目の前の生命体がのたまった、恋人というのは。

長く言えば、例としてAとBという有機生命体がいたとして、AとBが互いに想い合い――所謂愛だとか恋だとかいう感情が終わりの見えない一直線上に乗り上げて――未来を共にするかしないかを見定める期間を設けた関係であり、短く言えば相性のあった異性同士の(例外もいるが)2人の関係を表わしたもの。で、正しいはずだ。
いくら未発達の星のネットワークで得た知識とはいえ、総合的ではあるがこの見解であっているはずなのだ。
多分。




話は数分前に溯り、俺がスタースクリームからデータの解析を任され(正確には面倒事を押しつけられたという)、側にラヴィッジを座らせて作業をしていたところ、普段研究室に籠りっ放しで歩き回らないトランスフォーマーがこの部屋に入ってきたところから始まる。


終わりが見えない思考の渦に足を捕られて苛々したのを感じたのだろうか、足元にいる己のドローンが小さく機械音を鳴らし、真っ赤な単眼をこちらに向けた。
首をかしげ瞬きをしながらこちらを見つめてくるその行動は今の己にとって癒しに近く好ましく、それを触手でゆるりと撫でてやる。

「…サウンドウェーブ」

そして、本日2度目になる名を呼ぶ声に、何の用だと一言突き返した直後、数分前に俺を思考の渦に突き落とした言葉が再度返ってきた。
思わず喉元まで出かかった俺に関わるな話し掛けるなの言葉を飲み込み今この場にメガトロン様がいてくれたらと、この際ニューリーダー病やらなんやらで叩かれまくっているNo.2でも構わない、こいつを押し付けて俺はこの場から離れていけるのに。
また思考に足を突っ込みそうになったが、今度沈んでしまったらきっと上手いように流されて気付いたらもう手遅れになってしまいそうだったので、早々に目の前の奴を片付けて終わらせてしまおうと、

「ショックウェーブ」

目の前の名前を呼んだ。

特に何ら変わりない声で話しかけたはずだが、何かしらの感情でも漏れたのだろうか。
ドローンとはまた違った鮮烈な深紅の単眼をフェイスパーツで細めたショックウェーブが喉で笑うのが見て取れた。
それがいかにもというような、こちらの動揺を感じ理解している事をあからさまに伝えているようで(事実そうだろうが)腹が立つ。こいつはこういう事には強い――逆に何か弱いものはあるかと言われれば閉口する他ない。
やはり自分はこいつとは合わないと体の底から感じる。

「随分と深く物事を考えるんだな」

いつの間にか目の前に立って俺の顔を覗き込むショックウェーブに思わずのけ反る。
足元のラヴィッジが気圧されたのか小さく鳴いて部屋から飛び出した。…ラヴィッジが上手くNo.2に遭わずにブラックアウトかグラインダーの元にたどり着ければ良いのだが。不安だ。
呼び戻しを口実にこの場から切り抜ける事も考えたが、こいつに余計な弱味を握られるよりは、というかプライドが許さない。何よりまた間を空けずに同じ台詞を投げ掛けられるのがオチだろう。


「…深クなど考えテイない」

少しばかり排気をすると、不協和音を出しかけていたブレインサーキットの熱が下がった(ようなきがする)。

「どうだか」
「どウでもない」
「…随分と口数が少なくなったな、情報参謀殿?」

らしくないぞ?
メガトロンと同等サイズの体躯と俺の体躯の間が一気に縮められ、科学者らしからぬ胸板に顔を押しつけられる。
らしからぬのはお前だろうと言い返す事は出来ず、情けなくも身体を硬直するだけに止どまった。
すぐにその硬直を解き、自分の腰が片手(これまた科学者らしからぬ装甲付ときた)でがっしり固定されているのを見て逃げられないのを理解し、舌打ちしたのち大人しく首だけを動かして上を見上げる。
モノアイが至極愉快そうにこちらを見つめてくる事は気持ちのいいものではなかったが、このまま無言で突き通すのも気まずい。
先程のラヴィッジを素直に追いかけていたほうが良かった、と今更ながらに後悔した。

「答えを訊きたいのだが?」と腰の手を離さない辺りこのまま話を続行する気のようだ。ふざけんな、正気か。

触手を伸ばして押し退けようとしつつ、ショックウェーブの先程の言葉について思い返してみる。
熱ごときで俺の優秀なブレインサーキットが壊れるはずも無く、それはもう鮮明にその時の感情まで再生する事が出来た。この際此所だけ消えてればよかったのにという考えは気のせいにしておく。


「…`私と付き合え'だったカ」


仕方なしに誰とでもなく呟くと、

「ああそうだ」

あっさりと返ってきた肯定の台詞に口元のパーツが引きつった。

「それハ、ドウいう意味だ?」
「そのままの意味だ。ここまできて判らんお前でもないだろう?」
「オ前が言うよウな意味の台詞じゃないから判りたくないンダ」
「なるほど」

なるほどじゃねぇよ畜生。
本音が飛び出すのを辛うじて止め、そこは大人しく無言を貫かせてもらった。
どうにかしてこの場から逃れたいものだが、こいつは曲がりなりにも防衛参謀な訳で―…ブレインサーキットがこれ以上は回避不可能だと悲鳴をあげた。

「ソもそも…」

深く排気をする。


「俺とオ前は男同士だろう」
「まあな。だが泥の星ではありだと聞いた」
「確かにありダガ…じゃなかっタ何てものを調べているんだオ前」
「同性愛についてだ」

…こういう事を確か泥の星の言葉か何かで会話のキャッチボールが出来ないとかどうとか…今はいい、なんだろう、これ以上話し続けてもこの会話は終わらないというのはよくわかった。

調べるまではよしとしよう。侵略するにあたってそこから始めるのもありかもしれない(この際同性愛云々が侵略に全く関係のないものだとしてもだ)。
だがまだわからないことがある。

「どうして俺ヲ?」
「好きだからではないのか?」
「ハ、どちらが」
「私とお前が」

思考が、止まった。

「…はァ?」

思わず顔を上げてショックウェーブに視線を合わせる。動きに反応してこちらに目を向けるショックウェーブは、如何にも「どうしてそんな顔をするのかわからない」といったものだ。たまったもんじゃない。
機体がむず痒くなる理由は間違いなくこいつの告白(と言っていいのだろう)から`相思相愛'というまたもや泥の惑星の言葉を連想したからに他ならない。
何がどうしたら俺とこいつがきゃっきゃうふふと笑いあいあまつさえ愛し合うなどというのが出来ると言うのか。

「…バカか、」

口内オイルは渇ききっていてまともな声など出せず、続けて言おうとした「お前ともあろう者が、恋愛などと」という呟きはブレインサーキットの隅に消えていった。
それでも、もしもこいつの言葉が本当だったとして、はたまた実験と称したからかいだったとして。これ以上何を言えばいいのか。少なくとも今まで機械生命体として長らくいたが、脳内シミュレーションさえした事がないこの会話は俺はもう続けられない。
理解できないのだ。根本的に。
戦略の話だったら、他人の弱味の話だったらこんなに悩まないはずだ。情報参謀として、話の内容流れ空気全てがよめないというのはあってはならぬものなのだから。
左右に首をふる。
ただ、こういう、色恋沙汰というのは。

「むりダ」

理解出来ない。俺が理解出来ないなどあってはならんというのに。くそ。
無知は恐ろしく、長らくそれに触れてこなかった自分にとって今のショックウェーブの言葉は地雷のようなものらしい。ショックウェーブの一言一言に言語を司る一部のブレインサーキットがエラーを起こし、倦怠感が脳を焼く。
暴かれるようなそれに思わず排気が荒くなった。
脳内への負担を減らすためにアイセンサーの光を弱め首を振ったがそこまで変わらず、気怠さが増し不快感が増えただけだ。

これでこの話は終わりだという意味も含めて2倍ほどの体格差がある相手の機体に手をあて力を入れる。が、腰の手はそれを許さない。

逆に強く引き寄せられ、顎にショックウェーブの指が当てられて上を向かされる。

「なん、」
「深く考えるな、と私は言ったはずだが」

サウンドウェーブ、と囁くような声が聴覚センサーに吹き込まれ身体が強張り、ゆるく振った頭を片手で易々と押さえ付けられ目を逸らせないようにされた。近い。近過ぎる。絶望的なまでの体格差を埋めるように俺の顔を覗きこんだショックウェーブの単眼は俺だけを映した。深紅のカメラアイが収縮してピントを合わせるのがよく見える。
逸らせない視線の普段見たことのないショックウェーブの感情に思わず肩に力が入った。

「ッだから、深ク考えてナド」
「ならば私と付き合え」
「どうシテそうなる…!」

「嫌いでなければ断る必要はないだろう」

俺の頭部をでかい掌でしっかり押さえ付けながら、ショックウェーブは親指で俺の口元のマスクを外した。露になった唇を模したフェイスパーツを撫で、違うか、と問う。
慣れないその行為と沸き上がったぞくりとした感覚にまた一つ、ブレインサーキット内でエラーが起きた。冷却液をエラー箇所に循環させながら原因である奴を見上げ熱くなった排気と共に

「…嫌いでないから好きだという判断は違うだろう…!」

マスクがとられたことによりエフェクトがかからなくなった声でそう言った。
答えたのだからもういいだろ、と力が弱くなったショックウェーブの腕から身をよじり抜け出した瞬間、何かに引き戻され、ぶれた視界は突然過ぎてブレインサーキットがおいつけなかった。



「…う、ぁ」

数秒かけて理解できたのは、やっと抜けた身体がショックウェーブの腕により軽々と引っ張られ再びその中へ連れ戻された事と、こちらもやっと抜けた顔が再度上向きに固定されたことだけで、あまりの展開の早さにカメラアイを瞬かせていると混乱の元凶である単眼の顔が目の前にやってきた。

「ショック…ウェーブっ、ちか、い」
「近くしてるからな」

額が触れる程に近付かれ、それでものけ反ることも顔を逸らすことすら許されず、ただただ名前を呼ぶことしかできない。フェイスパーツが熱をもち、これ以上このままの体勢で何か言われたらと余裕なんてどこかにいってしまった。
ショックウェーブの口がざわりと蠢き、俺の喉元を撫で何やら考えこみ、そして口を開く。

「お前はさっきから…ああもう、言い方を変えてやる」

焦れったそうに語気を荒くしたショックウェーブに(実はこれにも腹が立ったのだが、哀しいことに全く言葉がでなかった)、嫌な予感がした。
やめろやめろ、それ以上言われたら、


「私はお前が好きだ、サウンドウェーブ」


だからお前も私を好きになって、大人しく私のものになれ。


そう言って掠めるように口付けをされ、今度こそ俺のブレインサーキットが煙を上げてオーバーヒートした。




(配布元/告別)


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