理解したくもない、出来るはずもない。そう思うほどに穢らわしく恐ろしい生き物がよもや生きていて、なんだかんだあって自分達と同じ軍にやって来るとはいったい私がなにをしたというのだろうか。
(吐き気がする)
ぶぅん、と口でも音でもそんな間抜けっぷりをネメシス全てに撒き散らし、まるでネメシスそのものがどうにかなってしまったかのような絶望すら感じる。エアラクニッド様が連れてきた昆虫たちは彼女がいなくなったと同時にメガトロン様に仕えることになったのだが、喧しいわ頭領以外は頭が悪いわ図体がでかいにも関わらず好き勝手に暴れまくるせいでこちらの仕事(後始末とも言う)は数倍に膨れ上がった。
オーバーヒートしてぶっ倒れるのならまだいい。だがしかし、インセクティコンらの行動によって被害はさらに増えていく。
「あれが仲間だなんて」
「そこまでいうか?」
「言わずにはいられない…!」
俺はともかくとして、お前はそうすぐ口に出るから気を付けないとなあ。
そう笑うようなしぐさを見せた同僚は、その数時間後にインセクティコンの一体に殺された。



「―――っ、!」

ぽいと投げられた生首に硬直する私と視線を合わせるようにしゃがんだインセクティコンはその恐ろしい刃物が敷き詰められた口を開いた。言葉がでない。消えたアイセンサーの光がこちらを見ているような気がしてならない。
「すきにしていいっていわれたの」
子供のような言葉使いではあったが、生臭い喉奥からのオイルの臭いと起動音は子供というにはあまりにもリアル過ぎた。
「すき、に?」
「うん、すき」
好きにしていいというのは誰がいったのか。それがわからない私たちではない。所詮は量産兵、蟲より弱い兵士の行く末など戦いか死しかないのだから。幾人減ろうが作り直すのがこの軍だ。
「私を殺すのですか」
だが、この蟲が今目の前にいるだけでも胸糞悪いのは私だからだろうか。同僚の死を理解したと同時に、どうせスクラップにされるのであれば自殺でもしようかという思いが過ぎる。こんな醜い生き物に遊ばれるくらいなら、というその選択肢は、逃げ場所もない今の状況では輝いてるとすら思えたのだ。
「あ、!」
蟲から数歩飛び去るように離れ、銃を構える。どうせ殺される身、一発撃ったところで救援も制裁も来るはずがない。照準を合わせると、腕をつきこちらを窺う蟲と視線があったような気がした。―――と。

甲高い鳴き声がそれから発せられた。
びりびりと聴覚センサーが震える。「っなん、」
それをしっかと見つめようと視線を上げ、通り過ぎた自分の足元。そこから伸びる覆い被さる影の羽音と、その見覚えのあるシルエットに息を呑んだ。
横は壁、前後は蟲。たった一体のビーコンにもう術はなかった。
(嫌だ、嫌だ嫌だいやだいやだいやだっ!!)
腕が、脚が、腰がたくさんの手に絡め取られる。中心らしき先程の蟲がビーコンに近づく。ぎっと鋭くアイセンサーを光らせるそのビーコンを、蟲は指先でなでた。

「いなくなっちゃだめだよ」

それは、死刑宣告も同然であった。




連れ込まれた先の、ネメシスよりも薄暗い蟲達の巣は、どこを見ても蟲しかいなかった。
鋭い牙がどの方向に視線をそらしても視界に入り、嫌悪し吐き気を覚えようにも、急所という急所に爪先を立てられてはどうにもならない。いっそ殺せという言葉は床に散らばっている同胞たちのパーツを見た瞬間に飲み込まれてしまった。
叫んでしまったらこうなる。
逃げ出そうとしたらこうなってしまう。
思えば思うほど死ぬのが怖くなって、身をすくませることもできず、たくさんの手に支えられたまま項垂れる。

「やっときみをもらえたの、」

同僚の首をちぎった先程のインセクティコンが言った言葉に引っ掛かりを覚え、みっともなく震える機体を止め視線をもたげる。きちきちきち、と蟲のパーツが細かく鳴った。
「もら、え、た…?」
「うん!」
人差し指をいじりもじもじして蟲は頷いた。

「適当な、生贄がわりだったのでは」
「そんなぁ!ないないないー!!」
「そうだよビーコンさん、」
「この子は君のことずっと見てたんだよー!」

こちらを見つめるバイザーの、そのやたら爛々とした光に内包されたその感情がどうしても理解できてしまってぞっとする。私を取り押さえている蟲共の台詞からもだ。こいつ、は、

「あのね、ぼく」

やめてくれ。

「君のことのこと食べちゃいたいくらいだーいすきなんだ」

笑い、目の前の口が裂けて喉奥と牙が良く見える。
拘束された全身を動かす気にもなれず飛んできた咥内オイルの雫が私のフェイスパーツをぬめらせていく。
…ああ、もう、何も考えたくない。

「召し上がれるものなら」
「ほんとう?」

ずらりと並んだ牙がぐいと近づく。
カチカチと歓喜の音を鳴らす眼前の蟲に続き、背後から複数、最終的には蟲たちの巣の中全てが音で埋め尽くされていく。

牙が頬に触れる。

涎が牙を伝って首筋に落ちる。

爪先が胸を撫で、腹を掴む。

紅い目が私の前にぴったりと位置を合わせて、細められて、引き寄せられて、口が開いて、
そして。


「いただきまぁす、」


なにもかもがまっくらになった。







その蟲の巣の奥の奥には、彼らの大切な宝物があるという。


(配布元/虹女王)
戻る





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -