年だけではない。彼の周りにも、同じように階段を駆ける人々がいた。

(どうしてこうなった)

早くも息切れを起こし倒れそうになりながら、他人の鞄や手が背中にかかって転げそうになりそれを踏みこたえ、青年――サウンドウェーブは先程の光景を思い出す。




いつもどおりのホームで電車を待っていた。待って、長らく使っているヘッドフォンのコードを指に巻付けて暇を持て余していた。口数が少ないこともあり表情はないが、まあ、家の中に帰ってきたようなイメージを起こしたり、趣味として集めている音楽をまとめヘッドフォンからそれを流し聴くのを楽しんだり、弱味を握られている癖に歯向かってくる馬鹿をどう叩くか考えていたり。とにかく、考える事をそれぞれイメージし暇と叫ぶ身体を宥め時折向かいのホームに目をやり電車を待っていたのだ。
そしていつもどおり電車が来、当たり前のように目の前に扉がくる。
明日も明後日も、何かが変わるまでこれらは変わらないのだろう。そこまで考えて、次いで「座れたら、寝よう。」そう考えて、サウンドウェーブは電車に乗り込んだ。
次の目的地に表示が変わり、発車します、のアナウンスで揺れる車内を予測し手摺を掴んだところで、

車両が、高く持ち上がった。



ような気がしたなんて夢のようなオチはなかった。

浮かび上がった…というのは間違いだが、衝撃に慌てたサウンドウェーブが向かいの窓を見れば、鉄の手が車両に刺さっていた。

(持ち上げられて…!)

車内が揺らぎつつも平行を保っていられるのは、その鉄の手が車両の左右をしっかり固定しているからだった。確認している間にまた一度、車両が大きく揺れる。強すぎる揺れに背中から勢いよく座席に戻されたサウンドウェーブは、周りの乗客の悲鳴を遮るようにヘッドフォンをつけ直し辺りを見回した。
通勤時間はとっくに過ぎた14時過ぎで、自分含む一両の中にいるのは約十人ちょっと。目の前で未だ車両を掴んでいる手と、最近巷で騒がれているトランスフォーマーだとかのロボットらの話を思い出す。
確か、正義がサイバトロン。対する侵略者らは――…


「ご機嫌麗しゅう人間共!!俺さまはデストロン航空参謀スタースクリーム様だ!!」


そこの補足に関してはタイミングよく窓から覗く赤目のロボットがやたらやかましい声でしてくれた。
人間とは違うノイズ掛かった声、巨大な鉄の手、赤い目。どうやらこのロボット、スター…取り敢えずこのトリコロールカラーの顔黒がこの車両を掴み、覗き込み、がなっているようだ。

(何かを探して―…?)

やかましい金切声だが聞こえない訳ではない。出せだのと騒ぐあたり、何かに用があるのか。
今までデストロンとやらが襲撃した場所は、水力発電所だったり火山だったり何かとエネルギー系統が多かった。が、ここは電車だ。一体何の用…


「俺達ぁサウンドウェーブって奴を探してる!」

そいつを出したら降ろしてやる!そう怒鳴るロボットに、今度こそサウンドウェーブは頭を抱えたくなった。






こんな状況下の中、どうして俺をと考え即座にああ人違いかと改めた自分を褒めてやりたい。

名乗る気もなく、かといってこのままは困る。ロボットにはやった事はないがハッキングでもして逃げ出さなければ。
サウンドウェーブがそう考えたところで、人間から見れば絶望的な状況は介入してきた青眼のロボットらによって覆された。


「スタースクリーム!そこまでだ!」

巷で有名なサイバトロンである。
赤いトラック―…コンボイというらしい指揮官がスターなんちゃらに正義らしからぬタックルと暴言をぶちかまし、マイスターと名乗る青バイザーのロボットがサウンドウェーブらの乗った車両を降ろした。

(人が乗った車両を掴むロボットをタックルするとは…)

正直あの衝撃と一瞬流れた走馬灯に正義サイドであるサイバトロンに殺意が沸いた。
環境や人に対しては強いがロボットに対しては無理だな、そう思いつつサウンドウェーブは保身の為もあり戦いの場と化したホームから逃れるように足早に改札口方面の階段へ走る。

(中々興味深い、が)

巻き込まれるのはごめんだ。
とその時、例のトリコロールロボットと件のサイバトロンの会話が大きくなる。


「デストロンめ…その人間を見つけてどうする気だ!」
「知るかよ!」
「そんな訳ないだろうスタースクリーム!
君が大人しくメガトロンの命令を聴いているんだ、`彼'の確保は君にもメリットがあるんじゃないかい?」

