メガトロンが死んだ。
死んだと思っていたマルハナバチに後ろから襲われて、あのいつものようなぞっとするほど美しい動きでいなすと思ったのに。メガトロンはそれもできずに刺し殺された。最初なにがなんだかわからなかった。だって、あのメガトロンがだ。あんな、一般兵卒の声なしなんかに。
ひりつくような喉の痛みと、僅かな呻き声とともにぐらりと落ちていくメガトロンを眺めてからやっと「ご主人様、」って声が出た。嘘だろ、なんて言葉も信じられないときによく出る冗談も言えずに、オレンジと赤の色だけは穏やかなそれに包まれていくメガトロンが視界にうつる。
「なんであなたが」
アーシーを押さえていた手が落ちる。アーシーも衝撃で反撃することもない。だけどそれをよかったなんて思えない。時が止まったようなあの瞬間は二度と忘れられないだろう。
まだ、まだ、あのメガトロンがいる空間にとどまりたかった。まだ、メガトロンの加護にあるディセプティコンにいたかったのに。ねえどうして、どうしてあんな油断していたんですか、メガトロン。

(オプティマスを前にして、殺せると確信してしまったからか)
(それが俺たちディセプティコンの運命だったのか)
(メガトロンが終わりを引き寄せてしまったのか―――)

それでも、こんな終わりかたはあんまりだと強く思ったのと、あれほど欲しかったディセプティコンのリーダーの座が、一瞬だけでも、メガトロンがいなくなったと同時にがらくたにしか見えなくなってしまったのが恐ろしい。情けない話だが、いままでだって死にかけたメガトロンが何度も生還するたびにどこかスパークの奥底で満足感のようなものを得ていたことは自分でもわかっているのだから。
それらの安心が取り除かれてしまった。それも、まったく気に求めていなかった一人の同族によって。
だからだろう。いつもは自分の安全ばかりを無意識に優先してしまうのに、怒りか悲しみかもわからない感情で、「仇をとる」なんて叫んでそのマルハナバチを殺そうとしたのは。今でこそ思うが、あんな近くにオプティマスがいるところに単身でいこうとしたのだから、やっぱり悔しい話、俺様はメガトロンがいるからこそディセプティコンがほしかったんだろう。
ショックウェーブの判断は正しかった。殴られることも蹴られることもいとわずにただ生きることを選んだんだから。でも、それができたってことは、もうメガトロンは死んだものと割り切っているってことで。そうなるとやっぱり仇とって死んだほうが良かったんじゃないかとも俺は揺れちまうので。

「羨ましいぜ、ほんと」

脳裏に写った影があの人に見えたのは、きっと気のせいだ。






メガトロンが死んだ。
オプティマスに止めを刺そうかという瞬間に、誰もが予想だにしていなかった伏兵によってインシグニアを恐ろしいほど綺麗に貫かれて死んだ。ついさっきだ。
驚いたことにスタースクリームは何一つ騒がずにその機体が倒れていく様を見つめていた。サウンドウェーブから通信がこないのは、死んだか、再起不能にされたかどちらかか。あの男がメガトロンの危機に駆けつけないのはそういうことだろうと結論付ける。サウンドウェーブがいないのも、メガトロンが死んだのも、これといって驚くようなことではないが、これからどうしようかと少し悩んだ。
広すぎる空間に身を投げたメガトロンのオプティックは再度点滅することもなく、色だけはあわやかなそれに包まれていく。
(破壊大帝の死はあるべくしてあったのか)
(はたまた――…)

「―――メガトロン様っ」

先程まで黙っていたスタースクリームが、泣き声のような叫びを上げた。ヒールが、オプティマスのほうへ向かわんと床を蹴ろうとするのをすんでのところで取り押さえる。感情が高ぶったときの冷却液こそ出てはいなかったが、構えた腕も小刻みに震える機体も、それらすべてがニューリーダーになることへの喜びではないのは疎い俺でも解った。
「スタースクリーム、落ち着け」
「あの人の仇とるだけだっ! 離せよばかっ!!」
「よせ、よせスタースクリーム、逃げるぞ」
細すぎる腰を抱え込む。拒絶ばかりを口にする
その姿は、まるで親鳥を失った雛鳥のようで。撤退の意思を告げるとその表情に滲み出る悲痛はますます色濃くなった。メガトロン様、もういない破壊大帝の名を精神安定剤かと思うほどの頻度で呼び続けている。
廊下を駆ける中、絶叫まじりのその台詞は、それらに詰められた歪んだ感情は、俺にも強い感情があったならきっと理解できただろうが。

何で死んだんだよ何で殺されたんだよあんなのに!どうしてだメガトロン!!どうして!!あんたがいないディセプティコンなんてつまんねえのに!あんな死にかたするディセプティコン破壊大帝がいるかよ!!ふざけんなッ!!

その名の通り叫ぶスタースクリームの心情を俺は、スタースクリームが叫び終わるまで理解でにないまま脱出ポットに向かった。
まだ、これに命を投げ出すようなことは許されない。メガトロンがいない今、このジェットロンをディセプティコンの次期指導者にするのが一番論理的なのだから。







メガトロンが死んだ。
死んだと思っていた少年兵が後ろで飛び上がったのを俺はみた。見た、だけだった。咄嗟になりふり構わずかばおうとしてメガトロンの前にたった。ぞっとしたのだ。自分がどういう状況に置かれていたのかを失念するほどに焦っていた事実に。だがしかし現実はどうにもならなかった。当たり前だ、俺はもはや誰も見ることもできず触れることもかなわないのだから。
胸を通り抜けた剣がメガトロンを深く刺し貫き苦悶の表情が見える。俺をみているのではない。少年兵をだ。
(だから私は言ったんだ、メガトロン)
聞こえないとわかっていても、吐き出さずにはいられない。ぐっと顔を近づけても、メガトロンはもう、俺を見ない。点滅するオプティックが示すのは死だ。ゆらり、とメガトロンの機体が傾き咄嗟に伸ばした手は彼の手をとることもできず空をかいて、重い音を立ててスターセイバーが足元に転がった。どこか遠くでスタースクリームとショックウェーブの声が聞こえる。
メガトロンが落ち、スタースクリームが叫び、走り去る音がする――なにも考えたくない。あってはならないことが起きてしまったことが何より恐ろしかった。

『あなたは』『オプティマス』『に』『依存すべきではなかった』

やっとでた声は誰のでもない継ぎ接ぎのものだ。いつもの私だ。けれど、言うべき相手がどこにもいない。いないのだ。私を、サウンドウェーブを、誰よりも上手く使っていたあの男が。
彼がいなくなったとしても対応策はいくらでもあった。しかしそのどれもを実行する気が起きないほどに指先から力が抜け、この空間から出ようとショックウェーブに向けるつもりだった通信もやめた。なにがしたいのか自分でもわからない。ただただスパークが穴が開いたように痛む。
あと少しだったのだ。
スタースクリームが(多少だが)幹部としての自覚を持ちまともになり、ショックウェーブの研究で地球をサイバー化するまで、障害こそ多けれどやっとたどり着いたはずなのに。
(なにがわるかったのだろうか)
いっそ視界が見えなければこんな思いはしなかったのだろうか。

『オールハイルメガトロン』

歪む視界に答えなどどこにもありはしないのだけど。



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