7話


「というわけで第一回、幼なじみ本音懇談会を開始したいと思います」


今回は巻き込まれ不運だなあという善法寺さんのつぶやきをあえて無視し、話し合いの席は我が家にもうけた。ちょうど家に誰もいないし、何よりも――


「本音懇談会ってなんだよ! ていうかどうやら大事な話し合いなんだろ、その手を止めろ!」
「ナイスツッコミだねえ留三郎」


ずびし!とわたしの手元を指さす留三郎くんに、さっきまでの戸惑いはどこへやらもうすっかり場になじんでにこにこしている善法寺さん。

わたしは「だって仕事が追加で来たもの」と応じて手元の刺し子を進めていく。糸を同じ間隔で縫い、線を太くする箇所は二度糸を重ねる。ちくちく刺していると善法寺さんが「見事な腕前だね」と褒めてくれた。それほどでもありますよフフン。


「それに刺し子をしてるからって、いい加減に話し合ったりしません。帰ってきていきなり今更に結婚しようとか言い出す人に比べたらずいぶん誠意もあると思いますけど」
「うっ」


布をちくりと刺すごとく留三郎くんもちくりと刺しておく。しかし素直に言葉につまって「それもそうだよな」と認める潔さに免じて、針はすぐに抜いてあげた。


「留三郎くんがわたしのことをきちんと好いてくれていて、そのうえで結婚を申し込んでくれたのはわかったよ。そこは純粋に嬉しかった」
「そ、そうか」
「よかったね留三郎」


嬉しそうに頬をかく留三郎くんに、笑顔を向ける善法寺さん。こうしてみると本当に仲の良い友達らしい。留三郎くんが忍術学園で楽しく過ごしているようで少し安心する。本当は、本人の口からこういうことを聞きたかった。


「だけど突然すぎて、いまいち信ぴょう性がないよね。だって小さいころ、わたしと結婚するのかって三軒隣のおばちゃんに聞かれてきっぱりと妹ですって言い切ったじゃない。それに忍術学園に入学することだって、出立するそのときにようやく教えてくれたわけだし、そのあとたまに帰って来たかと思えばどんな学園生活を送ってるのかも教えてくれない。聞いてもはぐらかして、言えないなら言えないんだって伝えてくれたら納得できたのに」


最初は冷静だったものの、次第に声音が熱を帯びてくる。言葉がどんどん出てきて自分でも驚いていた。そうか、わたし、本当はけっこう腹が立っていたのか。一度話し合いをしたかったんじゃない。一度、こうして文句を言ってやりたかったんだ。

それでもこれ以上、感情的にはなりたくなかった。感情的になったって解決しないものもあることを、目の前の原因のおかげでわたしはいやというほど知っている。言葉を切って静かに深呼吸した。


「……だから、もし今言えるのなら、教えて。どうして今更、わたしと結婚しようと思ったの。わたしのこと好きだって、それっていつからなの」


留三郎くんの目を見据える。本当に男らしくなった。紅葉のような手は面影もなく無骨になって、驚くほどの力でわたしを捕まえるようになった。

鋭い、でも怖くない目がまっすぐにわたしを見る。わたしの言葉すべてを受け止めているのだとわかる面差しだ。思い返してみれば、こんなふうに真剣に向かい合ったことはなかった。わたしたちはきっと、幼なじみという間柄に甘えすぎていたのだ。


「……確かに俺は、忍術学園に入学する前は、静江のことを妹だと思ってた。学園に入学することを伝えてなかったのは、言ったらおまえが泣くと思ったからだ。だって静江、俺のこと好きだっただろ」


一瞬だけ息が止まる。気づかれていたとは思わなかった。でもすぐに平静を取り戻す。善法寺さんの驚いた顔を横目に、わたしはそうだよとうなずいた。


「気づいてたんだね」
「ああ。だから何も言わずに静江のもとを離れたんだ。静江を傷つけることになって、悪かったと思ってる。学園のことを話題にしなかったのも、静江には忍術や武器や、そういったものとは無関係でいてほしかったからだ。危険なものとは遠くにいてほしかったんだよ、おまえは俺にとって平穏な生活の象徴みたいなもんだったからな」


きっとそれは、故郷にいる家族を、それこそ妹を思うような気持ちだったのだろう。言葉だけを見ればこんなに胸があたたかくなるものはないのに、その中身は単なる兄心ときている。初恋さえなければ純粋に喜べただろう思いやりが、痛みを帯びて心に波紋を広げる。

留三郎くんは視線をそっと手元に落とした。


「……静江のことを好きになったのはずいぶん後だった。今更だって思ったんだよ。静江が言ったとおり、今更だって」


さざ波のような声が静かに居間に落ちた。刺し子の手はとうに止まったままだ。麻の葉模様がわからない。留三郎くんが植えて、飛び越えて、なくなってしまった葉が今はもう見えていない。あきらめて針山に針を刺して、着物をたたむ。傍らにそっと置いた、そのときだった。


「でも仕方ねえだろ、一回知ったらもう知らん顔はできねえよ。恋って多分そういうもんだろ」


何もなくなったわたしの手を、留三郎くんの手がつかんでいた。近づいていたことさえ気づかせず、忍者になった彼はわたしの手をしっかりとつかんでいた。視線が間近でかち合う。


「留三郎くんは、身勝手だね……」


勝手に本音がこぼれる。突き放すような言葉なのに声音は自分でわかるくらいにやわらかく、わたしは初恋の本当の意味での厄介さにようやく気づいたのだった。

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