトップキック…アイアンハイドがそれに応えるように車体を揺らし、苦々しげに呟く。
レノックスは喉奥の笑いを堪え優しくハンドルを叩き、

「そんな奴じゃないって、そりゃあ衛星ハッキングしたり地球襲ってきたりしたあいつを、断言なんかできないけど」


「―だけどああやって溝を埋めるのだっていいんじゃないか」


さあ、ここ一週間よく頑張ったお前には家に帰ってお姫様と俺で洗車をしてやろう、レノックスはそう言って相棒を労った。






(The past is not thrown away to me.)

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