(オーバーロードはトレパンを想ってリンドウの花を吐きました。花言葉は《悲しむあなたが好き》です。 )

(トレパンはオーバーロードを想ってホウセンカの花を吐きました。花言葉は《私に触れないで》です。 )

(TFサイズの花とかねぇよとかは言ってはいけません)





いつもの授業を終えた時のことだった。



ごほっ。ここ最近聴く音とともに大きな青い機体が揺れ、やはりいつものようにどうしたと声をかける。「なんでもないよ」この回答もいつもどおりだ。

なんでもないならその咳も早く治すべきだと思うんだがねと皮肉を飲み込んで、トレパンはオーバーロードの前へ立ち、授業をまとめたラップトップを差し出す。


トレパンが異変に気づけたのはそんな時だった。



「オーバーロード、あんた、それ」


口元を抑え、けふ、とまた大きく機体が揺れたと同時にぽろぽろとおちる何か。

液体ではない。かといって、オーバーロードが授業のあいだなにかを口に含んだのも見た覚えはない。その間トレパンはラップトップとオーバーロード以外のものを見ていないし、なにより大柄なオーバーロードが起こすアクションはどんなものであれ目に付くのだから気がつかないわけがない。

煩わしそうにオプティックを細めるも口元を抑えるのを止めないオーバーロードを見て只事でないと判断したトレパンは、その口元の下に両手で器を作った。


ひらりひらりと色のついた小さななにかがトレパンの手に舞い落ちる。

咽るオーバーロードか揺れる度、小さなそれは器に降り積もる。

屈み、眼鏡代わりのレンズを通してみれば、それは粉ではなくある種の植物であることがわかった。

紫がかった深い青の、しっとりとした質感とくるりとそった薄い花弁がどことなくオーバーロードらしい。

だからといってこれを吐いた理由はさっぱりなのだが。


「心当たりはあるのか?」

「…いや」


そういう割にはその口元が笑っている気がするのは気のせいではないだろう。

それに突っ込んだら話がこじれそうな気がして、トレパンは積もった花を机に広げてオーバーロードに水の入ったグラスを差し出した。


めずらしいね。


噎せていた時の機嫌の悪そうな顔はすっかり潜めていつもの笑顔を浮かべて受け取るオーバーロードは、やっぱりどう見たって心当たり、むしろ答えがわかっているようで。

吐いたあとのアフターケアを少しでもやったことが従者のようでむかむかする。


「お前さんは」

いつもどおりの反応ばかりだな。


そんな嫌味を言いかけてグラスを介し2人の指先が触れ合った瞬間、「ぅ、ぐ」突然の吐き気に口を覆った。

「先生?」

加速する不快感が喉元をせり上がり、耐えきれずその場に膝をつく。

オーバーロードの大腿に肘をかけと脱力したトレパンの背中に、オーバーロードの指先が触れる。ひゅうと喉奥のパイプが鳴った。くるしい、気持ち悪い、息ができない。


「大丈夫かい」


低い声と、背に感じる重みが腹のものを出せと言っているようで。彼の言葉の端々から毒が染み出しているようで。

きもちわるい。

吐くより先に零れた冷却液がオプティックを濡らし、視界を歪ませたのを皮切りに、大腿に爪を立てぬよう拳をつくり、背中を丸めて備える。ひくりと腹が痙攣して、もうだめだと押し当てた手の平に、ごふり。



「……おや、おや」


「ぐ、ぅえっ、げほっ、は、っはあ」


足元で丸まった小さな医者の腕を掴み上げたオーバーロードのオプティックに映ったのは、その凶悪な赤さとよく似た花を吐き哀れにも顔を崩し嘔吐くトレパンで。

「ふふ、移ったのかな」

その顎を指で上げたオーバーロードは、一層激しく赤い花を零すトレパンに笑いかけた。そして彼もまた、けふ、と花を吐く。

オーバーロードはトレパンの背をさすり、元々体力のないトレパンはそれに抵抗も言葉を返さずただ吐き気に負けくったりとしている。

オーバーロードの指が触れるたびに腹は痙攣し、口元からは赤い花が血のように溢れる 。そしてそれをみるオーバーロードも笑いながら噎せては花を吐くという、誰が見ても訳がわからなくなるような、薄ら寒い狂気すら感じる光景であった。


「オーバーロード、」

「なにかな」

「オーバーロード、すこし、手を外してくれないか」

「それでは貴方が倒れてしまう」


オイルが引きすっかり青白く不健康になった頬を楽しそうにくすぐるオーバーロードの動きに、正しくは彼が触れるごとに、トレパンは大ぶりの花を吐く。

「それに、さすらないと苦しそうだ」

膝の上に横抱きにしたトレパンを片手でしっかり支えてオーバーロードが言った。くすくすと笑いながらトレパンの表情を見つめるその顔は、隠す気などないほどに歪んでいる。

全力で抵抗しようにもこのざまではどうにもできず、胸を押さえ荒く排気することしかできない。睨むにしても反抗的だなんて難癖をつけられたらなにをされるかわからない恐怖がトレパンの動きをさらに重くさせた。

お前は何がわかっていたんだ。

問うたトレパンの口元を拭って、オーバーロードはうっそりと笑んだ。


「あなたがどれだけ私から逃げられないのか、とか、どれだけ私のことを受け入れられないか、とかかな」

「なんだ、それ……っぇふ、」


トレパンが何度目かの花を吐いた。


胸を押さえる手の上に、細い腹に、そしてオーバーロードの太腿へはらはらと赤が散る。

断続的に押し寄せる吐き気と疲れに排気すら難しく、ぐるぐると悩み続けていたら動く体力もすり減り、むしろ話すことさえままならなくなっていた自分がバカのようだ。考えても、後の祭りなのだが。

自分は花を吐いていて、何故かオーバーロードは恐ろしいほど機嫌がよくて、遠まわしに触れるなと言っているのも聞き入れてくれなくて、もう何がなんだかわけがわからない。が、それでもオーバーロードは情報をトレパンに渡すことはないのだろう。

トレパンがオーバーロードに捕まっている限り。逃げ出そうとしない限り。



「…逃げたとしても、おまえさんが逃がすとは思えないな」

「そうだね」

「それに、生憎だが、そんな場所もないんだよ」

「そう」


なら、私のところにいればいいんだよ。



「……………もう、それでもいいのかもしれないな」


かすれた声でそう答えたトレパンに、真っ青な花が蝕むように降っていた。







(リンドウの花は疫病草とも言うらしいです)


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