スバルは死んでるしユリウスとも最後までくっつかないしレムと結婚している
別にリゲルがユリウスとあれこれなる話ではないですね
メモブログに詳細があります
年齢はしっかり決めてないですが、多分スバルは30代半ば付近で亡くなって、ユリウスは今40代後半ぐらい。そろそろ50歳。スバルがレムと結婚したのは恐らく20代後半。ユリウスは歳を取ってから目が悪くなったので眼鏡を常にかけています。





背中をまっすぐにぴんと伸ばして、座布団に丁寧に座って仏壇に手を合わせている男の後ろ姿をリゲルはじっと見つめた。何年も前に亡くなった父親である、ナツキスバルの友人であった彼はリゲルが覚えている限りでも何度も家に遊びに来たことがある。

来るたびに美味しいお菓子や新しいおもちゃなどを毎回持ってきてくれて、そうした意味でも好きだったし、リゲルを変に子ども扱いすることなく一人の人間として扱ってくれる数少ない人だった。父が亡くなった時も酷く落ち込んだ母に寄り添って慰めてくれて、光が吹き消されたように暗くなってしまった家庭にだんだんと明るさを取り戻してくれた。

『ユリウスさんはお母さんのことが好きなの?』

子供特有の素直な疑問を、父が亡くなって少しした後に母に聞いたことがある。どこか暗い影を落とすようになった母はリゲルのそのぶしつけな質問に目を瞬かせて、それから怒ることもなく微笑んで頭を優しくなでてくれた。

『ううん、リゲル。ユリウスさんとお母さんはそういう関係じゃないんですよ』
『・・・・そうなの?でも、』
『あのね、ユリウスさんとお母さんは、同じ人が好きなんです』

今でもだいすき、と微かに瞳を潤ませて母がぽつりとつぶやいたのは確かに父のことだった。子供からみても大変仲が良くて、いつも一緒にいて、きっともっとずっと歳を取ってからだって、父は母が大好きだし、母も父が大好きなままだと思うほどには。

「、」

りぃん、と澄んだ音色を響かせた輪の音に沈み込んでいた記憶から浮上する。そろそろ白髪が浮き始めるような歳だというのに、ぴしりと伸びた背筋は今も昔も変わることがない。姿勢の悪さをどうにかしなさい、と母が言う時に大抵例に出されるのは彼だった。家に来ているときにその言葉を聞いて、どこかきまりの悪そうな顔をしていたことを覚えている。だから特に悪感情も抱かなかった。子供の些細な感情なども彼は心得たかのようにしっかりと拾って、解きほぐしてくれた。年齢が離れた弟がいると葬式の時に知って、その理由をなんとなく察せられたのはここだけの話だ。

「・・・・・ユリウスさん、お茶飲んでって。今持ってくるから」
「ああ、ありがとう。リゲルくん」
「ここに持ってこようか?それとも居間に移動する?」
「・・・・そうだな、ではお言葉に甘えてこちらで頂きたい」
「うん、わかった」

仏壇に飾られた写真を眺めているのだろう後ろ姿にそっと声を掛ける。振り向いて、眼鏡の奥の瞳がリゲルを映してきゅっと笑うように細まった。

亡き父によく似ていると言われる顔を見て、懐かしそうな表情を浮かべる父の友人や知り合いにはもう慣れた。ただ、彼だけはいつも違う。父と親友と言っても良いほど仲が良かったけれど、リゲルに向けられる感情は故人の面影を追うものではない。昔と変わらず、父と重ねることもなく、愛すべき友人の子供として見てくれる。実はそれに救われたことも数知れずだ。

「・・・・・・もう10年もたったのか・・・」

お湯を沸かしながらコンロの前でぽつりとつぶやいた言葉は何故か酷く耳に残った。








ナツキリゲルが9歳の時に、ナツキスバルはあっけなく死んだ。死因は自動車事故だった。飲酒運転の車に会社からの帰り道で跳ねられて、少しは息もあったらしい。そのまましばらく放って置かれなければ、命を取り留めた可能性もあったそうだ。酔っていて前後不覚だった運転手は父を跳ねた衝撃も知覚していなかったと聞いている。

「もしも」と時々リゲルは思う。母はもっと考えただろう。あの時救急車を呼んでくれたなら、あの時近くに通りすがりの人がいたなら、あの時、あの時・・・。永遠に失われた別の未来が、なんらかの形で目の前に降ってきてくれやしないかと。冷たく、強張って人間とは思えない触感になってしまった肌を温めておけば前のような暖かさに戻ったのではないかと。本当はいつもの少し迷惑なドッキリ仕掛けなのではないかと。

あまりにも唐突に失われた命の実感はあやふやなままで、10年が過ぎてもまだそんなことを思う。

「はい、お茶です。熱いから気を付けて」
「ありがとう」
「父さんには・・・仏壇に供えるにはちょっとアレかもだけど、好きだった缶ジュース」
「ふふ、そういえば茶葉の味は苦手だったね」
「雑草の味する!って言ってたよね。俺に言わせれば逆に雑草の味って何!?って感じだったけど」
「言われてみれば確かにそうだ。何かトラウマでもあったのだろうか」
「いや、多分あれはただの味オンチ・・・」

