※脱走兵を軍医が拾ったようです※
紫混じりの薄汚い装甲をオイルでさらに汚して、ディセプティコンの男は呻いた。
「多数の中の一つになるなんて嫌だ。利用されるのも嫌だ。脚なんか、なりたくもないやつになんかぜったいに、」
「目、が、おれ、」
「俺のこと、物を見るような目で見ててっ」
逃げる間にろくなリペアも出来なかったらしい。喉奥の声帯は酷使されひび割れ機体の関節という関節はすり減って、それでもディセプティコンであることを捨てたかったのか色濃いインシグニアには深々とした引っかき傷、そして指先は自身のオイルとその塗料で濡れている。
目に付くような大きい傷をたくさんこしらえて、彼は死に物狂いでここにたどり着いたのだろう。
「誰も助けてくれなかった」「俺、いやだって、」「あんなに話したのにあんなに戦ったのに」
それでも誰もが「弱いお前が悪い」って。
手首に僅かに残った拘束具が本人の望まぬ行為に使われたことは明白で、しかしそれは装甲内にまでがっちりと埋め込まれていて痛々しさが感じられる。
麻酔もろくに効いていないだろうに、傷口に差し込まれ溶接していく私に何も言わないのは諦めか、はたまたそんな痛みを通り越してしまったせいか。
どんな患者を診たって私はどんな言葉をかけるべきか考えあぐねる。言わない時もあったが、このまま聞いて治療するだけでは忍びない。なにより、この痛々しさを彼一人に内包するのは酷というものだ。
「それ以上、お前さんが怯える必要はない」
荒い息に嗚咽が混じる。
慰めるなんてものだけでは到底落ち着きはしないだろうが、手の甲にそっと手を乗せる。深い傷跡に極力触れぬよう撫ぜると、力なく指先を握りこまれて少しの安らぎを与えられただろうかと考えた。
「もう大丈夫だ。」
よかったと唇が震えたような気がした。
※選択を誤った医師は約束だけでもとその凶器を振り下ろしたのです※
勝手に死なれるくらいならこの手で殺してやるさ、と過去にファルマが言っていたのを思い出した。医者らしからぬ、というかあれは素なのか冗談だったのかも朧げだ。こちらもあちらも酒を飲んでいたのもあったようだがところどころにノイズがかかっている。
「おいていかれるのが嫌ってことか?」
「…そうだな。そういった言い方のほうが綺麗に聞こえる」
首を傾け鼻で笑っている。珍しい表情に驚いたのがわかったのだろうか。機嫌がいいようでそれだけではきつい視線は来ない。
エネルゴンの入った瓶をちらつかせる。ん、と空のグラスが差し出される。まろやかな桃色を注いでやると、整った顔が満足げに頷いた。
こんな笑顔を院内で見れた奴はいたのだろうか、などと思って見惚れてしまうほどの美しさだった。
…ああ、なんて古い記憶なんだろう。
こうやって飲み合うことも、あの事件が起きるまででも片手で数えきれるくらいしかなかった。
「事故だとか殺人だとかなんだかで勝手に死なれると後味が悪いだろう?そんな胸くそ悪さを残されるくらいなら私が殺す」
ずいぶんとはっきり言う。
若い天才医師はたいそう酔っておられるようだ。
「殺したらそれもまた胸くそ悪いんじゃないのか?」
「知らん奴に手を出されるなら自分で、というだけさ。 」
「だけ、で済むかなあそれは。大問題だぞ」
「少なくとも私はそちらのほうがいい 」
酒の席だ、危ないと思うなら飲んで忘れればいい。
口角を上げて放つ言葉は殺伐としているものの肩肘をついて足を組むのがさまになるせいかなんだかもういいんじゃないかなあと思ってしまうのはオレも酔いがまわっていたからだろう。
ファーストエイドと共に3人で飲むことはあれどファルマと2人きりで飲むなんてことはほとんどしたことが無かったし、極希とはいえたまに元ディセプティコンであることを理由に視線を凍らせるファルマがこんな穏やかに話しているのも(そうはいってもそれなりに内容はきついが)みんなみんな酒のせいだ。
「お前はどうなんだアンブロン」
「おれ?俺はなあ―――…」
酔いどれ気味に答えた言葉はなんだっただろうか。
おれは置いていかれるのが怖いから。
けれど、着いて行くこともできない臆病者だから。だから、だから。
ぶん、とブレインが大きな音を立てた。
…ぶん、だっただろうか。
何か、違う音じゃあなかったか。
がりがりとか、ばりばりとか。
鉄を切り開くような―まるでなにかを切り裂いたような―…… 長々と考えることができず、自分に何が起きたのかアンブロンは最期までさっぱりわからなかった。
「アンブロン、私はお前が嫌いじゃあなかったから覚えていたことがあったんだ」
ぶれたファルマが、あの時のように美しく笑った。
「『いつか死ぬなら知ってるやつに連れていかれたい』って言ってたろう?」
※同僚も上司も失くしてしまった若い看護師は終には道さえ見失ってしまったようです※
「あなたはアンブロンを。ぼくはあなたを。」
「おや、おかしくなったのは私だけではなかったか」
「そうですねあなただけじゃなかった。僕も、アンブロンも、あなたがいなくなってから回路のどっかがイカれてるんです」
ファルマに照準を合わせる。
「あんたが相談してくれればこんなに狂うこともなかったでしょうに」
それはすまなかったなと目を伏せて笑う彼は抜けられぬ壁に背を預けてただ最後を待っている。
「そうしたらみんなで死ねた。」
「医者のセリフではないな」
「医者の前に一セイバートロニアンなもんで」
トリガーに指をかけた。
「…アンブロンと僕とあなたの3人だけで、まともに人生過ごす道を歩んでみたいとは思いませんでしたか」
ファルマは何も言わなかった。
ただ、青白い光を放って自分を通さまいと拒絶する壁に手を添えてそっと目を閉じている。
それは懺悔のようにもこちらのそれ以上の台詞を聞きたくないという拒絶にも見えて、ファーストエイドはファルマの返答を待たずに言葉を紡いだ。
「…僕はただ、そんな後悔があるなら最初からあんなことする前に僕らにその話をしてくれたらって思うんです、ファルマ先生」
撃て。とファルマが言ったような気がした。いや、「思わないわけがないだろう」と言ったかもしれなかった。
「ファルマ先生」
結局最後の最後までファルマはファーストエイドに答えをいうことはなかった。
「…ファルマ…」
頭を無くしたファルマがもう答えることはないのだと理解した瞬間にファーストエイドは自分の銃から硝煙が立ち上っていることに気がついて、ああ、と呻いた。
とんでもないことをしてしまった。
あなたはアンブロンを、ぼくはあなたを。
そう最初に言ったのに。
退路を絶ったのは自分自身じゃないかと気付かなければまだまだ幸せだったろうに、ぼくのブレインは目の前の遺体と焦げ臭い匂いですっかり覚醒してしまった。
「ああ、僕はなんてことを、なんて、ことを」
「落ち着いてくださいファーストエイド、あなたは悪くないっ」
「どうしましょうラング、らんぐ、」
「ファーストエイド、あなたは何も悪くない」
「ああ…」
ラングが噛み合わぬ台詞にファーストエイドをのぞき込む。バイザーとマスクが何もかもを覆ってどんな顔をしているかはわからない。
ただ、いつもなら軽い冗談を言いながらリペアをする青年の面影がないことはラング以外でも分かるほどの取り乱しようであった。
―…叫ぶ言葉に異常性があるように感じたのは、ラングが他の仲間達を呼んでファーストエイドをロストライトへ連れて帰ろうとしたときのこと。
「ファルマ、アンブロン、いやだ、かえって、帰ってきてください、ねえ、」
ファーストエイドの手に未だ銃が握られたままだったのをゆっくり刺激しないように外そうとと手をかけた瞬間に力強く銃で振り払われて、ラングははたと気付いた。
恐ろしいことに気付いてしまった。
彼が取り乱しているのは、殺したことを悔いているのは過去の仲間を殺した罪悪感からではないことに。
「あなたたちが死んだら僕は誰に連れていってもらえばいいんですか」
――この若者が絶望しているのは、死ぬ術をなくしたことだ。
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