「…っああそうだ!」

ヘッドフォンをしたって、怒鳴ったロボットの声はよく聞こえた。それはもう鮮明に、はっきりと。


「サウンドウェーブっつー人間にしては特異的に機械作業やら情報操作やらに優れてる奴だー…あいつを手元に置いて軍のブレインにするってメガトロンがご所望なんだよ!!」


人違いじゃなく間違いなく俺だ。

普段体力的な問題により走る事が少ないサウンドウェーブは、なけなしの体力を搾り出して勢いよく階段を駆け降りた。






人混みに紛れなるべく狭い道を通り、未だ近くに騒がれる先程の戦いの話に眉を顰める。あんな馬鹿みたいにデカい声で名前を叫ばれたらそりゃまあ人間にだって覚えられるに決まっている。
サウンドウェーブサウンドウェーブと、戦いの話の中に混じった自分の名前だけを消したい。なんで俺が犯罪者みたいに名を連呼されなきゃならんのだ。

(どこから俺の情報探したんだか…)
(というかなんだ?情報収集?)
(機械なんざウチの大学ならいくらでも弄れるだろうに)

それよりもあんな奴等が俺を探していたという事は、まだまだ奴等が俺の名前を連呼しながら暴れる可能性があるという事だ。それはかなり困る。顔を知られていないのが唯一の救いか。
だが相手はロボットだ。人間をブレインに置きたがる程情報型のロボットが足りていないとはいえ、長く生きてきた彼等にとって地球のwwwはさぞかし滑稽だろう。俺の住民票を割り出す事位はできるはずだ。
そこまで考えて、結局八方塞がりじゃないかと理解して舌打ちした。

「…どうしたものか」

地下鉄のアーケードから地上に出、辺りを見回す。
このまま大人しく家に帰るか念を入れてネカフェやカプセルホテルで数泊するか、学生時代のバイトやら副業やらで金はいくらでもあるから選択肢も様々だ。

ビル群の内側を生めるようにたくさん詰まれたネオンの建造物、室内から漏れる騒音、そこを拠点とし動き回る色沢山の人間達。それらは空まで照らすのではないかというくらいの光を放ち、夜空は案の定星一つみせやしない。
ぼんやりとしたオレンジに包まれた道路を歩きながら「ネカフェに行くか」と誰とでもなく呟き、ネオンを見上げながらネットカフェをさす看板を探した。

(…五月蠅い)

パチンコの音やバイクの音、カラオケなんだかアカペラなんだかわかんないような親父の歌、それらに混じって一つ、やけに長い音が自己主張をしている。
聴いたことのない音だ。風をかっ斬るような―…音を斬り音を生み出す、腹に響く音。

それが近付いてきた。
後ろから。


「は…!?」


驚いた車の運転手がクラクションを鳴らすのも構わず低空飛行をした空色の戦闘機が機首を真直ぐ俺に向けている。
いる、というか。速い。
先程の音を斬るなんての比喩はなしに、青の点が数秒で目の前にワープしたかのようだ。かのようだと続いたのは、その戦闘機が速度を落とさずに現在進行形で俺に機首を向けたままだからで。

「…ぉぐッ!」

次いでやってきた痛みと衝撃に、俺は呆気なく意識を飛ばした。



数分後、その空色の戦闘機が「どうしようメガトロン様人間が動かなくなっちまったんでさぁ!!」と夜空で嘆き、海の基地にて「ただの気絶だ愚か者めが!!」と白銀のロボットに殴られていたなど、サウンドウェーブが知るはずもなかった。






サウンドウェーブは、起こした身体の節々の痛みに小さく呻いた。
ヘッドフォンとバイザーが取られており世界がやけに明るく見える。自分が乗せられている鋼のベッドは長く大きく、巨人(身長を軽々と越す巨体の彼等の基地であるので間違ってはいないのだが)の家に迷い込んだ気分だ。
無意識にバイザーを探す指が空をかき、数秒経ってから、サウンドウェーブはまた鋼のベッドに背中を預けた。

彼は空色の戦闘機に轢かれたのかと思っていたが――気絶する前の視界の記憶は黒い手だ。トリコロールカラーのジェットと同じタイプの大きな手。機械がロボットに変化するのを確かトランスフォームといったか、それを思い出せば、確かに記憶の空色ジェットは手だけを器用に側面から出してラリアットをかますかのごとく自身の身体を掴んだのだと理解した。
サウンドウェーブはよく死ななかったと安堵する反面、悪とはいえ侵略者のリーダーが求めた人材を殺しかけるなよと身体の痛みに苛つき、もう一度起き上がった。
鈍い痛みはあるが、耐えきれない程でもない。

(大学…)

すっぽかしても支障はないのは知っているが、無断欠席にヒビをいれたくはない。
身長を超える高さのベッドから下を見下ろす。

(…反動に身体が耐えられるか…)

ここが見知った場所であれば大人しくできるがここは完全に初見、更に言えば自分を殺しかけたロボットと関係あるだろう場所である。自覚する程徹底的に日和見主義で保身を保つ身からすればここは止どまることを選ぶ。いつもだったら絶対そうしている。
だが、日常の一日を散々引っ掻き回されたサウンドウェーブからすればいい迷惑である。

「…よし」

もう一度床との距離を確かめて、足元の金属を蹴った。




(配布元/虹女王)

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