マヨネーズ一気飲みとかもしてたし、と胸焼けがしそうになる映像を思い出してしまってリゲルはうげ、と舌を出した。それにくすくすと笑って、これまた上品な仕草でお茶を一口。その些細な所作すらどこか絵になる。中年と言える年齢とはいえ女の人にモテるだろうなぁとなんとなくその横顔を見つめて思いつつ、リゲルも熱い緑茶を口に含んだ。飲んだ後に微かに残る、緑茶独特の甘い後味は改めて「雑草」なんて例えられるものではない。

「懐かしいな・・・、スバルからすると紅茶も同じだったようでね。レムさんに贈り物をした時に、もっと美味しいものを送れと言われた」
「・・・・・我が父親ながら厚かましくて申し訳ありません」
「はは、いやいや。全く気にしていないし、人にプレゼントを選ぶ行為が私は好きでね。楽しませてもらった」
「そ、そんならよかったっす」
「幼かった君やスピカちゃんへの贈り物も、とても楽しいものだった。特に子供のおもちゃなんてものは、毎年新しいものが出るだろう。実は思う存分童心に帰って選んでいたんだよ」
「え、なんか意外・・・でも欲しいものドンピシャでしたよ」
「大人も子供も、楽しめるものに差はないということだね」

澄ました顔でそういうのに思わず笑いが溢れる。貰った男の子心をくすぐるおもちゃの数々と目の前の男性がどうしてもイコールで結びつかなくて、これは物置に行くたびに思いだし笑いをしてしまうかもしれない。スピカへの女の子らしいお土産もセンスが良かったし、少し少女趣味なところもあるのだろうか。だが中性的な美貌を前にするとどちらも違和感は左程ないのが不思議だ。

そういえば、とふと思う。彼の子供の話は一度も聞いたことがない。左手ではなく右手に指輪はしているが、それだけだ。

「あれっ、今更なんですけど、ユリウスさんてお子さんは?」
「ん?ああ、私は独り身なんだ。・・・指輪のことなら、大人になるとね。口さがない人から色々言われるもので・・・厄除けの意味もあるかな」
「い、いろいろ・・・」
「君も良い年になればわかるよ。いや、そうだと断言するわけではないのだが・・・」

微かに遠い目をされて口の端が引き攣るのがわかる。対人関係なら百戦錬磨といった雰囲気を漂わせる男にこんな顔をさせる質問はさぞかし、と思いつつデリケートな話題に触れてしまったことを謝る。気にしていないよ、と微笑みながら首を振って、彼は父の遺影に目をやった。普段通りにしているとかなりきつめの三白眼を、笑みの形に緩ませて無邪気に笑う父の写真は彼が撮ったものだと聞いている。職人もかくやと言えるほど美しい写真と、父が撮ったのだろうところどころ焦点があっていない写真が貼られたアルバムは故人の思い出として彼から贈られ、今でも大切に居間に飾ってある。

「・・・・・あ、」

笑う父の顔を、懐かし気に見つめていた表情がふわりと和らいだ。生まれた時からの付き合いといっても良いほど身近にいた人間であるのに、初めて見るその表情に心臓が大きく脈を打つ。




『あのね、ユリウスさんとお母さんはね、同じ人が好きなんです』

今でもだいすき。そう言った母の顔がやけに鮮明に脳裏に蘇った。

幼い頃はわからなかったその言葉の意味を、10年越しにようやく理解する。
父は、愛されていたのだ。この人に。




「ご、ごめっ、・・・・ごめんなさいっ!」
「・・・・リゲルくん?」
「ごめんなさい。俺、おれ・・・本当に余計なことい、いっちゃって・・・!」

愛されていたのだ、まだ、恋をしているのだ。10年立っても何も変わらず、母と同じように。

そう思ったらぶわりと涙が溢れ出た。柔らかくて、傷つきやすい部分をつつくだけつついて、いきなり泣き出した親友の忘れ形見を彼はどう思うだろう。幻滅、失望、それに準ずる感情を抱いたのではないだろうか。吐き出した言葉はどうあがいたって元には戻らない。

「・・・・・ああ、そうか。リゲルくん、君が気にすることなど何もないんだ・・・・・すまないね、隠しているつもりだったんだが、気づかせてしまって。父親に好意を抱いていた男など気持ちの良いものではないだろうに」
「そんなことないっ!違う、違います、俺、違うんです・・・そうじゃなくて、」

嬉しかったのだ。同性だろうが何だろうが、そんなことはどうでも良いのだ。ただ、父親をこんなにも深く愛してくれたことが嬉しかった。そして憎む対象にもなるはずのその家族をも、愛してくれたことが嬉しかった。

鼻声になりながらたどたどしく、告げた言葉は酷く聞き取りづらかったことだろう。それでも言いたかったことは伝わったらしく、は、と息を飲む音がした。ずるずると鼻をすすりながら涙でぼやける視界の中に彼を映す。

「・・・・・っ、」

通夜と、葬式と、それからその後。自らも深い悲しみに暮れつつも、泣き喚く母を宥めて、少しずつ前へ進ませていた姿からは想像できなかった顔があった。初めて、この人が泣いたところを見た。

「そう、言って、くれるのか」

父が好きだった自分の名前の星。それによく似た黄金色の瞳からほろほろと涙が頬を伝わって滴り落ちていく。くしゃりと顔をゆがめて、その泣き顔を隠すようにすらりとした指が目がしらを強く抑える。

「ありがとう、リゲルくん・・・」

すばる、と小さく父の名を呼ぶ声が微かに聞こえた。酷く尊いもののような、そんな情感が込められた、たった3文字の言葉はどんな美辞麗句も叶わないほどに父への愛に溢れていた。
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